ヤングアダルト別れの季節渡辺正樹 文芸評論家 |
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毎年、今ごろになると、僕は妙に感傷的になってしまう。これは、おそらく学生時代の年度末の別れの記憶が呼び起こされるためだろう。 別れというのは、たいていの場合、あまりうれしいものではないが、今回紹介する東野圭吾著『秘密』に描かれているのも、そうしたつらい別れである。 物語は、主人公・杉田平介の妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美が乗ったスキーバスが事故を起こしたことから始まる。この事故により妻は死亡、娘も脳死状態で回復困難と診断されるが、奇跡的に意識を取り戻す。だが、その意識は妻の直子のものだった…。 藻奈美として生活を始めた直子だったが、中学・高校と年を重ね、2度目の青春を送る彼女と、年老いていく平介との間には、やがて溝が生じていく。平介の嫉妬により二人の関係が壊れかけた頃、わずかな時間ながら、藻奈美の意識が戻り出し、それとともに直子の意識が消え始め、平介との別れの時が近づいていく。 実は、この作品には最後にもう一つ大きな別れがあるのだが、それは“秘密”にしておくのでお読みいただきたい。 さて、もう1冊のお薦めは、愛する女性のために、自分の世界に別れを告げてきたという男の語る物語、佐藤正午の『Y』である。 主人公は、出版社の営業部員・秋間文夫。彼は、ある日、25年前の高校時代の同級生で、かつて親友だったと名乗る北川健という男から、代理人を通して多額の現金と1枚のフロッピーディスクを送られる。北川の記憶も、親友だった憶えもない秋間に、代理人はフロッピーに記録されている文章を読めば、すべてがわかるという。だが、そこに記されていたのは、彼自身も被害にあった18年前の列車事故を境に、別の時を刻んでいる世界のことであった。 その文章によれば、別世界の秋間はホームで北川に出会ったため列車に乗らず事故を免れ、それをきっかけに北川と親友になった。 そして、北川は事故の被害にあった連れの女性を救うため、もう一つの1998年から18年を遡り、生きてきたという。 再び時を遡る予兆が現れているという北川。疑いながらも、次第に文章に引き込まれていく秋間。2度目の二人の別れの時が近づいていく。 緻密な伏線が張りめぐらされたこの作品は、まさに読書の楽しみに満ちていること請け合いの1冊だ。 ところで、今回はもう一つ“別れ”の話がある。それは、短い間ながらこの欄を担当させていただいた僕と皆さんとのお別れである。それでは、またお目にかかる日まで。 |
『秘密』 | ||
東野圭吾 著 | 文芸春秋 | \1,905 (本体価格) |
『Y』 | ||
佐藤正午 著 | 角川春樹事務所 | \1,600 (本体価格) |