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教育書

「すべての」子どもに生きる力を


荒巻正六 学校問題研究家

 第15期中教審が「ゆとりの中で子どもたちに生きる力を育むこと」を、これからの教育の基本にしたいと提言して以来、「生きる力」という言葉が教育界にあふれている。今回告示された新学習指導要領でもそのことを教育課程編成の一般方針として明示した。その「生きる力」とは、「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考える力、正義感や倫理観等の豊かな人間性、健康や体力」と定義している。これは「自己教育力」「新しい学力観」と同じ流れのなかにあるもので、いずれも「力」という考え方に立っている。この「力」の考え方は果たして、「すべての」子どもに適応できるものであろうか。今日の教育荒廃現象の要因の一つに、この「力」の考え方を見落としたものがあるのではないか。こういう疑問から問題を提起した2書を紹介したい。一つは「力」の反対「弱さ」に着目した麗澤大学教授・水野治太郎氏の『弱さにふれる教育』と、もう一つ明星大学教授・高橋史朗氏の『魂を揺り動かす教育』である。

 水野氏の所論を要約すれば次の通りである。自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考える力という「生きる力」は、現代社会の支配的な価値観である合理主義・競争主義・成功主義・能率主義・効率主義に立脚した「強い人間」を目指している。その合言葉は「頑張ろう」である。そこにはいくら頑張っても競争についていけない、失敗ばかりする、能率の悪い「弱い人間」が見落とされているのではないか。見落とされているというより、そういう「弱い人間」をあってはならないもの、拒否すべきもの、排除あるいは無視すべきものと見ているのではないか。いじめはその表れである。人間は、本来弱さを持った生物である。その弱さのなかにこそキラリと光る本当の人間性がある。強さのなかに弱さがあり、弱さを隠すための強がりがある。

 こうして著者は、強さと弱さを徹底分析し、強さしか評価しない現代文化に問題があると指摘する。こう論じきて、著者は「弱さにふれる教育」からボランティアの精神、癒しとしてのケア、弱さを支える社会倫理・制度へと論述を進めている。

 後者の著者・高橋史朗氏は、臨教審の専門委員として3年近く教育改革論議に参画したなかで、これで教育改革が本当にできるのかと疑問を感じ、宗教的信念に近い人間観と深い人間愛で「魂を揺り動かす教育」を実践している全国の教育現場を行脚した。本書の第1章は非行・不登校・中退・障害等で悩む生徒を対象に、「感動の共感」で応ずる学校の実践記録である。第2章以下は現代教育の諸問題を広範に論じている。

 新年度の初めに当たって、弱さを持つ子どもを見落とすことなく、「すべての」子どもに「生きる力」を育んでもらうべく、前記2書を紹介した。


弱さにふれる教育 魂を揺り動かす教育

『弱さにふれる教育』
水野治太郎 著 ゆみる出版 \1,748
(本体価格)

『魂を揺り動かす教育――全国の教育現場を行脚して』
高橋史朗 著 日本教育新聞社 \2,136
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第240号 1999年(平成11年)4月1日 掲載


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