教育書「学び」を問い直す永井聖二 群馬県立女子大学教授 |
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小・中学生を対象としたさまざまな調査にかかわると、子どもたちが「塾は楽しい」と答えることが、予想外に多いことに気づく。 学校には塾と異なる使命があるし、さまざまな体験に乏しい子どもたちが経験の範囲で答えるデータの限界もあろう。 しかし、弊害があるとされる受験勉強のどこが問題なのかは、必ずしも明確ではない。批判されるべきとすれば、受験勉強はどこに問題があるのか。実は、この問いは、学校や学校の授業のあり方をも問うものとなろう。 佐伯胖氏の『子どもが熱くなるもう一つの教室――塾と予備校の学びの実態』は、認知心理学者として知られ、授業研究にも実績の多い著者が、塾や予備校での学びの実態を紹介しつつ、「学び、成長する」こととは何かを問い直す。 動機づけ(やる気)の検討に始まり、大学入学後の無力感を論じた著者は、今日の受験勉強が「パターン抽出と手続きの行使」という人間の「人工(低)知能化」につながる点に問題があると指摘する。 例えば、「4このボールと8このボールがあります。これをかけるとなんこになりますか」というようなナンセンスな問題を、ほぼ半数の子どもたちが平然と解くという報告は考えさせられる。 その背景には、わが国には学校の授業を含め、根強い「やり方主義」「手続き的知識観」と呼ぶべき傾向が存在し、私たちはそうした「勉強文化」のなかに育っていることがある。 この「勉強文化」を克服し、本来の意味での「学び」を育てることが今日の課題だとする著者の主張は、表層的、情緒的な塾や予備校批判を超えて説得力がある。学校の授業のあり方を検討するうえでも、示唆が多い。 「学び」とは何かを考えるという点では、谷川俊太郎、斎藤次郎、佐藤学の3氏が、1年生から6年生までの代表的な教科書を読んで問題提起のための議論を戦わせている『こんな教科書あり? 国語と社会科の教科書を読む』も興味深い。 鼎談の形式だけに、読者としては十分に意を汲み得ないもどかしさを感じる部分もあるが、教科書はもとより、授業のあり方、学びとは何かを考えるにあたり、多くの刺激を与えてくれる。 「総合的な学習の時間」をどう具体化するかが論議される昨今だが、必要なことは、伝統的な授業はそのままにして、「総合的な学習の時間」の具体化を目指すということではあるまい。まして、全校一斉に業者の持ち込む教材をこなすかたちで、それを具体化することでもない。 「学び」や授業のあり方に対する省察のないところに、新しい施策の可能性は開かれないといえよう。どちらも読みやすい本である。議論の手がかりとして、ぜひ一読をすすめたい。 |
『子どもが熱くなるもう一つの教室――塾と予備校の学びの実態』 | ||
佐伯 胖 著 | 岩波書店 | \1,300 (本体価格) |
『こんな教科書あり?――国語と社会科の教科書を読む』 | ||
谷川俊太郎・ 斎藤次郎・ 佐藤 学 鼎談 |
岩波書店 | \1,300 (本体価格) |