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自然科学・一般書

「野生生物」に目を向ける!


森田暁 博物館プランナー

 今年の5月、トキの卵の人工ふ化に成功したというニュースがテレビの画面をにぎわせた。メディアの性格上、報道が情緒的な方向に流されるのは致し方ない。むしろ、かわいいひなの映像に示した子どもたちの反応を、教室内でどういう方向に転化していくことができるかが問題である。

 愛知県の万博予定地におけるオオタカの営巣地の確認、といったアクチュアルな問題に広げていく手もあるが、経済発展と自然保護のジレンマという課題は大人にも答えの出せない難問だ。

 むしろ、甘ったるくない美談を取り上げたほうが、子どもたちに一過性でない自然への関心を持たせることが可能なのではなかろうか。

 『アホウドリの島』で紹介される、ひとたびは絶滅したとされたこの鳥の復活劇は、著者の人柄ともあいまって、子どもたちの自然観を肯定的な方向で発展させていく適例だ。

 今から100年ほど前まで、アホウドリは北太平洋のほぼ全域に分布していた。しかし、明治中頃に伊豆諸島最南端の鳥島に人が住むようになった頃から羽毛を目的とした乱獲が始まり、1000万羽近くが殺され、1949年には一度絶滅が宣言された。その後、生存こそ確認されたが、著者が保護研究を開始した1976年の時点でもひなの数は15羽にすぎなかった。保護のスタートは、営巣地にススキの株を植えて、事故を防ぐことから始まった。

 さらに10年、ひなが50羽を超えるまでに回復した。ところが、1987年、地滑りで営巣地が大きく破壊されてしまう。この緊急事態に対して、著者はもともとは狩猟用具であったデコイ(木製の鳥の模型)を使って、残ったアホウドリを安全な営巣地に案内することを提案する。

 このもくろみは大成功し、デコイの姿と音声に誘われて、彼らは営巣地を移し、繁殖に成功して現在は1000羽を超えるまでになっている。

 この本は、「森の新聞」というふんだんに写真を使った動物誌シリーズの1冊で、ほかにもカワネズミやヒグマを扱った巻が話題を呼んでいる。

 ところで、野生生物への温かいまなざしを、私たちの世代はディズニーの映画と『シートン動物記』で学んだ。物語「オオカミ王ロボ」の作者は、滅びゆくアメリカの哺乳類についての哀切きわまりない物語も書いた。

 昨年、翻訳が完結した『シートン動物誌』は原題「狩猟動物の生活」の本邦初訳で、ジャガー、ピューマからジャックウサギまで、北米の野生生物の生態や人とのかかわりを集大成した著作だ。著者自身の観察はもちろん、それまでの100年間の探検家、猟師、動物学者などの観察記録を収集してまとめた、20世紀にはまれな一大博物誌となっている。邦訳したものは、全12巻の大冊だが、グイグイと引き込まれる内容である。


アホウドリの島 ピューマの遊び心

『森の新聞9 アホウドリの島』
長谷川 博 著 フレーベル館 \1,456
(本体価格)

『シートン動物誌1 ピューマの遊び心』
シートン 著
今泉吉晴 監訳
紀伊國屋書店 \3,500
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第244号 1999年(平成11年)8月1日 掲載


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