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Child Research Net
実践保育研修会 -1-

「保育の質を考える」
心とからだを育む視点から
主催●チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)
後援●(株)ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所

■当日の各プログラムのレポート■
<講演1> 「保育の質を高めるには『子ども学の視点から』」

<講演2> 「からだを動かし脳を育み心を発達させる『運動保育援助プログラム』


「運動保育援助プログラム」実技講習

グループディスカッション

「これからの保育の質を考える」-まとめにかえて-

CRN実践保育研修会−1−
「保育の質を考える」−心とからだを育む視点から−講演当日のレポートより
 2002年1月19日(土)、ベネッセコーポレーション東京ビル13階の大ホールで、チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)主催によるCRN実践保育研修会が開催されました。タイトルは「保育の質を考える―心とからだを育む視点から―」です。
講師には幼児期の運動が脳に与える影響を研究している松本短期大学教授の柳澤秋孝先生を迎え、保育士や幼稚園教諭、保育関係者が約200名参加。熱気ある保育現場に直結する実践的な研修会となりました。

 まず、小林登CRN所長から、「子どもに関心のある人たちをインターネットでつなぐチャイルド・リサーチ・ネットの『現実の場』として、柳澤先生の心とからだを育てる実践研修会を行うことで、皆様と一緒に勉強したいと思い、この研修会を主催しました」と挨拶をされました。

 続いて日本保育保健協議会会長で小林所長の先輩でもある小児科医の巷野悟郎先生から、「このような研修会は、なんとなくできている自分流のやり方をもう一度見直し、軌道修正できる貴重な場。ときどき学問に光を当てて勉強することは、みんなで足並みをそろえる大切な一つの機会だから、自分の幼稚園・保育園だけではなく世界に目を向けた子育てを頭に浮かべて自分を磨いていただきたい」と、まさに保育の質を考える意味を説く挨拶がありました。


<講演1>
 「保育の質を高めるには―『子ども学の視点から』―」
 
CRN所長 小林 登
子どもは生物学的な存在として生まれ、社会的な存在として育つと考えられます。小林所長が提唱している「子ども学」は、この二つを医学や保健学、保育学などさまざまな学問を通して学際的に見ていこうというものです。現代の保育に必要なことは何か、「子ども学」の視点からお話していただきました。


■生まれながらにもつ心と体のプログラム
 子ども学を考えるうえで、子どもの能力や成長についてわかりやすく理解するために、先生は子どもをコンピュータに例えています。これによれば、両親の遺伝子でつくられているいろいろな機能が「プログラム」で、そのプログラムを動かすのが情報だということになります。では、生まれながらにもっているプログラムにはどんなものがあるのか。胎児は母親のお腹の中で手足を動かすというプログラムをもっているし、音楽が変わると心臓の打ち方が変わるというような心のプログラムがあり、出産の時に産声を上げて泣くということは、母親との分離を不安と感じ、お産の嵐を恐ろしいと感じるプログラムもあります。

 こういったプログラムを、成長するうちに知性でコントロールするようになります。例えば生まれた直後の赤ちゃんは自動的に母親のおっぱいを吸いはじめますが、数週間、数カ月たつと、お母さんとのやり取り、例えばジーッと見つめると吸うのをやめ、「どうしたの?」と声をかけるとまた吸いはじめるというような知性のコントロールが入ってきます。助産婦さんが赤ちゃんを産湯につけるとにんまり笑う子がいるそうですが、生まれたばかりの赤ちゃんはいい気持ちになったときに笑うプログラムをもっていて、お母さんや保育士さんがあやすようになると、やさしくしてくれてうれしいから笑うという知性のコントロールを赤ちゃん自身がしているわけです。

 また、赤ちゃんには、産声がおさまるとジーッと周囲を見回しはじめる「新生児覚醒」という状態があります。そこには好奇心の心のプログラム、学ぶためのプログラムが働いているといえます。生後数カ月の赤ちゃんでも情報量の多いものほど注視する時間が増えるという研究結果もあります。つまり人は生まれたときから情報を取り込んで学んでいこうとする力をもっている。「マネる」こともプログラムされています。大人が赤ちゃんに舌を出して見せると同じように舌を出そうとする。そして、だんだん大きくなるとダンスやスキップもマネるようになります。マネる、学ぶというプログラムは、人が生まれながらにもっているものなのです。


■生きる喜びいっぱいにするのは「やさしさ」
 このように、心と体のプログラムは発育のプログラムとお互いに関連しているわけです。そして、生まれながらにもっているこのプログラムを同時にフル回転している時が、生きる喜びいっぱいの状態だと考えられます。ではプログラムを動かすためには何が大切か。他人を見て何を考えているかということがわかるようになるのは3歳ぐらいですから、少なくともそれまでは「やさしさ」が一番大事なことです。やさしく育てることによって生きる喜びを与えないと子どもはうまく成長していかない。これを証明する例として、双子で同じ環境で育てても、母親がその子をかわいく思うか思えないかだけで、成長ホルモンの分泌や食べた食べ物の消化などに影響を与えて、二人の成長発達に差が出てくることもあるのです。

 では、「やさしさ」とは何でしょうか。例えばお母さんが自分の赤ちゃんに話しかけるとき、同じ言葉を大人に話すときとは、ピッチが高く抑揚が大きいことがわかっています。お母さんの中には、やさしさのプログラムが生まれながらに入っているということになりますが、これは単にヒューマニズムの問題だけではなく、神経生理学や成長ホルモンの分泌、免疫力にも関係していることがわかっています。

 子どもたちを生きる喜び、遊ぶ喜び、学ぶ喜びいっぱいにする脳のメカニズムを、先生は「子どもの生命感動学」と呼んでいます。このために非常に重要になるのが、遊びや学びをどうデザインするかということ。それを、保育の現場でどのように提供してばいいかが問題になります。


■心を読み取り反応する力・・・センシティビティとインタラクション
 子育ては、母親や父親、おじいちゃんおばあちゃんが家庭でする「育児」と、保育士や専門家が施設で行う「保育」の二つに分けて考えることができます。やっている内容は同じですが、家庭の場で家族がする育児と、育児を拡大したものが保育。子育ては、その二つを組み合わせて考えるべきです。つまり、「人間のチームの子育て」とか「社会の子育て」ということになります。その中身は、大きく分けると生活の世話と遊びになりますが、現代では母親が仕事をしていることも多く、育児が充分でないこともあります。しかし、どんなに保育に頼っていても、やはりキーパーソンは母親だということを、保育者ならば誰でも感じているでしょう。逆に言うと、保育園がキーパーソンである母親に子育てを教育しなければならない時代になってきているのです。

 いい子育てをするために、親や保育士にとって重要なのは、センシティビティとインタラクションです。センシティビティは子どもの心を読み取る力、インタラクションはふれあい豊かな相互関係です。しかもこの二つは互いに影響しあっています。センシティビティをもって何を意味にするのかを感じ取って反応すると、子どもの方もそれに対して反応を返す、つまりインタラクションをするというやり取りがあるわけです。考えてみれば、夫婦間でも友達同士でも、すべての人間関係の基盤になっています。つまりセンシティビティとインタラクションは人間関係、絆をつくるカギを握るのです。言葉を十分にしゃべれない赤ちゃんの場合には、とくに重要になってきますし、これさえあれば子育てはどんな形でもいいとさえ言えます。

 保育現場にはハードとソフトがあり、場のデザインも非常に大切ですが、それ以上にソフト面、つまり保育士が子どもの心を読み取る力とそれに対して手際よくやさしく豊かな対応をしてあげること、さらには現場から母親への働きかけ、母親を誉め、エモーショナルサポートをしてあげることも必要になります。もう一つ大切なことは、子どもたちが幼稚園に来て楽しい雰囲気づくり、遊びのデザインです。「これらはまだ十分に体形づけられていないので、柳澤先生のお話が参考になるのでは」と次の講演への期待を表しました。

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<講演2>
「からだを動かし脳を育み心を発達させる『運動保育援助プログラム』」

松本短期大学教授 柳澤秋孝

「子どもは心身ともに健やかに成長する」、つまり、心と体の充実が健やかな発育につながると考えられています。柳澤先生は、25年間にわたって3,000人以上の子どもたちの運動指導に携わり、次々に運動が上手になっていく子どもたちの姿や目の輝きを見守る中で、運動と心の関係をなんとか体形づけられないかと考え、脳の働きと運動の関係を5年前から調査していらっしゃいます。

■外遊びからテレビへ、キレる子どもは遊びの変化から
 現代の子どもたちは、いじめや不登校、キレやすいといった心の問題、肥満や高脂血症といった体の問題をかかえてきます。どうしてこのようなことが起きているのか。これを調べるために先生は、精神生理学者で医学博士の寺沢宏次氏、諏訪東京理科大学の篠原菊紀氏らとともに1998年に日本で、99年に中国で調査を行いました。調査は、注意力と抑制力などの大脳活動を調べるために、「GO/NO-GO課題実験」という光の点滅に合わせてボールを握り分けて判断する機具を使いました。その結果を1969年と79年に日本で行われた同じ調査と比較してみると、69年から79年にかけて大脳活動の逆戻り減少、つまり幼稚化が見られ、79年と98年にかけて年齢は変化せずに量的に増えていることがわかりました。また、中国のデータは日本の69年のデータと類似していることもわかりました。つまり、日本の子どもをとりまく環境は1969年から79年の間に大きく変化し、その間に失われたものが現在の中国には残っているということになります。

 1969年といえば、子どもたちは積極的に外遊びをしていました。また、自動車が増えて交通事故が増えてきた時期でもあります。そういった環境の変化によって、家の中に押し込められた子どもたちの新たな遊びとなったのがテレビやテレビゲームといった体を使わない遊びです。最近では子どもたちが一日に平均4〜5時間テレビに向かっているというデータもあります。一方、現代の中国は、ちょうど高度成長期を迎えた1960〜70年代の日本と同じような状況です。調査で訪れた中国の下町、路地裏の方では、3,4歳から小学校高学年ぐらいまでの子どもたちが10人ぐらいのグループでさかんに走り回っていて、活発に外遊びをしていました。

 この二つから考えられることは、子どもの遊びが体を使った筋肉活動的なものからテレビなどの静的なものへ変化したこと、これが子どもたちの運動不足とコミュニケーションの減少を招き、ひいては大脳活動の遅れをひきおこしているのではないかということです。体をいっぱい使って動き、子ども同士でコミュニケーションをとりながらの遊びの中で、ある程度の脳の発育が見られたと考えられます。これがキレたり荒れたりする要因につながっていると言えます。


■運動嫌いを好きにするプログラム
 運動嫌いはどこからくるのか。10年前に先生が行った調査では、約80%が幼児期から小学校低学年で好きか嫌いかを意識するとわかりました。好きになる理由としては、できた達成感や誉められたといったうれしい経験が多く、逆に嫌いになるのはできなくてみじめな思いをした、劣等感を抱いたという理由がほとんどでした。これを脳科学の視点から言えば、子どもはたくさん誉められると脳の中で多幸感や幸福感を味わえるホルモンが分泌され、そういったうれしい体験は子どもの一生に大きく関わると言われています。子どもにとっては、「できる」ということは達成感もあり非常にうれしいことです。それが運動を楽しく好きなものにし、より積極的に体を動かすことによってますます運動が得意になります。逆に「できない」ということは有名大学に入れるかどうかぐらい大きな問題。そこで味わう屈辱のようなものが運動を嫌いなものにしているのではないでしょうか。

 先生は、すべての子どもにできる喜びと達成感を味わってもらいたいと、幼児期に一般的な運動種目をマスターできるように援助するプログラムを考えました。どの子も運動が好きになるように、遊びの中に基本的な動きや筋力を補うプログラムを体系的に組み、最終的に鉄棒の逆上がり、なわとびの連続跳び、跳び箱の開脚跳び、マット運動の側転ができるようになるものです。最終目標にした4種目は、できるかできないかがはっきりしていて、一人ひとりの運動能力をのばすのに一番効果があるものです。大人側の押し付けで機械的に技術だけを求めるようなものではなく、あくまでも遊びの中で、いかに興味をもって子どもたちが体を動かせるか、ここにポイントを絞った楽しいプログラムです。

 この運動プログラムを使って子どもたちの運動能力をテストしたところ、プログラムを行わなかったグループに比べ、基本的な動きが著しく向上しました。また、年間19回のプログラムの中で、子どもたちは体を動かす喜びを覚え、目を輝かせてグランドを跳び回るようになりました。


■自信とおちつきを取り戻し大脳活動が向上
 ある程度運動の効用がわかってきたちょうどその頃、1999年5月に、長野県下諏訪町の保育園の園長から、園児の情緒が不安定でおちつきがないという相談を受けました。そこで、先生の運動プログラムを半年間実施したところ、子どもたちの様子が一変し、自信やおちつきが見られるようになったという報告がありました。これに驚いた先生は、そのままにしておくのはもったいないと、大学教員レベルでの検証を試みました。「保育援助における運動が幼児の大脳活動に与える効果の検討〜体を動かすことが好きな子に育てるために〜」というテーマで、先生の運動プログラムと、寺沢氏の「GO/NO-GO実験」、篠原氏のADHD、DSM4というアンケート調査を行いました。

 2000年から01年にかけて、長野県内の11の公立保育園の協力で行った調査の結果は、GO/NO-GO実験では抑制力・注意力の回数において、プログラムを行った子どもたちは行わなかった子どもに比べて有意差が認められ、中に含まれていたプログラム2年目の子どもたちに至っては、もともと有意差があったにも関わらずさらなる向上が確認されました。また、クラス担任の主観的評価「ADHD調査」でも有意差が見られ、これは運動保育援助の抑制力・注意力という大脳活動への効果が証明されたことになります。


■必要な動きを身につける「遊び」の提供
 「遊びは既成秩序の最適破壊」つまり失敗の文化であるという提唱があります。子どもたちは、大人から提示される決められた形、つまり鉄棒の逆上がりとかなわとびなどといった形を破壊し、揺らぎや変形を加えることによって不安定型にして楽しみます。現代の子どもたちは、規制の運動パターンができないためにこれを変形するどころではなく、遊べない、つまり体を積極的に動かすことができない子どもが多くなっているのです。昔の子どもは野山を駆け巡ることによってある程度の基本的な動きを身につけていました。しかし、遊びの場がない現代の子どもたちには、それらの動きを身につけられる遊びを提供してあげなければなりません。例えばなわとびでは、両足をそろえ、そろえながら上方に飛び上がり、縄を視覚で捉えてタイミングよく跳ね、自分の腕で縄をまわすという4つの能力が重複して初めてできる運動です。この一つひとつの基本的な動きを、遊びの中で自然に身につけていくことが必要です。

 また、運動には階層構造があり、例えば「ボールを投げる」という動作に対して、「つかむ」という反射神経、「手を伸ばす・はなす」という基本運動、「つかんで投げる」という供応運動、そして野球の守備のような熟練運動という4段階に分かれていて、供応運動より先、つまり2つ以上の筋肉を同時に使う運動は日常生活ではしない動きです。この非日常的な動き、つまり逆上がりの時に頭と足の位置が逆になる「さかさ感覚」などを、幼児期の間にたくさん経験することが、それぞれの子どもたちの運動機能を伸ばす一番大事な部分です。簡単な遊びの中で、実際にやってみて回数を重ねることで必要な動きが身につき、体を動かすことによって運動が好きになっていきます。

 今回の調査によって、小さいうちから積極的に体を動かすことが大脳活動によい影響を与えるということがわかってきました。先生がこのような研究をしているのは、日本の子どもたちが昔のように目を輝かせて子どもらしく跳び回る手助けがしたいからだといいます。保育者たちの多くがおそらく同じ気持ちでその方法を模索する中、先生の運動保育援助プログラムは、現場の実践のための大きな助けになったのではないでしょうか。

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 「運動保育援助プログラム」実技講習   
松本短期大学教授 柳澤秋孝

午前中の講演の中から、「運動保育援助プログラム」で柳澤先生が実践している運動を、実技を交えて講義していただきました。鉄棒のさかあがり、なわとび、側転、跳び箱という基本的な運動のための能力を培うものです。実技に参加したのは30〜40名、保育士や育児関係者を中心に、実際に身体を動かして感触を確かめながら話に耳を傾け、中には実技をしながらメモをとっている熱心な方もいらっしゃいました。

■自信とおちつきを取り戻し大脳活動が向上
「最初に子どもたちの興味を引くために、私はよく宙返りをしてみせます」と柳澤先生。軽々とバック転をすると会場からは拍手が沸き起こりました。予想通り皆の関心を引きつけて、いよいよ実技のはじまりです。

  まずは、両手を上げてジャンプする「うさぎ」と、手を胸の前につけて跳ぶ「カンガルー」のまねです。動物の特徴をうまくとらえたネーミングに感心しながら、参加者も両方のジャンプを体験。すると、脇をしめなければいけない「カンガルー」よりも手を上に向けた「うさぎ」の方がバランスをとりやすく、両足ジャンプが簡単にできることがわかりました。簡単なことから難しいことへ段階を追っていくことで、子どもたちが挫折せずにできるのだと先生。

 次は「クマ」。両手足をまっすぐ伸ばして地面につけ、お尻を突き上げる格好で手足を動かして前に進みます。先生はそこから、「クマが猟師に打たれてしまいました」と言って右足を上げ、「今度は左手も打たれてしまいました」とだんだん身体を支える手足の数を減らしていきます。これで、跳び箱やマット運動で必要な腕力がつきます。「今度は何に見えますか?」と先生は両足を開いてしゃがんでピョンと跳びます。これは「カエル」。跳んだ後の足を手よりも前の位置で揃えると「ウシガエル」。動きが大きくなり、少し難しくなります。これは跳び箱に必要な跳躍力が身につく運動。

さらにマット上で。手足を伸ばしてマットの上をゴロゴロころがる「ヤキイモ」や、膝を抱えてお尻を軸にゆれる「ゆりかご」は、側転をするときの回転感覚を養うことができます。どれも子どもたちが楽しんでできそうな模倣遊びです。


■必要な能力を身につけてから「逆上がり」へ

 模倣遊びの後は、なわとびや逆上がりのための運動能力を身につける運動を紹介していただきました。最初は跳び箱。跳び箱は3段を横に置いたもので、前方手前、手をかけるところにカニの目とハサミの絵が書いてあります。「カニさんは恐がりだから、跳ぶときには目隠ししてあげましょう」と先生。最初は跳び越えないでカニのハサミの部分に足をのせますが、手をカニの目の位置に置けば自然に跳べてしまいます。その動きは先ほどの「カエル」の動きとそっくり。模倣遊びができるようになっていれば、跳び箱は誰でも跳べるという先生のお考えが実感できました。

 続いてなわとびです。まずその前に3台のいすの足にひもをつけて20cmくらいの高さにクモの巣状に張り、両足そろえて縄を目で確認しながら跳び越えます。そして、動いている縄を跳ぶ感覚を養うために、地面近くでピンと張った縄を動かして跳び越える「足きり」。最初は縄をゆっくり動かし、できれば途中で縄を止めたりスピードを速くしたり。先生が遊び心たっぷりにあやつる縄に足を引っかける参加者もいて、大人たちもいつの間にか目が真剣に。縄をよく見る注意力と瞬発力が養われます。そのあと、今度は縄を波のように左右に動かして跳ぶ「長縄小波跳び」、縄を回して跳ぶ「長縄跳び」をします。ここまでできれば、「両手で縄を回しながら」という動作が加わるだけで一人なわとびができます。「最初から一人用のなわとびを渡して『はい、やりなさい』というのがいかに難しいことかわかるでしょう」という先生の言葉に納得。

 最後は鉄棒です。まずは両手両足で鉄棒にぶら下がる「ブタの丸焼き」、そのまま二人で「サルのじゃんけん」などの遊びの中で「さかさ感覚」に慣れます。そして、鉄棒にひざをかけてぶら下がり、手を交差させて180度回転する「地球まわり」、ぶらさがった足のつま先から降りる「両足回り降り」などで身体を両手で支えてぶら下がる能力を身につけていけば、逆上がりに必要な能力はほとんど身についてしまいます。


■自信とおちつきを取り戻し大脳活動が向上
「子どもはマネするのが大好きですから」と言いながら、次々と繰り出されるいろいろな動物の動きは特徴をよくつかんでいて、先生が指導していらっしゃる子どもたちが喜んでマネをしている姿が目に浮かぶようでした。「幼稚園や保育園の遊具で、のぼり棒・うんてい棒・鉄棒が必ずセットになっているのは、いきなり鉄棒で逆上がりをするためではなく、のぼり棒で『つかまる』感覚を、うんてい棒で『ぶら下がる』感覚と腕力をつけるという過程があるから。昔は遊びがこのような運動能力を高める助けをしていましたが、今は保育者が伸ばしてあげなければなりません」と先生。講義と実技を通して、現代の子どもたちに運動させることの意味を存分に教えていただいたような気がします。先生は最後に「子どもは楽しくなければ動きません。今日やったのは私流ですから、この運動を基本にしながら自分流の動物や名前を編み出して、子どもたちと一緒にご自分でも楽しんで積極的に体を動かし、園だけでなく家庭にも広げていってください」と、講義をしめくくりました。

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 グループディスカッション
実技の後は、グループディスカッションで参加者同士の意見交換を行いました。話し合いの前に、1年ほど前から柳澤先生の運動援助プログラムを実際に取り入れている東京都品川区小山台保育園の積山園長先生から、その成果をご報告いただきました。「最初はなわとびとぞうきんがけという簡単なことではじめましたが、子どもたちは集中力がつき、人の話もよく聞けるようになって、職員一同で感激している毎日です」と先生。マイぞうきんをもたせるなどの独自の工夫も見られ、導入を考えている園にとっては参考になる報告でした。成功の秘訣としては「とにかくはじめてしまうこと。そして職員皆で話し合い、意見を一致させて同じことに取り組むこと」ということでした。

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 「これからの保育の質を考える」―まとめにかえて―
講演と実技、グループディスカッションの内容をふまえ、最後のまとめとしてベネッセ教育研究所の磯部頼子顧問の司会で討論会が行われました。

■0〜3歳は脚力発育期。「立つ・歩く・走る」をきちんと身につけること

 まず、参加者から寄せられた質問、「0〜2歳児の運動プログラムはないか、その間はどんな動きをしておけばいいのか」について、柳澤先生にお答えいただきました。先生は、0〜3歳は「脚力発育期」で、立つ・歩く・走るという動作を身につける期間で、その動作がきちんとできた後の3,4〜6歳で胸を取り巻く腕力をつくる「胸郭発育期」だと捉えています。どちらもとても大事なので、3〜5歳児のプログラムをそのまま2歳児以下に取り入れると、脚力を使った動作ができなくなる恐れがあるので、3歳児以下に先生のプログラムを使わないようとのこと。脚力と腕力の筋肉の使い方のバランスがとれて運動が好きになり、より動けるようになるのだと、年齢に合わせた運動の必要性を示唆しました。

 それに対して小林先生が、日本で最近話題になっている赤ちゃんの皮膚にやさしく接触する「タッチケア」、未熟児を育てるために途上国でやっている「カンガルーケア」、日本の小児科の先生が昔から行っている「赤ちゃん体操」についてご紹介くださり、3歳以下の乳幼児に必要な運動プログラムをつくる参考になればと補足してくださいました。

■人の行動は大脳の「プログラム」のよって行われる
 続いて、脳をコンピュータに例えた「プログラム」という考え方について、小林先生がお話くださいました。先生がプログラムという発想をおもちになったのは15年ほど前、イギリスの有名な大脳科学者の著書から「これはすばらしい考え方だ」と興味をもったそうです。例えば「前頭連合野」と言ってもどこのことかわかりにくいし、そこで知性が育つと言っても実感できません。これを「脳の中に知性のプログラムがある」と言えばなんとなく実感できる。こんなふうに、脳の細胞学を使わずにさまざまな行動を理解できるように、脳をコンピュータに例えてプログラムという発想で説明しようと試みたもので、先生のご著書「育つ育てるふれあいの子育て」(風涛社)にわかりやすく書かれています。プログラムとは「脳の力」と言い換えることもでき、筋肉を動かすときには大脳の中でコンピュータのようなものすごい計算をしているわけなので、筋肉を動かすということは一度脳に情報を集めて動いているのだというお話くださいました。


■苦手な子や不自由な子を誘うのは楽しい場の雰囲気
 柳澤先生の運動プログラムを実際に見学した磯部氏が驚いたこととして、肥満であきらかに鉄棒や跳び箱ができないという子や、体の不自由な子への対応がありました。参加者の質問にもあったこのことについて、先生は、「そういう運動を苦手としている子どもや、できないんだと思っている子は一番気をつけなければならない」とおっしゃいます。ポイントは、まず「やりたい」という目をするまで無理やり誘ったりしないこと。そして、体を動かしている子どもたちが先生と一緒に楽しく遊んでいるところを見て、入りたいような目をしてモジモジしはじめる瞬間を見逃さないこと。間髪入れずに「おいで!やってごらん」と言えば、動き始めるんだとおっしゃいます。さらに、どんなにまずい動きでも「動いた」ということ自体に喜びをもって「すごいね」「上手にできるんじゃないの、どうして今までやらなかったの?」といった声を掛けること。誉められたからやってみた、また先生に誉められた…こうしてどんどんエスカレートして調子に乗っていく。その時の子どもたちの目の輝きが一番喜びを感じる部分だと先生はおっしゃいます。動けない子どもを「動きたい」と思わせるために、動ける子どもたちがいかに楽しく体を動かしているかが重要。見学をした磯部氏は、先生が中にいた肢体不自由の子どもにも「さかさ感覚」を体験させていたことに大変感銘を受けておられましたが、先生もこれには少し驚いていた様子で、「大丈夫かなと思ったけれども、人と同じことをやってみたいとその子の目は真剣でした」と先生。自分では動けない子も「はってでも動きたい」と思わせる「惹きつけるもの」、それはいかに楽しくやるかということだと先生はおっしゃいます。


■子どもの目を見て不安を取り除くことが大事
 磯部氏はもう一つ、鉄棒の補助では普通は子どもの後ろに立ちますが、先生は前に立って補助をされていたことにも驚いたといいます。先生は「子どもは常に運動に対して不安を持っています。視界に入らない位置にいても不安なので、正面に立って子どもの目を見て『大丈夫だよ』という合図を送ってあげる。目と目で見つめあって挑戦させると、最初は恐がっていても回数を重ねていくうちに安心して自信をもってできるようになります」と先生。子どもの視界に入っていることが、安心感を与える一番大事な部分だと先生はおっしゃいました。


■先生も一緒に動くこと、怪我は心配しすぎない
 今回の研修会のテーマ「保育の質を考える」という視点から、柳澤先生に運動プログラムを行うポイントを教えていただきました。「子どもと同じレベルになって一緒に動くことが大事」と先生。やはり子どもは耳で聞いて理解するよりも、目で見たものに対しての反応、つまり模倣をすることが一番印象づけられます。保育園に行くと「もう年なものであんまり動きすぎると次の日動かなくなってしまう」という保育者の声も聞きますが、そういう人はちゃんとしたストレッチをして子どもの前で即座に使えるような体づくりをするように、と厳しいお言葉も頂戴しました。

 運動を行う上で怪我が心配という声も聞かれました。怪我というのは突拍子もない動きをしたときに起きるものですが、先生のプログラムでは徐々にレベルアップをしていくので、大きな怪我になることはほとんどないとのこと。ただ擦り傷や切り傷といった小さな怪我は絶えないそうです。これについては「小さな怪我をたくさん繰り返すから大きな怪我をしなくなります。今の子どもたちは転んだこともないから最後にとんでもない怪我をしてしまうと考えられます」と先生。小さな怪我はあまり気にせず、段階を追って徐々にレベルアップしていくことで大きな怪我は防げますと先生は自信をもっておっしゃいました。


■子どもが心を躍らせて登園する園づくり
 最後に、小林先生がお考えになる「魅力ある先生」についてお話していただきました。「一つは子どもたちの心を読み取ってそれに手際よく対応する力をもっている、すなわちセンシティビティとインタラクションの力をもっていることが大事」と先生。例えば「人生は平和である」とか「人は皆自分にとってやさしいんだ」と信ずる基本的な信頼(ベーシック・トラスト)、つまり「プログラム」を動かし育てるのは「やさしさ」。「やさしさをもっていることが一番大事です」と先生はおっしゃいました。そして、次の段階で、子どもは知性のコントロールで行動するようになっていくから、心を動かすもの、つまりやさしさや相手に対する思いやりといった「感性の情報」が乳幼児期には重要です。「21世紀は脳の時代といわれていますから、保育も脳科学の知識をもとにして、保育者は脳の仕組みもよく理解して保育の質を高めていって欲しい」と結論づけられました。

 最後に「子どもたちが毎日心を躍らせて幼稚園や保育園に登園してくる、そんな園づくりをめざすのが私共の役目ではないかと思います」と磯部氏がまとめられ、討論会は終了しました。

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