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基調報告2 働く母親の声
「子育て生活基本調査」、「幼児の生活アンケート」、「総務庁国民生活基礎調査」、
およびシンポジウム参加者アンケートから


報告者:高木 友子(郡山女子大学)

 ただいま、フリードマン先生がご報告された膨大なアメリカのデータに圧倒された感がみなさんあるかと思いますが、広大なアメリカから小さな日本に戻って参ります。ベネッセコーポレーション教育研究所が行った「子育て生活基本調査」、「幼児の生活アンケート」、そして本日この会場にいらっしゃる働くお母様などから寄せられたアンケートの回答をもとに、日本の働く母親の現状と、今感じていることをご紹介します。みなさんの身近にいる働く母親の声にしばし耳を傾けてみてください。

 図1は、日本に働く母親がどのくらいいるのかを表したものです。赤い部分は父親も母親も働いている、黄色い部分は母親だけが働いていることを示しています。「0歳〜2歳」でこれらを合わせると約25%、「3歳以上」では40%以上の家庭で、母親が働いていることがわかります。つまり、4世帯に1世帯は母親も仕事を持っており、決して働く母親は特別な存在ではないことがおわかりいただけるでしょう。

 さて、そんな母親たちは、育児についてどのように感じているのでしょうか。

 図2は、「子育てはどれくらい楽しいですか」という問いを「フルタイム就労」「パートタイム就労」、そして「専業主婦」の母親に質問した結果を表したものです。青い部分が「とても楽しい」と回答した母親の比率です。これをみると、「フルタイム就労」の母親が育児を「とても楽しい」と感じている割合が高いことがわかります。また、「子どもと一緒に遊んでいるとき」や「子どもが園や学校での様子を話してくれているとき」に「子育てをとても楽しいと感じる」と回答した母親の比率をみると、「フルタイム就労」の母親が答える割合が最も高くなっていました。

 次に図3をご覧ください。上から5つ目までの項目は、子育てに対して肯定的な感情を抱いている母親の割合です。例えば、「子育てによって自分も成長していると感じる」母親は、「専業主婦」よりも「フルタイム就労」のほうがやや比率が高いことがわかります。一方、6つ目以降の項目は、子育てに対する不安を抱いている母親の割合です。このような不安を感じている母親は、逆に「専業主婦」のほうがやや比率が高いことがわかります。

 さて、今日フロアにいらっしゃるほとんどの方は仕事をお持ちでいらして、その仕事の成果ややりがいを日々感じていると思います。母親が仕事を持つことに対して否定的な方もいるでしょうが、成人した人間が仕事を持つこと、仕事に成果ややりがいを感じることを、母親になるとあきらめなければならないのでしょうか?

 図4は、「専業主婦」と「フルタイム就労」の母親の自己評価を表したものです。「フルタイム就労」の母親はきれいな正三角形が描けていますね。このような正三角形が描けるということは、それだけ母親のアイデンティティが安定していることを意味します。フリードマン先生のご報告にもありましたように、母親が精神的に安定していると当然子育てにもいい影響が出ると考えられます。

 図5は、参加者アンケートからのものです。「のびのびと育てたい」「スキンシップを大切にしたい」、でも「しつけもしっかりしたい」し、「健康は大切に」しなきゃ、それから「子育てを子どもと一緒に楽しみたい」・・・、これが働く母親たちの考えです。参加されている保育士の先生やお医者様にも、「母親に気をつけてもらいたい育児のポイント」をお尋ねしましたが、ここであがった項目と母親たちの考えとはほとんど一致していました。

 このように見ていきますと、「フルタイム」に限らず仕事を持つ母親は、順風満帆の子育てをしているかのように見えますが、そういうわけではなく、育児上の悩みや不満も抱えています。図6も参加者アンケートからのものです。何が育児上で問題かと申しますと、「どうしても時間が足りない」、「時間が足りないなかで父親がなかなか関わってくれない」、「育児に対してストレスを感じる」、「何で仕事を持っている母親にだけ負担がかかるのか」、このような声が聞かれました。

 図7は、子どもがうけている保育形態を年齢別にみたものです。青い部分は家庭で「父母」が保育している割合です。赤い部分は「おじい様・おばあ様」が協力してくださっているのでしょうね。子どもが0歳のときは、「祖父母」や「父母」が保育を担っていますが、年齢が上がるにつれて「保育所」に預ける比率が高くなっていることがわかります。

 家庭の事情で、母親が一人で頑張って育てている場合もありますが、多くの家庭には母親の育児のパートナーとして父親がいます。では、父親はどれくらい家事や育児に関わっているのでしょうか。「父親にやってほしい家事は何ですか」と参加者アンケートでお尋ねしましたところ、「夫は私以上に何でもやってくれるので不満や要望なんて一切ありません」という羨ましいご家庭から、「せめて自分のことは自分でやってほしい」というご家庭まで状況は様々でした。

 図8は父親の育児・家事への参加度を表したものです。「家事への参加度」が低いですね。母親が「フルタイム就労」の家庭のほうが父親の「育児への参加度」「家事への参加度」がやや上がる傾向はありますが、実際のところは、参加者アンケートの声にあるように、母親への負担はまだまだ大きいのが現状です。

 また、「父親にやってほしい育児は何ですか」と参加者アンケートでお尋ねしましたところ、「子どもが小さいときはちょっとでも面倒見てくれると精神的にもホッとします」、「一緒に子育てして欲しい」、「子どもとたくさん遊んでほしい」、「困っているときに協力してほしい」、「相談にのって欲しい」、という声が寄せられました。父親と母親がいて子どもがいる家庭がほとんどですが、母親のほうが一緒に子育てしてほしいと言わなければならないところ、子育てはすばらしいといいながら父親がなぜなかなか関われないのだろうと不思議に思います。

 一方で「いくら父親に育児に参加したいという意思があっても、会社や社会が変わってくれないとそれを許してくれない」、という声も寄せられています。今日のシンポジウムを主催したチャイルド・リサーチ・ネットのホームページに開設されたフォーラムでは様々な議論が活発に交わされていますが、育児についての議論の中で、働くお母さんから、「父親を返せ」、「父親を家に返して欲しい」と書き込まれることがありました。父親に関わってほしい、そのためには社会が変わってほしいという声が出てきます。

 そんな悩み多き母親が父親とともに頼りにしているのが、図9にあげた人(場)です。「母親」「友達」「会社の同僚」の比率が高くなっていますが、ご注目いただきたいのは、「幼稚園・保育園」「小児科医」の数値です。赤で示された「フルタイム就労」の母親は、「幼稚園・保育園」を大変頼りにしていて、「小児科医」を頼りにする割合も「専業主婦」や「パートタイム就労」の母親に比べると高くなっています。こういう方々を頼りにして、働く母親たちは育児を頑張っているわけです。

 「自分が仕事をもっていることで子どもに寂しい思いをさせているのではないか」、「自分に余裕がなくて子どもにじっくり向き合えていない気がする」、「もっと落ちついて接したい」という声が参加者アンケートから多く聞かれました。また、チャイルド・リサーチ・ネットのフォーラムでこんなやり取りがありました。ある専業主婦の母親から、働く母親について「なかには仕事に行くときに子どもと離れたくなくて毎朝毎朝泣く泣くお仕事に出かけていく母親もいるのかしらね」と書きこまれたことがありました。そのときに、働く母親から「そんなのみんなそうに決まってるでしょ」と返事が書き込まれました。仕事を持っていようが持っていまいが、母親が子どもを愛して、日々心配している気持ちに変わりはないものと私は信じています。

 チャイルド・リサーチ・ネットを支援しているベネッセコーポレーションは、働く母親の社員がたくさんいます。ある社員と仕事の打ち合わせをしていたときに、「母親が働いていることってどう思いますか?」と聞かれたことがありました。私は、「確かに時間的には短くなってしまうかもしれないけれども、短い時間を大切にして、お母さんはあなたのこと大好きだよ、いつも見ているよ、ときちんと伝えてあげられれば、やりたいことを我慢しているよりは働くことで充実感を持っているほうが子どもにもいい影響があるのではないでしょうかね」と答えました。そうしましたら、その人がホッとした表情を浮かべて、「そうですね、いいんですね。」とおっしゃったことがとても印象的でした。「恵まれているといわれるベネッセの社員でも、そうなのかぁ。」と思ったものです。

 働く母親たちもどこか不安を感じているんですね。「働くというのは当然の権利だ」と言いつつ、「やはり毎日子どもの顔を見ていたい、でも仕事もしたい、でも何か子どもに負担をかけているのではないか」という不安感に付きまとわれています。また、何かあったときに、保育士の先生や周りの方から、「『お母さんが働いていらっしゃるから』と言われるのがとてもつらい」という話を以前聴いたことがあります。なかには、「確かにつらいですが、保育士の先生はそれでいいのです。保育士の先生はそのように子どもの立場で物事を考えてくださっていいのです。そういう保育士の先生だから、信頼して子どもを預けられます」と話す働くお母さんもいらっしゃいました。

 私も育児相談などで「仕事しているといっても、これはちょっとひどい。」と思って、つい言ってしまうこともあります。気づいている母親や強い母親はまだ頑張りますが、なかには自分を責めてぎりぎりのところで頑張っている母親も少なくありません。そういう母親をさらに周りが責め、追い詰めることは、果たしてそれは母親のために、そして子どものためになるのかなと最近考えます。

 またホームページ上のフォーラムからのエピソードをご紹介します。

 ある保育士の先生が1歳児のクラスを受け持っていたときのお話です。その先生が「お母さんと私と2人で協力して一生懸命育てましょう」とある母親に言ったそうです。そのあと20数年経ちました。いくらかわいかった子どもとはいえ、たくさんの子どもを受け持ってきたわけですから、一人一人の子どものことが日々頭の中に残っているというわけではないですよね。忘れたころになってその先生のところに、結婚式の招待状が届いたそうです。その結婚式というのがその「2人で協力して一生懸命育てましょう」と言った母親の娘さんの結婚式だったそうです。その会場に参りましたら、その母親が涙を流しながら、「あなたがいてくれたから、この子はこんなに立派になりました」とその先生におっしゃったそうです。

 では、子どもはどう思っているのでしょうか。やはりフォーラムから集めた意見で、もう成人された人が自分の子ども時代を振り返って書きこんだものです。「こんなふうに仕事をもっている母親に言って欲しかった/こう言ってもらえれば安心できた」という言葉として、「仕事で参観日に行けなくたって、あんたのおかんはここにおるやろ。寂しがらんでもよろしい。なんかあったらとんでいく。あんたが元気やからおかんは仕事ができるねん。」をあげていました。「なんかあったらとんでいく」、そういう言葉が欲しかったと子ども時代を振り返っていました。

 ご紹介したように、お母さんも子どもさんも非常に頑張っています。そして、今日会場にいらっしゃるお父様、保育士の先生方、そしてお医者様、そのほか研究者のみなさんにお願いしたいことは、決して追い詰めることではなくて、先ほどご紹介した保育士の先生のように、母親に「一緒に育てよう」と言ってみてはいただけないでしょうか。そうしましたら、母親も子どもたちも、もっと楽しく生活できるようになるのではないでしょうか。

 この「一緒に育てよう」、「社会のシステムは子どもを一緒に育てることができるようになる」ということが、21世紀に働く母親と、そしてその子どもたちを迎え入れるキーワードになるのではないかという私は考えております。

 大変、急ぎ足で拙い報告でしたけれども、以上で報告を終わりにします。ありがとうございました。



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