午前の部
◆NICHDの乳幼児保育に関する研究
今回フリードマン博士が報告したのは、「保育における多様性が子どもの発達にどのように関係するのか」についての研究調査です。多様な生育環境にある乳幼児を生後7年間にわたり追跡調査する研究は、それまでの生後3年間を中心に行われてきた乳幼児研究と比較すると、より大がかりであり画期的といえます。今回の調査では、家庭環境、育児・保育環境、子どもの発達、身体的な成長と健康状況に関する細かい情報が集められました。
調査は1991年に始まり、アメリカ中のさまざまな経済・人種的背景の子どもたち合計1364人とその家族が参加しました。人種・学歴・社会的な地位に関して、アメリカの人口構成および階層を反映する形で偏りなくサンプリングしました。
◆基調講演1「乳幼児保育に関する研究」
講演を始めるにあたっての挨拶で、フリードマン博士は「日本はアメリカではない。アメリカは日本ではない」と述べ、あくまでも自分たちの研究がアメリカの調査であることを強調しました。
アメリカでは、6歳以下の子どもを持った母親の62%が家庭の外で働いており、そのほとんどが出産後3〜5カ月で仕事に復帰します。シングルマザーの数も多く、0歳児保育が当たり前であるアメリカと日本では保育事情がかなり異なります。
アメリカの保育は、まずその形態がきわめて多様です。日本では保育といえば、親の実家に預けるか認可・無認可の保育園に預けるかがほとんどですが、アメリカの場合は保育者の家庭に預ける「家庭保育」や自宅に保育者が訪れる「在宅保育」、さらに「父親の育児」もこれに加わります。
さらにその質もまちまちです。アメリカは日本のように公的な保育制度は整えられておらず、誰でもが良質の保育を受けられるわけではありません。保育者が積極的に子どもと関わるような良質な保育といえるものは、全体の39%しかありません。それぞれの家庭の事情によってさまざまな質の保育が選択されているのです。
日本では母親のみが乳幼児の子育てにあたるのがほとんどですが、アメリカでは生後6カ月の段階でも母親のみが育児に当たっているのは35%で、ほとんどの乳児は2種類以上の育児・保育環境を経験しています。研究成果からも、乳幼児保育への高い依存度ときわめて早い時期の保育の開始が特徴づけられます。

フリードマン博士は、「保育を受けている子どもたちには家族がいる」というきわめてシンプルな命題から報告を始めました。このことは保育を話題にする人々が、しばしば忘れてしまいがちな事実だからです。
子どもに保育を受けさせることは、育児の一形態であり、家庭の特徴と無縁のことではありません。理屈から言えば、例えば、貧困家庭であることと育児の質がおとることとはイコールではありませんが、現実には密接に関係します。家庭の収入の状態、母親の学歴、母親の精神状態、生活態度などが、どのような養育環境を選択するのか、子どもにどれだけ応答的に関わるのかなどと関連し、また、いつ頃からどれぐらいの時間で保育を行うかという親の選択にも関わってくるのです。
今回の研究では保育の要素よりも、家族の特徴と母子関係の質の方が、子どもの発達に強い関連性をもっていることが確認されました。つまり、子どもの生育環境は、家庭の特徴によって決まる「育児+保育」のトータルの質に負っており、同じような特徴を持つグループであれば、そこで母親が全面的に世話をしていようと(保育時間が週10時間未満)、長時間保育を受けていようと(保育時間が週30時間以上)、子どもの生育への影響が大きく変わることはないのです。
例えば、保育の質および量と母子間の相互作用の質とには、わずかであるが統計的に重要な関係があることが発見されました。保育の量が増えるにつれて、母子間の細やかさや親密さが薄れるという関連性がささやかながら現れたのです。3歳の時点で、生後6カ月の保育時間が長いほど、母親の子どもの心を読みとる細やかさが減少し、子どもの積極的な関与が低くなることが認められたのです。しかし、そのような保育経験よりも、所得や母親の学歴、両親がそろっていること、母親の離別の不安、母親の気分的落ち込みなどの家族と家庭の特徴の方が、母子相互作用の質には深く関係しているのです。

しかし、家庭の特徴の方が有意と言っても、保育の質や経験がまったく子どもの発達に影響がないわけではありません。研究の結果認められた保育の影響は概してわずかですが、取るに足らないと言えるものではありませんでした。それはプラス面とマイナス面、両方に影響を与えます。
今回のフリードマン博士の発表で明らかになったのは、家庭の特徴がもっとも大きく子どもの生育環境に影響し、保育はその質と量によって若干プラスの方向やマイナスの方向に相乗効果をもたらすということです。たとえ0歳児保育であっても、預けること自体が子どもの発達に大きくマイナスに作用することはなく、家庭での母子関係が良好であり、良質な保育者を得られれば、むしろ長時間の母親のみの育児よりも、子どもの認知や言語発達の点からは有利に働くという事実までも明らかになりました(保育が極端に長時間であったり、2カ所以上の保育を利用する場合は除く)。
働く母親が子どもとの良好な愛情関係を保てるならば、保育者の力を借りることは決してマイナスにはならないということであり、働く母親を支援していく上での大きな学術的根拠が得られたことになります。と同時に母親が子どもの発達の上で重要な役割を担っていることも明らかになったわけであり、貧困、夫婦の不和、母親の情緒不安などを緩和するための、家族や家庭の支援も重要な課題として受け止めていく必要があります。
◆基調講演2 「日本の働く母親の現状と意識」
フリードマン博士の報告に続いて、郡山女子大学短期大学部講師の高木友子さんは「子育て生活基本調査」「幼児の生活アンケート」(ベネッセ教育研究所)のデータ発表とともに、働く母親たちの生の声を参加者のアンケートなどから紹介しました。
就労継続型が多いアメリカに比べて、日本は出産とともに就労を一時的に止めてしまういわゆるM字型のライフコースをとる母親が一般的だといわれています。しかし、そうでありながらも、「0〜2歳」で約25%、「3歳以上」では40%以上の母親が、何らかの形で就労を継続しています。日本においても働く母親は特別な存在ではなくなりました。
その母親たちの子育て意識で、まず着目すべきは、フルタイムで就労する母親たちが忙しさに追われながらも楽しく子育てをしていることです。「フルタイム」「パート」「専業主婦」に分けた場合、子育てを「とても楽しい」と感じている割合は「フルタイム」で就労している母親がもっとも高い数字を示しています。仕事以上に育児にも充実感を見いだしている姿がうかがえます。
しかし、そうであっても、働く母親たちに共通する悩みは「時間がないこと」「自分に余裕がないこと」、子育ての協力者への期待は大変大きなものがあります。
アメリカに関する報告は、主に母子関係についてであり、父親のことはほとんど触れられませんでした。しかし、高木さんの報告では、働く母親と父親の関係についての意見も紹介されました。「夫は私以上に何でもやってくれるので不満や要望なんてありません」という理想的な父親から、「(子育てはいいから)せめて自分のことは自分でやってほしい」という依存的な父親まで状況はさまざまです。
また、CRNのフォーラムからは、働く母親たちにとって心強い味方である保育士の方との心温まるエピソードも紹介されました。
「一緒に育てる」「社会による子育て」が、21世紀の働く母親とその子どもたちを迎え入れるキーワードになるであろうという言葉で発表は終わりました。
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