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国際シンポジウム2000
当日の様子


 2000年7月9日(日)、ベネッセコーポレーション東京ビルの13階の大ホールでCRN主催によるシンポジウムが開催されました。タイトルは「21世紀の子育てを考える 働く母親を支援するチャイルド・ケア」。アメリカのNICHD(国立小児保健・人間発達研究所)のサラ・フリードマン博士を迎えての国際シンポジウムです。
 冒頭でCRNの小林所長は「21世紀はチーム(父・母+保育者)による子育ての時代」「人類の子育てにはかならず親を助ける人がいる」という趣旨の挨拶をしました。数多くの女性が就労を経験するようになった現代社会では、子育ての現場に親の子育てをサポートする保育者の存在は欠かせなくなりました。そのことが子どもの発達に与える影響はどのようなものなのか、保育者と母親の関係はどうあるべきなのかなどを明らかにしていくのが、今回のシンポジウムの主テーマです。
 午前の部では、サラ・フリードマン博士による「乳幼児保育に関する研究」についての基調講演1。続いて郡山女子大学短期大学部講師の高木友子さんによる「日本の働く母親たちの現状と意識」についての基調講演2。午後の部では、サラ・フリードマン、松本寿通(福岡市医師会乳幼児保健委員会・医師)、内田伸子(お茶の水女子大学教授・発達心理学)、今井和子(東京成徳短期大学教授・幼児教育)、司会 牧田栄子(育児ライター)の各氏によるパネルディスカッションが行われました。

午前の部

◆NICHDの乳幼児保育に関する研究
 今回フリードマン博士が報告したのは、「保育における多様性が子どもの発達にどのように関係するのか」についての研究調査です。多様な生育環境にある乳幼児を生後7年間にわたり追跡調査する研究は、それまでの生後3年間を中心に行われてきた乳幼児研究と比較すると、より大がかりであり画期的といえます。今回の調査では、家庭環境、育児・保育環境、子どもの発達、身体的な成長と健康状況に関する細かい情報が集められました。
 調査は1991年に始まり、アメリカ中のさまざまな経済・人種的背景の子どもたち合計1364人とその家族が参加しました。人種・学歴・社会的な地位に関して、アメリカの人口構成および階層を反映する形で偏りなくサンプリングしました。

◆基調講演1「乳幼児保育に関する研究」
 講演を始めるにあたっての挨拶で、フリードマン博士は「日本はアメリカではない。アメリカは日本ではない」と述べ、あくまでも自分たちの研究がアメリカの調査であることを強調しました。
 アメリカでは、6歳以下の子どもを持った母親の62%が家庭の外で働いており、そのほとんどが出産後3〜5カ月で仕事に復帰します。シングルマザーの数も多く、0歳児保育が当たり前であるアメリカと日本では保育事情がかなり異なります。 アメリカの保育は、まずその形態がきわめて多様です。日本では保育といえば、親の実家に預けるか認可・無認可の保育園に預けるかがほとんどですが、アメリカの場合は保育者の家庭に預ける「家庭保育」や自宅に保育者が訪れる「在宅保育」、さらに「父親の育児」もこれに加わります。
 さらにその質もまちまちです。アメリカは日本のように公的な保育制度は整えられておらず、誰でもが良質の保育を受けられるわけではありません。保育者が積極的に子どもと関わるような良質な保育といえるものは、全体の39%しかありません。それぞれの家庭の事情によってさまざまな質の保育が選択されているのです。
 日本では母親のみが乳幼児の子育てにあたるのがほとんどですが、アメリカでは生後6カ月の段階でも母親のみが育児に当たっているのは35%で、ほとんどの乳児は2種類以上の育児・保育環境を経験しています。研究成果からも、乳幼児保育への高い依存度ときわめて早い時期の保育の開始が特徴づけられます。


 フリードマン博士は、「保育を受けている子どもたちには家族がいる」というきわめてシンプルな命題から報告を始めました。このことは保育を話題にする人々が、しばしば忘れてしまいがちな事実だからです。
 子どもに保育を受けさせることは、育児の一形態であり、家庭の特徴と無縁のことではありません。理屈から言えば、例えば、貧困家庭であることと育児の質がおとることとはイコールではありませんが、現実には密接に関係します。家庭の収入の状態、母親の学歴、母親の精神状態、生活態度などが、どのような養育環境を選択するのか、子どもにどれだけ応答的に関わるのかなどと関連し、また、いつ頃からどれぐらいの時間で保育を行うかという親の選択にも関わってくるのです。

 今回の研究では保育の要素よりも、家族の特徴と母子関係の質の方が、子どもの発達に強い関連性をもっていることが確認されました。つまり、子どもの生育環境は、家庭の特徴によって決まる「育児+保育」のトータルの質に負っており、同じような特徴を持つグループであれば、そこで母親が全面的に世話をしていようと(保育時間が週10時間未満)、長時間保育を受けていようと(保育時間が週30時間以上)、子どもの生育への影響が大きく変わることはないのです。
 例えば、保育の質および量と母子間の相互作用の質とには、わずかであるが統計的に重要な関係があることが発見されました。保育の量が増えるにつれて、母子間の細やかさや親密さが薄れるという関連性がささやかながら現れたのです。3歳の時点で、生後6カ月の保育時間が長いほど、母親の子どもの心を読みとる細やかさが減少し、子どもの積極的な関与が低くなることが認められたのです。しかし、そのような保育経験よりも、所得や母親の学歴、両親がそろっていること、母親の離別の不安、母親の気分的落ち込みなどの家族と家庭の特徴の方が、母子相互作用の質には深く関係しているのです。


 しかし、家庭の特徴の方が有意と言っても、保育の質や経験がまったく子どもの発達に影響がないわけではありません。研究の結果認められた保育の影響は概してわずかですが、取るに足らないと言えるものではありませんでした。それはプラス面とマイナス面、両方に影響を与えます。

 今回のフリードマン博士の発表で明らかになったのは、家庭の特徴がもっとも大きく子どもの生育環境に影響し、保育はその質と量によって若干プラスの方向やマイナスの方向に相乗効果をもたらすということです。たとえ0歳児保育であっても、預けること自体が子どもの発達に大きくマイナスに作用することはなく、家庭での母子関係が良好であり、良質な保育者を得られれば、むしろ長時間の母親のみの育児よりも、子どもの認知や言語発達の点からは有利に働くという事実までも明らかになりました(保育が極端に長時間であったり、2カ所以上の保育を利用する場合は除く)。
働く母親が子どもとの良好な愛情関係を保てるならば、保育者の力を借りることは決してマイナスにはならないということであり、働く母親を支援していく上での大きな学術的根拠が得られたことになります。と同時に母親が子どもの発達の上で重要な役割を担っていることも明らかになったわけであり、貧困、夫婦の不和、母親の情緒不安などを緩和するための、家族や家庭の支援も重要な課題として受け止めていく必要があります。

◆基調講演2 「日本の働く母親の現状と意識」
 フリードマン博士の報告に続いて、郡山女子大学短期大学部講師の高木友子さんは「子育て生活基本調査」「幼児の生活アンケート」(ベネッセ教育研究所)のデータ発表とともに、働く母親たちの生の声を参加者のアンケートなどから紹介しました。
 就労継続型が多いアメリカに比べて、日本は出産とともに就労を一時的に止めてしまういわゆるM字型のライフコースをとる母親が一般的だといわれています。しかし、そうでありながらも、「0〜2歳」で約25%、「3歳以上」では40%以上の母親が、何らかの形で就労を継続しています。日本においても働く母親は特別な存在ではなくなりました。
 その母親たちの子育て意識で、まず着目すべきは、フルタイムで就労する母親たちが忙しさに追われながらも楽しく子育てをしていることです。「フルタイム」「パート」「専業主婦」に分けた場合、子育てを「とても楽しい」と感じている割合は「フルタイム」で就労している母親がもっとも高い数字を示しています。仕事以上に育児にも充実感を見いだしている姿がうかがえます。
 しかし、そうであっても、働く母親たちに共通する悩みは「時間がないこと」「自分に余裕がないこと」、子育ての協力者への期待は大変大きなものがあります。
 アメリカに関する報告は、主に母子関係についてであり、父親のことはほとんど触れられませんでした。しかし、高木さんの報告では、働く母親と父親の関係についての意見も紹介されました。「夫は私以上に何でもやってくれるので不満や要望なんてありません」という理想的な父親から、「(子育てはいいから)せめて自分のことは自分でやってほしい」という依存的な父親まで状況はさまざまです。
 また、CRNのフォーラムからは、働く母親たちにとって心強い味方である保育士の方との心温まるエピソードも紹介されました。
 「一緒に育てる」「社会による子育て」が、21世紀の働く母親とその子どもたちを迎え入れるキーワードになるであろうという言葉で発表は終わりました。


ランチトーク


小林所長からゲストの方々を紹介していただきました。


賑やかな会場全体の雰囲気です。

サラ・フリードマン博士を囲んでの談話です。

後ろに見えるテレビで幼稚園の様子を流していました。

こちらはCRNのホームページ紹介ボード。



午後の部
◆パネルディスカッション「21世紀の子育てを考える」
 パネルディスカッションでは、まず司会で育児ライターの牧田栄子さんが「たまごクラブ」「ひよこクラブ」のデータから、子育て中の母親たちがいかに働きたがっているかを紹介し、今回のシンポジウムは働く母親だけではなく、その予備軍、また現在独身の働く女性たちにも影響力のあるものと意義づけました。その後に日本側の各パネリストの先生方がフリードマン博士の基調講演と関連する内容を順次述べていきました。




 お茶の水女子大学の内田伸子教授は、愛着(Attachment)を「子どもの発達の機能的準備系」と厳密に定義づけ、発達と愛着の関係について虐待の事例を引きながら詳しく解説しました。
 母性が剥奪された状態というものを、私たちは一般的に母親との心理的な交流の欠如とみなしやすいのですが、実際には「社会的・文化的・言語的・心理的・栄養などの複合的な剥奪」をともなうより過酷なものと理解すべきです。そのような母性の剥奪された子どもの発達を正常に戻すには、養育者との愛着が重要な鍵になっており、いったん愛着が成立すれば、虐待によって止まっていた心身の発達は急速に回復していきます。
虐待された子どもの回復の様子を見ると、母性を担う養育者とは生物学的な母親であることよりも、コミュニケーション行動の基盤となる「愛着」が子どもとの間に成立することが優先されることがわかります。また、子どもの発達度を比較すると、子どもとのやり取りの質も関わっていることが観察データによって示されました。
 内田教授は、フリードマン博士の発表を受けて、「誰が養育をするか」よりも、「どのような養育がなされるか」が大切であること、良質の保育によって子どもの発達が促されることを研究データで示しました。21世紀の子育ては、母親の物理的な在・不在を問題とするだけではなく、「家族を含めたコミュニティの『育児機能』の回復、さまざまな角度からの育児支援の体制、次代を担う子どもを育てる雰囲気づくりが重要である」と訴えました。

 小児科医の松本寿通先生は、福岡市医師会における7カ月健診、3歳児健診における資料をもとに(1993年度)、家庭で母親のもとで育てられた子どもと保育園育ちの子どもとの健康状態について報告しました。
 7カ月健診および3歳児健診の両方を受けた幼児のうち、もっぱら家庭で養育されたものが327件、0歳児保育により養育を受けたものが35件。その2つのグループについて、「情緒不安定」「粗暴な行動」「遊びの偏り」「身体のバランス感覚」「病気のかかりやすさ」「知的な発達」などを調べたところ、すべての項目にほとんど有意差が認められませんでした。フリードマン博士の発表と共通した結果といえます。
 しかし、一方で松本先生は、経験からくる感覚に過ぎないとしながらも、乳幼児は保育園ではなく実母によって育てられる方が好ましいのではという、データとは異なる立場の発言をしました。
 0歳児保育を実施している保育園の方々の母親への不満として、「安易に長時間保育にする」「子育てを人任せにする」「断乳を早く始めたがる」などがあり、子育てにネガティブな関わりをする母親が増えているというのです。 「現在の働く母親たちが働きながらもゆったりとした気持ちでいられるのだろうか」という危惧を示し、子どもを保育園に預けるとしても、それは母親の愛着行動がきちんと保たれることが前提であり、「育児休養を義務化するような社会的コンセンサスをつくる方向もあるのではないか」という問題提起をしました。

 東京成徳短期大学の今井和子教授は、保育士として0歳児保育に関わられた経験から「0歳児保育でも子どもたちは大変立派に育つ。しかし、フリードマン博士の研究からも明らかなように、0歳児保育においては、保育の質が大変問われる」として、0歳児保育のあり方についての考えを述べました。
 今井教授が、まず挙げたのは、0歳児保育の場合、「母親もひっくるめて丸ごと受け入れる気持ちの大切さ」です。そのような保育士と出会うと、母親は子どもをひとりだけと諦めていた母親も、もうひとり、ふたりと産んでみたくなるという例を紹介しました。保育士に「ともに育てようという気持ちがあること」が質の高い保育の第一条件です。
 また、子どもの発達をうながす相互性を確保するには、なるべく担当制を取り、職員の協力体制が密であることも大切な条件として挙げました。子どもは1日でも大きく変化する、その変化を追いながら、子どもの要求を的確に受け止め信頼関係を築くには、継続的に子どもを見る人間が必要です。他の子どもと比較してではなく、ひとりの子どもの育ちをどれだけキャッチして親に伝えられるかという姿勢が求められます。ただし、愛着の対象はひとりでなくてもよく、ひとりの保育士が忙しくてもつねに愛着を感じる人がどこかにいるという、実践的な少人数グループによる担当制が望まれます。  なお、今井教授は現在、日本の育児全体が大人が子どもに合わせていくのではなく、子どもが大人に合わせるように変化してきていることに危機感を持っているといいます。アメリカの研究では、30時間を超えると長時間保育ですが、日本では40時間を超える保育が当たり前であり、このような状況では対応にも限界があります。今後は保育時間を短くする方向を検討していくべきだとしています。

 フリードマン博士は、日本の研究者の話を聞きながら、ある共通したパターンとして、研究者も含めて日本社会の保育への潜在的な不安が感じられるといい、「保育をそのような極端な育児放棄と頭の中で結びつけてしまう傾向が日本社会にはあるのでしょうか」と問いかけました。
 そして、「保育を受けている子どもたちには家族がいる」という基調講演の冒頭の言葉を繰り返し、「保育を受けながらも子どもたちは一日のうちの重要な時間を親と過ごしているという事実を無視し、保育への偏見を前提として論を構築すべきではないこと」を改めて強調しました。
 また、松本先生の「仕事のために長時間子どもを預ける母親たちの問題点」については、家にいてゆったりと子育てすることの重要さを推奨することは構わないが、一方、仕事をしなければならない母親の存在も忘れてはならないと指摘しました。そして、仕事をしながらでも子どもとの関係を築くことが可能であり、またきちんとした親業を果たす責任があることを、学校時代に知識として身につけさせるべきであると提言しました。
 今井教授の発表に対しては、理想的な保育士の姿を賞賛しつつも、最適な仕事をしない人もいる以上、個人のがんばりだけではなく、社会全体のサポートも必要になることを付け加えました。とくにアメリカの例を取り、「保育者の低賃金」「劣悪な労働条件」「離職率の高さ」これらが改善されないと、子どもたちのケアも不安定になるだけに、保育に十分投資をし、環境を整えることが社会に求められるべきだと述べました。

 最後に、フリードマン博士は、今回のシンポジウムに関して日本社会への提言も含めて以下の三つの要点をまとめました。
 第一は、保育は近代の発明品ではなく、人類がずっと採用し続けてきた制度であり、家族制度と同様の歴史がある。だからこそ善悪ではかるのではなく、それをよい方向に導いていくべきであること。 第二は、保育は子育ての助けをする道具にすぎず、家族が子どもたちに負っている責任の肩代わりはできないこと。 第三は、保育を有用な仕組みにするには、「社会のすべきこと」「家族のすべきこと」「個人のすべきこと」の三種類の様相があり、それぞれに努力が必要であること。つまり、女性の労働力を活用したいと思っている社会や企業は、保育に理解とともに投資を行うべきであること。家族は良質の保育についての知識を持ち、チャイルド・ケアのあり方を検討すべきであること。さらに、親はそれぞれの就労のスタイルを乳幼児にとって好ましい形態にし、生活にゆとりをもつこと。
 そして、フリードマン博士は、働く母親たちに以下のようなエールを送られる形でシンポジウムを締めくくりました。
 「この現代社会においては、女性の労働力というのは単に社会のレベルで経済的に必要だということにとどまりません。女性は仕事を通じて、文化あるいは家族に対しても貢献をしたいと考えているのです。このような歴史の前進を私たちは止めることはできません。無理に止めようとするよりも、これを活かす方向で考えて行くべきだと思います。」



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