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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1997/06/20

心にもプログラム
 −知・情・意それぞれにネットワーク・システム〜「楽しさ」もプログラム−

 体のプログラムについては、前に述べたことで、おわかりいただけたものと思う。今回は、心のプログラムについてお話ししたい。

 最近の脳科学の進歩によって、脳の働き方もいろいろと明らかになり、心とは何かについての考え方も進歩している。

 その立場から見れば、心とは外からの刺激によって、脳のある部分が中心となって、おそらく脳全体が興奮しておこる状態と言えよう。脳のある部分というのは、脳の知・情・意の働きによって、興奮する部分が異なっていることを示しているのである。

 例えば、音楽を聞いて「楽しい」と感ずるのは、耳から入った音楽の情報が、脳の中にある楽しいという心の状態を作る神経細胞のネットワークシステムが興奮するからであると説明できるのである。そのシステムには、大脳辺縁系とか視床下部とかの神経細胞が関係していることが、明らかになっている。すなわち、音楽によって「楽しい」と感ずるプログラムにスイッチが入るから、そのシステムが働いて、楽しいと感ずると言える。

 ちょっと難しいが、目で見たものを「憶える」という記憶機能も考えてみたい。

 見たものは、目から後頭葉に情報が伝えられ「見える」のであるが、短期記憶は、頭頂葉とか側頭葉も関係してつくられ、長期記憶になると、前頭葉とか側頭葉、さらに海馬が関係すると考えられている。

 すなわち、こういった大脳の部分の神経細胞のネットワーク・システムが、目で見た情報でそのプログラムにスイッチを入れ、情報を蓄える記憶の機能を果たすと言えるのである。

 細かい点は、あまりにも専門的になるので省略するが、思考・学習などの「知」に関する大脳の機能、喜・怒・哀・楽などの「情」に関する機能、意欲などの「意」に関係する機能のそれぞれに、それを担当する神経細胞の間を結んでいるネットワーク・システムと、それを働かせるプログラムがあると考えられる。しかも、そのシステムもプログラムも、遺伝子の情報によって形成されているのである。

 なぜ筆者がそう考えるかは、おなかの中や、生まれたばかりの赤ちゃんについて、調べたり、研究したりしたからである。すなわち、遺伝子情報のみで発育する胎児・新生児の行動発達の研究成果が、それを示しているといえる。

 妊娠後期のおなかの中の胎児が、胎盤のでっぱりや、前腕・指を吸ったりしていることが、超音波画像でみることが出来る。あまりにチュウチュウ吸って、指だこや前腕にキスマークをつけて産まれた赤ちゃんさえ報告されている。

 指吸い行動を、どう解釈するかは問題であるが、先ず吸うという行動は、生後母乳やミルクを飲むという生存に必須であることには間違いない。生まれてからの指吸い行動になると、「あそび」の始まり、あるいは「不安抑制」などとみられている。したがって胎児の指吸い行動は、心のプログラムが存在していることを示そう。

 産声も同じである。生まれたばかりの赤ちゃんは、それで呼吸のプログラムにスイッチを入れているのであるが、狭い産道をくぐり抜け、母親とわかれるので、恐れ・不安・驚きを感じて泣くのである。すなわち、少なくとも、母子分離を不安と感ずるシステムとプログラムがあると言える。

 生まれたばかりの赤ちゃんが、にんまりと微笑むことがある。新生児の脳の中には、「楽しさ」を感ずるシステムとプログラムがあるのである。

 産湯を使わせるとか、眠りに入る時に、そのプログラムにスイッチが入るのである。ハードウェアとして、神経細胞のネットワーク・システムがあるから、生後1、2ヶ月になって、それが発達し、母親にあやされて笑うことが出来るようになるという。

 これだけで心のプログラムを御理解していただくことは難しいであろう。しかも、プログラム、プログラムというと「人間はロボットか」という問題にもなる。もう少し、プログラムという考えを発展させてみたい。

全私学新聞 97年3月23日号 掲載




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