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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1997/09/12

母子相互作用
 −人間関係つくる仕組み〜ふれあいの中で育つ愛情−

 母子相互作用という考え方が、アメリカで出てから久しい。それは、子育て、とくに乳幼児期のそれに大切な母と子の心の絆(母と子の絆)は、母子間でお互いの行動をやりとりすることで、相互的に出来るという考え方です。母親のわが子に対する母性愛と、子の母親に対する愛着(アタッチメント)は相互的に形成され、表裏の関係にあり、それが織りなして、心の絆になるのです。

 胎生期には、母と子は臍帯を介してひとつの人間システムになっていますが、分娩によってそれぞれが独立した存在となります。それが、母子相互作用によって、精神・心理的に結ばれて、母子結合というひとつの人間システムをつくると考えるのです。

 胎児が新生児になっても、その生命力はひとりで生きていくには決して十分ではありません。胎生期の母子は、臍帯によって機械的に、また化学的に(栄養・代謝の面で)結合していますが、出生後は情報的に心の絆で結合して、独立するまで、母親との共生状態で生活することになります。

 そもそも、こんな考えが出た背景には、1960年代に入って、豊かなアメリカに、親による子どもの虐待が多発したからです。そんな事例の中に、未熟児の事例が多いことが明らかになったのです。半分近いというデータさえ報告されました。

 ご存知のように、わが子が未熟児として生まれると、インキュベーターの中で生活しなければなりません。したがって、好むと好まざるとにかかわらず、母と子はふれあうことが出来ません。それが原因ではないか、というのです。

 アメリカ・クリーブランドの小児科医、クラウス、ケネル両博士が中心になって調査し、さらに母子のふれあいを分娩直後からもたせたグループとそうでないグループとの比較を行って、母子相互作用という概念を確立しました。赤ちゃんが生まれれば、母親は自然にわが子に愛情をもつものだ、という神話を覆したとも言えましょう。

 わが国でも、二十年程前に、私が班長になって、厚生省の研究班が組織されて、母子相互作用ばかりでなく、子育てのあり方を研究しました。その成果から、母子同室制や母乳哺育などを推進して、周産期医療の中で、可能な限り早期から、母と子のふれあいを豊かにするようになったのです。

 生まれたばかりのわが子とはじめて対面した母親は、少々がっかりすることがあります。それは育児雑誌やミルク・ナッピーなどのコマーシャルに出る赤ちゃんの、あの可愛い顔と比較するからです。そんながっかりした母親ばかりでなく、予定しない妊娠・出産をして「しまった」と思っている母親、「赤ん坊は結婚のとばっちりだ」などと考える飛んでいる母親でも、母子相互作用によって、母性愛が芽生え、メロメロの母親になってしまうのです。また、母親との母子相互作用に反応する心と体のプログラムを、赤ちゃんはもって生まれて来ています。

 生まれたばかりの赤ちゃんが産ぶ声を上げて泣くのは、何故でしょうか。勿論、この世に生まれ出た喜びの喚声ではありません。生後の赤ちゃんが泣くのと同じです。陣痛の力に押しまくられ、狭い産道をくぐり抜ける苦しみ、母子分離による怖れ、不安によって、泣くと考えられます。したがって、母親や助産婦さんに抱っこされると、泣き止むものです。スキンシップによって安らぎを感ずる心のプログラムを新生児はちゃんと持っているのは、その代表と言えましょう。

 母子相互作用の意義を、ひろく考えることは、大変重要です。

 その第一は、人生の出発点、初めてもつ人間関係をつくり上げる仕組みであるということです。

 赤ちゃんのコミュニケーションの力には限りがあることです。大人は、表情・行動、音声・言語、文字・符号を用いていますが、赤ちゃんが出来るのは、表情とか手・足の動きというような行動ぐらいなものでしょう。そのような限られたなかでも、母子相互作用が行われるというのが、第二です。

 第三は、人生でもつ人間関係は、それがどのような関係であっても、相互作用であることは、お考えになれば明らかではないでしょうか。先生と生徒の人間関係も、例外ではないと思います。母子相互作用を理解することは、後々の人間関係を理解するのにも重要です。

 ここしばらく、母子相互作用をいろいろな面から考えてみたいと思います。

全私学新聞 平成9年6月13日号掲載分に加筆、修正した




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