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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1997/10/09

母子相互作用と母乳哺育
 −吸啜で充足感、不安抑制〜母親は母性愛強化−

 母子相互作用の中で、最も意義の深いのは、母乳哺育である。母子相互作用の極めつけと言えよう。

 まずスキンシップの立場からみると、母乳哺育は、母子ともども触覚の敏感な部分で、相互作用を行っている。母親の乳頭やそのまわりの乳輪であり、乳児の口唇(くちびる)がそれである。

 母親の乳頭を吸啜(キュウテツと読むこともあるが、それはすすり泣くの意)する行動のプログラムは、生まれながらのものなのである。胎児はお母さんのおなかの中で、妊娠後期になれば、自分の指を吸ったり、胎盤の出っぱりを吸ったりすることから明らかになっている。それは、本来、反射的なものであり、何らかの刺激で指を反射的に口の方にもっていき、たまたま指が口の中に入ると、反射的に吸啜するのである。

 例えそれが反射的であっても、吸啜行動をするのに必要な筋肉や神経のハードウェアが出来ていることを示し、それが生後大脳で支配されるようになると考えられる。胎内生活で、吸啜行動の試運転をしているとも言えるのである。さらに、妊娠末期には、約500 ccの羊水を飲み、約450 ccのお小水を出していることも付記しておく。

 赤ちゃんは、この世に生まれ出てから、この吸啜のプログラムを働かせて、母親の豊かな乳房から母乳を、場合によっては哺乳壜からミルクを、口の中へ、消化管へと取り込んで栄養をとって育っていくのである。

 母乳哺育の場合、乳頭は赤ちゃんの口腔深く飲み込まれ、乳輪の部分が引っ張られて枝のように伸び、さくらんぼのようになる。赤ちゃんの歯ぐきは、その乳輪の枝を、吸啜運動で刺激するのである。その刺激が、脳の視床下部を介して脳下垂体に伝わり、前葉からプロラクチン、後葉からオキシトシンを分泌する。プロラクチンは、乳腺組織に作用して母乳を生成し、オキシトシンは乳腺組織のまわりにある収縮細胞を収縮させて内圧を高め、母乳をわが子の口腔内に送り込むのである。母乳分泌は、正に母子の相互作用で行われると言える。

 赤ちゃんの吸啜行動は、まず栄養を取り込み生命を維持するという、最大の意義がある。もし、吸啜のプログラムが働かなかったら、生きていけないことは明らかである。しかし、それだけであろうか?

 赤ちゃんの口唇は敏感なので、吸啜は触覚を介して認知する機能も果たしている。赤ちゃんを見ていると、口に物をもっていったりして、なめたり、吸啜したりしているが、それは、その物が何であるかを確かめているのである。

 吸啜は、遊びの始まりでありという考えもある。母親の乳頭をすすることは、赤ちゃんにとって、楽しいことであるには違いない。その上、おいしい母乳まで出てくるのであるから。

 また、吸啜には不安抑止の意義もあるという。そう言えば、おっかない話を聞いている、おっかないテレビをみている幼児が、指をくわえて吸啜しているのを見る場合が少なくない。

 さらに、吸啜には、母と子のコミュニケーションのメディエターの役もあるのである。母乳哺育を見ていると、赤ちゃんはあるリズムをもって吸啜している。吸啜をやめた赤ちゃんは、母親の目をじっとみつめる。母親は、それに対して、「いい子ね」「もっとパイパイね」の軽くゆさぶりをかけながら、語りかける。赤ちゃんは、この母親の語りかけを期待し、コミュニケーションを楽しんでいるのである。

 何といっても、母乳哺育では、吸啜が母子相互作用に対しても果たす意義が、最も大きい。赤ちゃんの立場からみると、吸啜行動そのものを楽しんでいるうちに、母乳という報酬を受け、充足感・満腹感にひたり、母親に対するアタッチメントを形成しているのである。

 一方、母親の方では、吸啜により、泌乳反射がおこり、母乳をわが子に与えることになる。この泌乳反射は、母親に独特の快感を感じさせる。それによって、わが子に対する母性愛がさらに強化される。

 母乳哺育も、最も有効な母子相互作用なのである。

全私学新聞 平成9年7月3日号 掲載分に加筆、修正した




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