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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1997/11/07

母子相互作用と言葉の発達
−相互作用で感性情報豊かにし、話し言葉をマスター−

 今回は、母子相互作用と言葉の発達との関係を考えてみたいと思います。

 生まれたばかりの赤ちゃんでも、母親の語りかける声のリズムに引き込まれて、体(特に手)の動きのリズムが、時間的に少しずれて同調する現象(エントレインメント)の話は、母と子の絆の確立とともに言語発達に関係することを、前にお話ししました。それに続いて、どのようなことが起こるのでしょうか。

 おっぱいを飲まなければ赤ちゃんは育ちません。母乳哺育をみると、赤ちゃんはチューチューと乳房の乳頭を吸啜(サッキング)しますが、そこにも「吸う」「休む」のリズムがあるのです。そのサッキングを休むのは、どうやら母親のアクションを期待しているようです。お母さんはそんな時、優しく赤ちゃんを軽くゆさぶったり(ジュグリング)、意味のない言葉をまねたり、「どうしたの」「パイパイね」などを語りかけたりするのです。人工栄養では当然のことながら、哺乳瓶をジュグリングしたりすることになります。それによって、赤ちゃんは、再び活発に吸啜して、お乳を飲み始めるのです。

 生後8週にもなると、このジュグリングがないと、乳頭から口をポイとはずして、「アー」「ウー」とか声を出して(クーイング)、母親にジュグリングや語りかけを要求するようになります。こうして、母と子の間では、ジュグリングとか、語りかけとクーイングを介して、母子相互作用が行われているのです。

 生後12週も過ぎると、赤ちゃんのクーイングは活発になり、母親もクーイングにまねて、意味のない声を出したり、赤ちゃん言葉で語りかけたりするようになります。もし、母親のこの応答がないと、赤ちゃんは短い時間の間に二度もクーイングしたりするのです。

 赤ちゃんのクーイングに対する応答は、手際よくサッと行われるのが普通で、これを「おうむ返し」(エコー・コール)と呼んでいます。このやりとりが、赤ちゃんの言語発達に重要なのです。それは、お互いにまねし合う点にあるようです(模倣相互作用)。

 わが子(生後3、4ヶ月)のクーイングに対する母親の「おうむ返し」は、ちょっと申し上げたように、初めはクーイングと同じように、非言語的な声ですが、赤ちゃんのそれをまねているのです。母親が赤ちゃんに応答してこのわざわざ出す意味不明の声は、母音様の発声が多く、赤ちゃんの声に似せている場合が多いからです。

 一方、赤ちゃんも次第に母親の「おうむ返し」に似せてクーイングするようになり、生後4ヶ月も過ぎれば模倣率は50%をこすといいます。もちろん、このようなやりとりは、母親の豊かな愛情を感じとって、生きるよろこび一杯になっているうれしい時に活発になるので、そのようなクーイングはプレジャー・サインと呼ばれます。

 さて、この母親の「おうむ返し」は、赤ちゃんの月齢と共にのって来て、母と子が置かれた状態に応じて意味ある単語を使うようになります。しかも、意識しないにもかかわらず、夫(父親)や身近な大人に語りかける場合より、ピッチが高くなり、抑揚が大きく、ゆっくりしたテンポで語りかけます。思い出してみるとすぐ気付かれることと思います。これを、マザーリース(母親語)と呼んでいます。子育てに熱心な父親が、自分の赤ちゃんに語りかける時にも、こんな調子になるので、区別しないで育児語とも呼んでいます。

 このようなやりとりの中で、赤ちゃんと母親は同じことを考え、情報を共有することになり、それに対して母親の発した単語をひとつひとつ赤ちゃんは取り込んで、言葉として憶えていくのです。

 新生児期の母親の音声と赤ちゃんの体動(特に手の動き)とのリズムの同調から始まって、サッキングとジュグリング、クーイングと「おうむ返し」と赤ちゃんと母親との相互作用の中で、優しさというような感性的な情報を豊かにして、コミュニケーションの場を形成して、人間が家庭や社会を形成するのに最も大切な話し言葉をマスターしているのです。

全私学新聞 平成9年8月3日号 掲載




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