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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1998/01/30

人間の体内時計
 −リズム刻む遺伝子見つかる〜不登校薬剤治療の可能性も−

 前回の原稿を編集部に送って数日後、新聞紙上で、人間にも体内時計のリズムの遺伝子の存在が確認されたという記事を見つけました。前回では、研究の流れを見て、人間のリズム遺伝子の発見も間もないでしょうと書きましたが、それが現実になったのです。しかも、この快挙は日本人の研究者によるものです。うれしい限りです。

 1980年代中頃、ショウジョウバエに、1日24時間のリズム(概日リズム)に関係する「ピリオッド」という遺伝子が発見され、その構造も明らかになりました。したがって、人間にも同じ遺伝子があるのではないかと、その発見は国際競争のまっただ中にあったことは知っていましたが、それが現実になったのです。今回の発見者は、ピリオッドの分子構造にある重要な部分に注目し、同じものが人間の遺伝子のどこかに存在しているのではないかと探しまわり、ついに第17番目の染色体の中に見つけたのです。さらに、マウスにも同じ構造があることが明らかになったのです。ショウジョウバエ、マウス、ヒトに同じ遺伝子があるということは、この遺伝子は進化の初期に出来たものと言えましょう。この遺伝子は、地球の自転による自然のリズムに対応するためのものなので、当然なのかもしれません。約1日周期の概日リズムによって支配されるのは、生存に必須の睡眠や行動、さらに生理機能のリズムと考えられるからです。

 重要なことは、ピリオッドの構造に異常があると、リズムが狂って、長くなったり短くなったりするのです。したがって、前回申し上げたDSPやNon-24睡眠症候群は、当然のことながら遺伝子のレベルの異常による可能性が高いのです。それによって、病因や病態が明らかになるので、よりよい治療法が開発されることは間違いありません。また同時に、このような発見は、他のリズム、例えば心拍動や呼吸運動、さらに月経周期などのリズムの遺伝子発見につながり、病気の治療にも貢献することになります。

 人間の持つリズムの本質的な役割はいったい何なのでしょうか。子ども学事始めを書きはじめて間もなく、母親の語りかけの声のリズムに、赤ちゃんの手の動きが、引き込まれて同調するということを書きました。これは、大人同士の間でも見られます。お互いに話し合うときに見られる、うなずいている姿を分析してみると、同じように首の動きのリズムは声のリズムに引き込まれて同調しているのです。こうして、お互いにコミュニケーションの場を作り、コミュニケーションで伝えられる情報ばかりでなく、場が作り出す情報をお互いに共有することによって、その目的を果たしているのです。

 概日リズムの遺伝子も、人間が生きるためには、太陽の朝昼晩のリズムに合わせて、睡眠、覚醒のリズムを作り、生きていくという目的を果たす生活の場を作ることにありましょう。

 この遺伝子が支配している体内時計は、哺乳動物では、脳の視床下部に存在すると考えられています。少なくともマウスでは、視床下部の視叉上核では、遺伝子ピリオッドが昼間は活溌に働き、夜間は殆ど働かず、約1日24時間ほどの周期で変化すると報告されています。何か光を感じて、このような動きをするメカニズムが存在するのです。したがって、人間にも同じようなことが言えるのです。

 人間ではまだ十分に解明されていませんが、このリズムと関係して、脳の松果体から分泌されるメラトニンというホルモン様物質が関係するという考えが前からありました。脳下垂体後葉から分泌する皮膚などの色素を増加させるホルモンに拮抗(きっこう)する作用を示します。

 生体リズムと日照リズムのずれで一番問題の多いのは、時差ボケ(ジェット・ラグ)です。気の早いアメリカではすでにメラトニンが時差ボケの治療薬として売り出され、気楽に求められるといいます。過日イギリスに行った折、探しましたが許可されていませんで、買うことは出来ませんでした。いずれにしろ、この分野の研究が進めば、登校拒否・不登校も薬剤で治る時代が来るかもしれません。たとえ全ての症例でないにしても。

全私学新聞 平成9年11月13日号掲載分に加筆、修正した




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