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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1998/07/31

登校拒否と不登校

 臨床教育学の問題として「いじめ」と並んで大きいのは「不登校」「登校拒否」である。この問題は、1960年代にも一時目立ったが、1980年代は低下傾向を示し、再び1990年代に入って急増している。

 筆者がこのような問題行動の存在を知ったのは1970年代のはじめ、そんな子どもたちを病棟回診で診た時であった。当時、大学病院の小児科病棟では、どこからみても、体は健康、特別な治療もすることのない思春期の少女が、愁い顔で廊下をゆっくりと歩いている姿が目につき始めたのが印象的であった。不登校のカウンセリングなどによる治療で入院しているのである。

 アメリカの本教科書を開いてみると、当時「学校恐怖症」“school phobia”として記載され、その背景にある神経症や精神障害が不登校の原因であるとしていた。したがって、そういう子どもたちは、小児神経科や小児精神科で、臨床心理の専門家とのチームで治療されていたのである。

 しかし、最近の考え方は、学校・家庭・社会の在り方をバックにして起こる子どもの問題行動であるとしている。子どもの生活の「場」としての学校に対応できない状態というエコロジカルな位置付けで、「学校不適応」という言葉も用いられ始めている。問題は複雑で、いろいろな要因が構造的に絡み合っている「新しい病気」“new morbidity”、しかも豊かな社会に多発するものなのである。

 文部省は一応「学校ぎらい」を理由にして、年間50日以上学校を欠席するような児童・生徒の状態を指している。これに対して法務省は「何らかの心理的さらに環境的な要因によって登校しないか、登校したくてもできない状態」と定義している。教育は、子どもの権利の中で大きなもののひとつなので、法務省としても無関心ではいられないのである。1996年の文部省の統計によれば、小学生で約一万五千人、中学生では約六万二千人、国の定めた義務教育をうけている子どもたち百人につき、多く見積もれば一人近くが体の病でなくて心の病で学校にこないことになる。

 これは欠席日数50日できった統計であるが、潜在的登校拒否状態にある子どもたちを入れれば膨大な数になる。例えば、登校拒否の基準を30日以上にすると、二、三割は増加する。登校拒否のグレーゾーンは大きく、それを明らかにすることは重要である。

 現在、「登校拒否」”school refusal”あるいは「不登校」”school absentee”とよばれる状態では何か違ったニュアンスが感じられる。この問題は複雑で、それぞれの事例の背景にあるものが異なり、また研究者のとらえ方も異なるからであろう。すなわち、「登校拒否」という言葉には、何か子どもの意志が感じられる。学校そのもの、あるいは教師や友人との人間関係がうまくいかないので、登校を拒否するという意志の表れである。さらには、学校に通学することは、子どもにとって当然の生活であると自明視する現代の学校化社会を親が拒否して、子どもを学校に行かせないというような考え方も現れている。これも「登校拒否」と呼ぶべきであろう。「不登校」となると、学校に行くという意欲を子どもが持てない場合、さらには広く原因のいかんを問わず、長期欠席を指しているといえよう。アイルランドでは、そういう子ども達がストリートチルドレンとして路上生活をする事例があると、出席したノルウェーの国際会議で報告された。

 広義の登校拒否のグレーゾーン中に、保健室登校がある。登校してきても教室には行かず、一日の大半を保健室で過ごしているのである。統計によれば、このような子どもたちは、この十年足らずの間に倍増している。そこには、登校拒否と同じ背景がある。何らかの心理的な理由で保健室にきて、養護教諭の対応を求めているのである。何か「優しさ」というようなものを求めているのではなかろうか。保健室は本来医療に準ずるもの、あるいは看護を求めて訪れるものである。

 小学校では確かに保健室に来る第一位の理由は外傷などの手当てなどであるが、第二、第三になると心身症的な訴えが理由である。「気持ちが悪い」「痛い」「苦しい」「嘔吐」などの不定愁訴で訪れる子どもたちは15%も占めている。思春期に入った中学生や高校生になると、不定愁訴で保健室を訪れる子どもたちが第一位で20−30%を占めている。保健室に不調を訴える子どもに同行して来て、すでに来ている子どもたちとおしゃべりする、さらには保健室の先生とおしゃべりしたがる子も少なくないという。保健室登校する子どもたちは、当然のことながら同じような不定愁訴で、神経症的な症状が多く、小児科の先生にみてもらっている場合が少なくない。

 大きく増加する「登校拒否」「不登校」の子どもたちに対して、私たちは一体どうしたらよいのだろうか。今、みんなで考えるべき時にある。


全私学新聞 平成10年6月13日号掲載分に加筆、修正した




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