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小林登文庫


「子ども学」事始め
掲載:1998/09/04

子どもの権利を考える

 いよいよ「子ども学事始め」も最終回になってしまった。最後に、「子どもの権利」について考えてみたいと思う。

 そもそもわれわれが「人権」という考えを持ったのは13世紀、800年近くも前と言われている。多くの失政やフランス戦争の敗北によって混乱したイギリスで、国王ジョンに対して貴族や僧侶たちが、昔からもっていた既得権を国王が侵害してならないことを認めさせたことに始まる。すなわち強制的に署名させた勅許状をもとに成立したマグナ・カルタ(大憲章)がそれである。以来、それは「イギリス自由主義の要石(かなめ)」となり、市民革命が何度もおこり、これによって国民の権利の保障、人身保護などに関する法律が17世紀に成文化され、人権(human-right)という考えがまとまったのである。

 この思想は、フランスにそしてアメリカに伝わり、アメリカでは独立戦争を経て1776年に、フランスではあのフランス革命によって1789年に、人権宣言が宣言された。市民が血を流すことによって、「市民の権利」はうち立てられたのである。

 このようにして、人権思想は、自然法の理念から出発して、人間は生命・自由・財産の所有権を有し、国家権力といえども侵すことのできない「絶対不可侵性」をもつという原則が確かめられたのである。

 貴族や僧侶という特権階級の権利が、イギリスの市民革命、アメリカ独立戦争、そしてフランス革命を経て、市民の権利になり、基本的人権に育ったが、それは成人男性中心のものであった。

 今世紀に入って第一次世界大戦(1914〜1918年)と第二次世界大戦(1939〜1945年)を経て、やっと女性や子どもの人権に対する考えがまとまったのである。特に第二次世界大戦中、直接戦闘に関係しない女性や子どもたちが、おびただしく犠牲になったこと、さらにはファシズムやナチズムの体制の中で、特に子どもたちの基本的人権が、強制労働や人体実験などによって侵されたことなどが関係している。

 第二次世界大戦後、国際連合は積極的に人権問題に取り組み、1948年に「世界人権宣言」を発表することによって、女性や子どもの人権の確立にも大きな力になった。すなわち、1979年には「女性差別撤廃条約」、そして1989年になってやっと「子どもの権利条約」が採択されたのである。もっとも、1924年に国際連盟は「子どもの権利宣言」をしていたが、第二次世界大戦に入って国際連盟が崩壊してしまったという不幸な経緯があった。

 子どもの権利条約に盛られた権利は、一般に次のように整理されている。
1、生存する権利:十分な生活水準や栄養が与えられ、必要な医療が受けられるなど、生存に必要なものの最低水準の保障。
2、発達する権利:必要な情報、休息や遊びの機会、教育や文化活動を受ける機会の保障。
3、自由の権利:思想、宗教などの自由の保障。
4、保護される権利:あらゆる種類の搾取や虐待からの保護、さらに障害児ばかりでなく難民・少数民族・先住民などの弱い立場の子どもたちの保護の保障。
5、参加する権利:子どもが自由な意見表明(意見表明権)、意見に基づく活動、それを通して積極的な役割を果たすことの保障。

 国際連合が子どもの権利条約を提出するという考えは、1970年末から1980年代にかけて国際小児科学会の役員をしていた時に、理事会などで討論された。その折、わが国の子どもたちは恵まれているなあと、つくづく思うと同時に、子どもに関する権利がかくもたくさんあったのかと驚いた。さらには、発展途上国の子どもたちは、いろいろな局面で、基本的な人権が侵されていることを知った。アフリカ、東南アジア、南米の国々に行ってみれば、直ちにそれを目にすることができる。

 しかしながら、わが国の子どもたちの問題をみると、子どもの権利から、考えなければならない問題もないことはない。例えば、親の子どもに対する虐待、深刻な「いじめ」問題、体罰問題、さらにはブルセラ・テレクラなどの性的な問題などは、子どもの権利という立場からも考えなければならない問題なのではなかろうか。

 北欧三国は、人権先進国といわれ、ノルウェー政府は、子どもの権利条約以前から国際会議を四年ごとに開いて人権の立場からも、子どもの問題を広く検討している。過去二回の会議に出席する機会を得たが、その印象では、わが国でも子どもの問題に対応するに当たって、子どもの権利という立場からも、考えなければならない時代に入るものと思われる。

(おわり)

次回より、新連載「新・こどもは未来である」が始まります。どうぞご期待下さい。


全私学新聞 平成10年8月13・23日号掲載分に加筆、修正した




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