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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:1998/11/13

<母乳の成分に人間の文化がある−1>


今月は、母と子をつなぐコミュニケーション、心の絆の原点ともいえる、母乳について、おもしろいお話をしたいと思います。

ユニークな母乳の成分

 人間の母乳の成分はとてもユニークです。

 たんぱく質は牛乳の3分の1、イヌ乳の8分の1、イルカ乳、ウサギ乳の10分の1で、哺乳類の中でもっとも薄いのです。オランウータンのは人間の母乳に近いのですが、それでもたんぱく質は20%も濃い濃度です。

 ところが、糖質になると逆で、人間の母乳には、牛乳の1.6倍、イヌ乳の2.3倍、ウサギ乳の3.5倍、イルカ乳の8倍もあります。

 長い人間の進化の歴史の過程で、なにゆえこのような成分になったのでしょうか。私はそれをヒューマンバイオロジー(注1)の立場から考えてみたいと思います。

ヒトの離乳は遅く、動物は早い

 発達生物学的にみると、人間とほかの哺乳類との大きな違いのひとつは、人間は歩きはじめるのに1年近くもかかるということです。

 牛、馬などの動物では、生後数日で歩きはじめ、みずから母親の乳房を求めることができます。そして離乳も早いのです。

 クマは雪の穴ぐらの中で生まれますが、その出生時の体重は人間の赤ちゃんより軽いのです。しかし、子グマののむ母乳はきわめて濃くて脂肪が多く、子グマはどんどん大きくなって体重を増やし、数か月後の雪どけまでには10kg近くに育ちます。そして、みずから木の実を求め、冷たい清流で母親の鮭とりに協力するといわれます。

 これに対して、人間のこどもは、1年近くも歩くことができません。すなわち可動性(ある目的にそってみずから歩く能力)がなく、母親の胸に抱かれて動くのです。

 ご存じのように、たんぱく質は肉や骨となり、運動能力の発達になければならない栄養分であり、糖質はエネルギー源として重要な栄養分です。

 人間の母乳は、運動機能に必要な骨格や筋肉の発達よりも、生体機能(注2)に必要なエネルギーを、とくに活発に発達し活動している臓器に供給することを目的としている成分だといえましょう。

 一方、ほかの哺乳動物の母乳は、運動機能に必要な筋肉や骨格を早く発達させ、可動性を早めるために適した栄養成分をもっていると言えます。

 動物は弱肉強食の自然界の中で生きるために、生まれてすぐに可動性を発達させない限り生存があやういという、自然界の掟に立ち向かうための手段でもあるのです。



(注1)ヒューマンバイオロジー
人間を文化(哲学、宗教、芸術、科学、技術など)をもつ哺乳動物として位置づけて、生物科学の立場で分析する学問体系。
(注2)生体機能
生体にある神経、呼吸、消化、循環、内分泌、運動などの機能をさす。

このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。






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