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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:1998/11/27

<母乳の成分に人間の文化がある−2>

 今回も前回にひき続き、母乳の成分と人間のこどもの発達との関係をみていくことにしましょう。

母乳のエネルギーの多くは脳で消費される

 人間の母乳のエネルギーが多いとすると、そのエネルギーは赤ちゃんの体のどこで消費されるのでしょうか。活発に育つのに使われていることはもちろんですが、その大部分は脳(中枢神経系)で使われているのです。

 新生児では、脳の重量は体重の15%近くもありますが、成長とともに急速に小さくなり、成人ではわずか2〜3%の割合にしか過ぎません。

 おとなでは脳に流れる血液量は、全血液量の約20%と計算されているので、生まれたばかりの赤ちゃんの体にとって大きい脳に流入する血液量はきわめて大きいことになります。そのうえ、体の中の臓器の中で、脳の成長発達はきわめて活発で、一番はやい速度で育っているのです。

 2歳のこどもともなると、脳の重さは成人の脳の重量の60%以上に達します。したがって摂取した母乳のエネルギーは、活発に発達しながら機能している脳で、多くが消費されているといえます。

赤ちゃんは他人まかせの生活

 赤ちゃんはみずから動くことも、また尿・便の始末もできず、母親に依存した他人まかせの生活でありながら、その精神・感情・知能などの発達は著しいものがあります。

 あのかわいらしい笑い声、そして母親を求める泣き声、見知らぬ人をおそれる目つき、そういった反応の裏には、かなり高度の精神や、感情の機能の動きが見られます。

 「いないいないバアー」で喜びの笑い声をあげる──目の前から消えた親しい者の顔が再びあらわれることへの期待、その期待通りにぴったりと現われることへの精神と感情の反応がそれです。これはおとなの感情反応に対比しうるものでしょう。母乳のエネルギーは、育つことばかりでなく、この活発に働いている脳の仕事にも使われているのです。
 
 人間の一生を考えるとき、なにゆえにたんぱく質が少なく、糖質の多い母乳を飲ませて、1年間も母親の胸に抱かせておくのでしょうか。

 人間という動物は、夫婦、家庭、学校、職場、そして大きくは社会の一員として、つねになんらかの形式で、人間の組み合わせの中で生活し、多彩な文化を形成しています。

 その本質はたて、よこの人間関係であり、心のふれあいなのです。そして人間が一生の間にもつ、いろんな人間関係のプロトタイプ(注1)が、乳児期(注2)における赤ちゃんと母親の関係といえましょう。

 生まれたばかりの赤ちゃんは、歩いたりする方の機能はできるだけゆっくり発達させながら、母親の胸に抱かれて母乳をのみ、頭脳をはたらかせることによって、感覚を介して伝えられる人間関係の本質をいろいろと学ぶのではないでしょうか。



(注1)プロトタイプ
原型、一番基本となる型式の意味。
(注2)乳児期
一般に、出生から満1歳までをいう。しかし、歩行開始、あるいは意味のあることばを発するようになる1歳半までの時期をさすこともある。

このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。




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