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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:1999/02/05

<母親にもマザーリングを−2>

母親になった喜びと幸福感が

 前回お話しした、母と子の共同作業による「泌乳反射」は、母親のわが子への愛情、育児への積極的な意志、母親になった喜びと幸福感、そうした安らかな心の状態が続くことによって、スムーズに働くものです。

 逆に育児への自信喪失、新しい母親を祝福しないような、周囲の環境によって母親の心の状態がくずれると、このメカニズムは作動しなくなります。母乳の分泌は止まり、母乳で育てることができなくなってしまいます。泌乳分泌は複雑な精神、心理、内分泌の生体システムを介した反射なのです。
 
 お産の前に、妊婦が実家に帰ってお産をするという習慣は、こういった意味で特に重要なのです。分娩という女性にとっての大事業、母乳哺育を含めての育児業務の開始という、人間生存にとって大切な行動が行われるお産の前後を、妊娠、出産、育児の経験者である自分の母親やきょうだいのいる、自分の育った家の暖かい雰囲気の中ですごすことは、とても意義のあることです。

 新しい母親がこの安らかな精神状態のもとで、分娩後の重要な時期を過ごすことが、母と子の人間関係を自然につくり、母乳分泌を成功させるためにも重要なことなのです。

 核家族化した現代の先進社会では、この伝承された生存のための社会や家族のサポート・システム、女性の助け合いのシステムが失われつつあるがために、母乳哺育の成功率の低下、そして育児失調の増加が社会的に問題となっているのではないでしょうか。

マザーリング・ザ・マザー

 アメリカにこんな研究があります。ニューヨークで新しくなった母親たちの母乳哺育の成功率は、自分の母親(赤ちゃんにとっては祖母)がテキサスにいる場合と、ニューヨーク市内や郊外にいる場合とでは違うというのです。

 もちろん、自分の母親が近くにいるほうが成功率が高いのです。自分が意識するとしないにかかわらず、自分の母親が近くにいるという安心感が、新しい母親の泌乳分泌のメカニズムをスムーズに作動させるからです。 ニューヨークから飛行機で4〜5時間もかかるテキサスでは、電話ですぐ通じても、気持ちのうえでは遠すぎるからなのです。

 新しい母親が母乳を分泌し、わが子を育て、人生のはじまりに母子関係を確立するには、新しい母親にもマザーリング(注1)、”mothering the mother”つまり新しくなった母親自身も自分の母親や夫、そしてまわりの人たちから優しく勇気づけられる愛情を受け、何かと助けてもらうことが必要となってくるのです。

 文化とともに継承されてきた、家庭や社会の人々の助け合いの「マザーリング・ザ・マザー」は、こうしてこどもが生まれ、育ち、未来に花ひらくために使われる強いエネルギーの源になるのです。



(注1)マザーリング
乳児に対する母性的な愛撫をいう。maternal care、 tender loving care、 maternal loveとほぼ同じような意味に使われている。maternalは「母性の」「母親の」「母親らしい」といった意味。

このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。






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