<育児のために自然はあらゆることをする−1>
わが子を育てるために、母親が母乳を分泌するということは、母親の積極的な育児行為であって、それが自然なのです。 妊娠が成り立つと、まもなく乳輪の皮膚色素は増加し、その色は黒ずんできます。分娩が近づくにつれて、その黒さが増してきます。 この意義をヒューマン・バイオロジーの立場からみる人は、その昔人類がまだ電灯を発明しない以前、生活の中で暗い時間が長かったころ、乳児が乳首の場所を見つけやすくするための目印だと考えました。
自然はこどものためにあらゆることを考えている
母乳を飲んでいる乳児の呼吸は変化がなくふだんと同じです。一方、哺乳びんからミルクを飲んでいる乳児は、ミルクを飲んでいるあいだに呼吸の乱れが出てくるといわれます。それは、母乳は乳児が乳首を吸うことによって、乳腺組織の反射的な収縮によって分泌されるのに対して、哺乳びんのミルクを飲むためには、 ゴムの乳首に陰圧をかけなければミルクは出てくれないためです。乳児は呼吸を続けながらミルクを吸わなければならないのです。 母乳哺育では力をかけて陰圧をかける必要もなく、乳頭を吸って刺激するだけでよいので、呼吸は乱れません。先月のお話でもあったように、母乳はまさに「乳の河」のように反射的に流れますし(=泌乳反射)、場合によっては射出します(=射乳反射)。自然の営みとはなんとうまくできていることでしょうか。
ホルモンは、ほうっておいては分泌しない
自然は複雑なホルモン作用で、わが子と母親の相互作用を介して母乳の分泌を開始し、必要な期間それを維持します。 そのホルモンには次のようなものがあります。 ・母乳の生産と分泌にとくに重要な機能をはたすホルモン プロラクチン(注1) ・母乳の生産と分泌に関係して、代謝作用をしめす成長ホルモン コルチコステロイド(注2) インシュリン(注3) サイロキシン(注4) ・乳腺組織を発達させる性ホルモン エストロゲン(注5) プロジェストロン(注6) ・乳腺の収縮に関係するホルモン オキシトシン(注7)
しかしホルモンは、ほうっておいては分泌するものではありません。母親の育児にかける愛情と、乳児がおっぱいを吸うという行動がなければ、ホルモンは十分には分泌されないものなのです。とくに下垂体からのプロラクチンの分泌は重要ですが、乳児の「おっぱいを吸う」という運動に強い影響を受けます。 逆にプロラクチンが血中に高い濃度になれば、妊娠・分娩と関係なく、ある程度の母乳は出るようになるものなのです。もらったあかちゃんにおっぱいをくり返し吸わせることによって、母乳が分泌されたという報告もあります。
- (注1)プロラクチン
- 乳腺刺激ホルモンで、下垂体前葉で生成、分泌される。黄体刺激ホルモン(LTH)ともいわれる。
- (注2)コルチコステロイド
- 副腎皮質から分泌されるホルモン。
- (注3)インシュリン
- すい臓から分泌される血糖下降作用のあるホルモン。
- (注4)サイロキシン
- 甲状腺ホルモンの一種。
- (注5)エストロゲン
- 卵巣濾胞で作られる卵胞ホルモン。またはその作用から発情ホルモンとよばれる。子宮の発育、子宮内膜の増殖、乳腺の発育、月経開始、第二次性徴などを支配する。
- (注6)プロジェストロン
- 卵黄の黄体から分泌され、その分泌は脳下垂体の黄体刺激ホルモンの支配下にある。妊娠中、子宮の発育成長を支配し、下垂体前葉に作用して、黄体形成ホルモンの分泌をおさえるため、黄体の活動中は排卵がおこらない。
- (注7)オキシトシン
- 下垂体後葉から分泌され、子宮および乳腺などの平滑筋を収縮させるホルモン。
このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。 |
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