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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:1999/04/02

<母乳にかわるもの、ミルク−2>

 前回のお話では、赤ちゃんにあたえる安全で清潔な粉ミルクが牛乳からつくられるまでのお話をしました。今回はそのミルクの成分について見ていくことにしましょう。

ミルクを母乳に近づけるさまざまな工夫

 牛乳と母乳の成分は異なります。牛乳にはたんぱく質が多いだけでなくて、ナトリウム・カリウム・リンも多いので、そのまま赤ちゃんに飲ませると、これらの成分の血液中の濃度が高まり、血液が濃くなります。それを尿として排泄するには、たくさんの水分が必要です。赤ちゃんの腎臓は未熟なので、その状態を手際よく処理できないために、脱水状態(注1)になったりするのです。大人でいえば、塩辛いものをたくさん食べたりしてのどが乾くのと同じ状態です。のどがかわいても赤ちゃんはそれを訴えることができないのです。脱水状態があまりひどいと、血液が濃くなり、脳の血管がつまったりします。大人の脳卒中の状態が、赤ちゃんにも起こりうるのです。
 そこで、牛乳をミルクにする過程で、たんぱく質とナトリウム・カリウムを母乳なみにする工夫がなされました。また、牛乳に含まれるカゼイン(注2)の消化が悪いことや、アミノ酸構成が母乳と異なる点を考えて、ラクトアルブミン(注3)(乳清たんぱく)とカゼインを入れかえることも行われています。また牛乳と母乳では、脂肪酸の構成が著しく異なるため、牛乳の脂肪を植物性の脂肪と入れかえて、高度の不飽和脂肪酸(注4)、とくにリノール酸(注5)を多くしてあります。母乳は牛乳より糖質が多いのですが、その部分は乳糖です。そのため、牛乳からミルクをつくるとき、β−乳糖を加えています。以前、蔗糖が用いられることもありましたが、蔗糖は虫歯の原因になることが明らかになり、現在は乳糖に限り、加えられています。また、カルシウムとリンの割合も母乳に近づけています。牛乳はリンが多く、そのまま飲むと赤ちゃんの血液中のリンが高くなり、カルシウムがそれとのバランスで低くなって、テタニー(注6)になるからです。ビタミンや鉄も貧血予防のために加えられています。
 
 このようにして、牛乳は母乳に近いミルクとなりました。赤ちゃんにとって、人工のものとしては、完全に近い栄養といえるものとなりました。ただし、たんぱく質は依然として牛のもので、人間のものではありません。また、技術的な問題でナトリウム、カリウムのように未熟な腎臓に負担になる2、3の因子は、まだ完全に母乳なみとはいえません。自然のものが常によいとは限りません。牛乳は牛の赤ちゃんのものであり、人間の赤ちゃんには、小児科医の頭をしぼってつくったミルクが与えられなければなりません。ただし、赤ちゃんも離乳が始まれば大人と同じで、どんなミルクを飲んでもだいじょうぶなようになっていきます。



(注1)脱水状態
体液が欠乏した状態を「脱水症」という。水が飲めなくて水分のみ欠乏する高張性脱水症と、嘔吐や下痢によって塩分も少なくなる低張性脱水症がある。
(注2)カゼイン
乳汁に含まれるたんぱく質の一種。牛乳中のたんぱく質の80%をしめる。すべての必須アミノ酸を含むので栄養上重要である。
(注3)ラクトアルブミン
乳の中に含まれるアルブミン。たんぱく質の一種。
(注4)不飽和脂肪酸
分子の中に二重結合をもつ脂肪酸。動物はオレイン酸までは作るが、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸は作らないので、必須脂肪酸という。飽和脂肪酸が多いと、動脈硬化に関係するので、この不飽和脂肪酸が重要である。
(注5)リノール酸
植物油の中に含まれる不飽和脂肪酸の一種。生体内では合成されない。
(注6)テタニー
主に四肢末梢筋の痙攣、咽頭痙攣、発作などを症状とする病気。ビタミンD欠乏症、副甲状腺機能低下症、小腸吸収不全などによる血中カルシウム低下時、過呼吸症候群症、さらには嘔吐のくり返しなどで血中カルシウムが減少したときに発生する。

このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。




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