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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:1999/06/04

<わが子をだくこと、母親になること−1>

 こどもを産んだというだけで、女性がかならずしも母親になれるというものではないこと、いろいろな悲しい事例からわれわれは知っています。ただし、例外的ですが。
 新聞紙上で世の話題をにぎわせている、虐待事件、コインロッカー事件、さらには自家用車の中にこどもだけを残した事件などは、その代表でしょう。なぜ、いたいけなわが子をしつけといって骨が折れる程たたいたりするのでしょうか。なぜ生まれたばかりのわが子を、冷たく暗いコインロッカーや密封状態でのマイカーの中に放置することができるのでしようか。たとえ、それがすでに死んでしまったこどもであったとしても。それでは、母親として、こどもにたいする、ひとかけらの愛情もないではありませんか。
 現在、小児科医として、母と子の愛情の世界について、多くの点を考えさせられる出来事が余りにも多く、心が痛みます。しかし、よく考えてみると、いわゆる母親のこどもにたいする愛情とはなんでしょうか。それはどのようにしてできるのでしょうか。

生きものには、種属特有の母性行動がある

 母と子の人間関係は、おたがいの行動のやりとりによって確立するものなのです。分娩後できるだけ早い時期から、母親がわが子をだきあやすことにより、母から子へ、子から母への行動を介しての心理的な作用が、おたがいにからみあって、母子の心の絆が出来、母子の関係は成立するのです。
 この時期においては、母と子の肌をかいしての接触が、母親にとっても重要なのです。いわゆるスキンシップです。スキンシップは日本語で、英語ではタッチ(touch)、「ふれあい」と申します。この時期に、ふれあいの機会を失すると母子関係は失調し、母乳哺育はおろか、育児そのものも失敗するばあいが多いのです。
 多くの哺乳動物では、母親は生まれたばかりのこどもを自分の周囲におきます、しかも体をくっつけあって。その極限型はカンガルーであり、子守りネズミ(オポッソム)でしょうか。カンガルーや子守りネズミは、育児嚢という皮膚の袋の中に、生まれたばかりのこどもをいれて育てるのです。
 一般の家庭にいる猫はどうでしょうか。アメリカの猫も、イギリスの猫も、日本の猫も、仔猫が生まれたときにとる、母猫の行動のパターンはほぼおなじようです。妊娠も終わりにちかくなると、母猫の動きはおとなしくなり、はねたり、よじのぼったりしなくなります。暖かく暗い場所をさがして、分娩の用意をはじめます。
 仔猫が生まれると、生まれてくる仔猫の体をつぎつぎになめ、きれいにし、最後の仔猫が生まれると、母猫はよこになり、生まれた仔猫たちをだきかかえるようにします。そして、母猫は仔猫たちといっしょに、十二時間ほどゆっくり休むのです。お産のつかれをいやすかのように。しかし哺乳は、早いばあいは分娩後三十分程でもはじめるのです。何か、そこには子育ての出発点の原点があるようにみえます。
 人間の母親は、生まれたばかりのわが子にたいして、どのように行動するものでしょうか。



このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。





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