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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:1999/07/02

<肌からはじまる母と子のきずな−1>

 「生みの親より育ての親」ということばがあるように、たんにわが子を産んだからといって、母と子のきずなができるものではないようです。

母と子の人間関係は、どうやって確立するのか

 母がわが子を愛し、子がわが母を愛するという心のきずなは、どうして結ばれるのでしょうか。それは、われわれが人間関係の中で、こよなく美しいものとみている、母と子の人間関係の基盤であり、それが、人生の出発点で、どのようにしてつくられるのかを知ることは、子育てを考えるのに極めて重要です。
 こどもは暗い子宮の中で、胎児として生命の火をともします。小さくうずくまっている彼(彼女)のまわりには、母親の暖かな羊水があるのです。そして伝わってくる母親の心搏動のリズムを聞きながら、安心しきって、すべてを母親にまかせて日々大きくなっていくのです。
 妊娠の終わりちかくになれば、胎児は母親の子宮内壁に肌をふれることもありましよう。それによって、やさしく守られていることを、感覚的にたしかめているのです。

こどもが人間の世界に仲間いりするとき

 分娩という生物学的ではありますが、きわめて機械的なプロセスのあらしをくぐりぬけ、胎児はいろいろな人間の住む世界に、赤ちゃんとして仲間いりをするのです。そこにある世界は、いままでの子宮の中とはあまりにもことなっているものです、光も、音も、そして空気も。
 生まれた赤ちゃんは、どんな刺激であろうと、泣くことと全身をピクッとさせること以外には反応する方法もなく、生存のための行動としては、母乳をもとめる吸啜反射(注1)しか知らないのです。 
 したがって母親の存在は絶対的であり、生まれてただちに母と子のきずなが出来て、人間関係が確立されないかぎり、赤ちゃんの生存はあやういものです。母と子のきずなで出来る人間関係は、マザー・インファント・ボンド(母子結合)(注2)とよばれますが、その大部分は生得的な仕組みで出来るものでありましょう。
 勿論、その母親の属する文化を背景とする、母親のもつ道徳律、倫理感にも関係しましょう。しかし、そしてそれにもまして、赤ちゃんとしての特質、可愛さ、あどけなさ、やわらかな皮膚、におい(赤ちゃんの体臭−特殊な脂肪酸(注3)による)、そういった感覚的なものが、母親の心を、女性の心を(勿論、父親の心も)引きつける力は決して小さくないのです。
 しかし、母と子のきずなが、絶対的なものではないことをわれわれは知っています。新聞やテレビのニュースで報道されている、わが子を虐待する事件などは、その代表的な例ではないでしょうか。



(注1)吸啜反射
乳児の口唇、口腔粘膜に指などでふれると反射的に吸飲運動を行なうこと。この反射の反射中枢は呼吸中枢の近くに存在する。吸飲反射ともいう。
(注2)母と子のきずな・人間関係
mother-infant bond(maternal-infant bonding);母子結合、母と子のきずな(母親がわが子と心のきずなをつくること)。
(注3)脂肪酸
脂質の構成分をなす有機酸で、グリセリド・高級アルコールエステルなどとして見出される。


このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。






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