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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:1999/07/16

<肌からはじまる母と子のきずな−2>

子宮の中の体験を思いだして

 多くの小児科医は、母と子の心のきずなの確立に、肌と肌との触れあいが重要なのではなかろうかと考えはじめました。すなわち、スキンシップです。母親がわが子と心のきずなを結び、人生の出発点で母と子の人間関係をつくるには、スキンシップ豊かな子育てが重要なのです。
 しかしながら、生活水準があがるとともに医学も進歩し、さらに医療が社会化された国ぐに、とくに先進国では、自宅分娩が院内方式にかわったりして、分娩後に母と子と接触する機会が、きわめて少なくなってしまったのです。
 多くのばあい、分娩後麻酔で意識がまだはっきりしない母親に、無事なわが子をひと目みせ、母親は病室に、こどもは新生児室にと分離されてしまうようなやり方だったのです。その後一定の時間に、授乳のために母と子が、かぎられた時間だけ逢う瀬を楽しみ、「ぎこちなく(?)」愛情をたしかめあっているのが、実情だったのです。最近は、スキンシップがみなおされて、分娩後出来るだけ早く、母と子が一緒になるようにはなりましたが。
 生まれたこどもにとって、子宮の中とくらべると、新しい生活の場は、あまりにも強い刺激が多すぎるのです。その刺激は、好むと好まざるとにかかわらず、こどもの五感をかいして神経をゆさぶります。生まれたばかりのこどもにとって、それは不安であり、恐怖でもありましょう。だから、うぶ声として大きな泣き声をあげるのです。それを救ってくれるのは、母親(人間)の抱擁なのです。ですから、抱いてあげれば、なかなか泣き止まない赤ちゃんも泣き止みます。
 母親の両腕にしっかりとだきかかえられ、かすかに伝わってくる母親の心臓搏動のリズムを感じ、母親のやさしい語りかけをきくとき、赤ちゃんは昔の子宮の中での体験を思いだし、不安や恐れが消えていくのを感じるのでありましょう。その繰り返しが、母と子のきずなの確立にとって重要なのです。
 子宮内でその内膜をかいしての母親との接触は、胎児の皮膚感覚の発達とともに、神経系にインプリントされていると考えられるのです。生後の母親との肌をかいしての接触は、胎内から始められたスキンシップの効果を強めるのです。
 このようにして、胎児期にインプリントされた肌の感覚が、生まれたのちにふたたびあたえられることによって、それは赤ちゃんの心に安らぎをあたえるのです。その感覚は、母親によって守られているという実感を、赤ちゃんにもたせるのです。

 おんぶの意味

  この母子のきずなの確立にも、決定的に重要な時期があるといいます。母子関係の感受期、または感応期(注1)とよぶべき時期で、この時期に母と子ができるだけ密接に肌をかいして接触することがなければ、母と子のきずなが十分に確立できない場合さえあると考えるのです。
 その結果、母親は母乳による哺育、さらに育児がうまくできなくなるというのです。その時期は分娩直後からの、1〜2週間のあいだにあると考えられているのです。
 アメリカ、ヨーロッパでは、こういった考えで産院分娩のあり方を反省し、母子同室(注2)、または積極的に新生児室に、母親さらに父親をはいらせるというような、新しい試みがなされています。
 さらに北欧ではこの10年以上も前から、未熟室にも母親をいれているのです。プラスチックのインキュベーター(注3)の中にはいっている小さなわが子に、できるだけ早くから母親に手でさわらせるのです。丸い穴から手をいれて、小さなわが子にさわっている若い母親の、真剣な姿は美しいものです。
 こうしてみると、わが子をおぶうというわが国の習慣も、意義があるのではないでしょうか。たとえ衣服が介在するとしても、母と子の肌のふれあいは強く、面積は大きいのです。
 文化をもって生きる人間は、多様な人間関係をもっています。友人関係、師弟関係、職場での人間関係、そして夫婦の人間関係。その中で母と子の人間関係は特殊で、人生の最初にもつものであり、こどもの未来にとって、きわめて重大なのです。それゆえにこそ、このきずなの確立にとっては、もっとも人間くさい肌の触れあいが重要なのです。



(注1)感受期・感応期
母子結合が確立するのは、出生直後のある期間が重要であると考られる。この期間を母子結合の感受期(感応期)という。
(注2)母子同室
母児ともに健康な場合、分娩直後から母児を同室させるやり方で、ヨーロッパでは古くから採用されていた。利点は、母子相互作用が活発になり、母性の確立に有利であり、母親にとって早期離床が促され、育児を早く覚えられること、看護側でも育児指導が理想的にできることがあげられる。小児の成長発達にもよい。しかし、広い入院室と多数の管理者を必要とするため、わが国の現状では実施困難な面もあり、母児異室、同室混合方式を採用している施設もみられる。但し、最近では少なくなって来ています。
(注3)インキュベーター
保育器、哺育器、温育器ともいわれる。新生児、特に早産児、未熟児は体温調節中枢が未発達で、外界の温度に著しく影響され、体温下降、循環障害をきたしやすいため、この中に入れて哺育する。


このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。







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