●HOME●
●図書館へ戻る●
●一覧表へ戻る●



小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:1999/07/30

<目と目でたしかめる母と子の愛−1>

 母と子のきずな、人間関係の形成には、生まれた直後からの母と子が五感をかいしてつくられるふれ合いが、重大な役をはたします。それではその中で視覚は、どんな役をはたしているのでしょうか。視覚は他の感覚にくらべて、距離のあるものがわかり、方向性が強いという特長をもっているのですが。

左の胸にだく

 母親は生まれて間もなく、わが子をだくときに、胸、とくに左の胸にだき、顔と顔を向き合わせ、目と目をあわすことができるようにするものです。そのばあい、母親はわが子の目をみる、あるいはみつめるものなのです。そんなときに、母親は、特殊な感慨をもつものです。
 母と子がおたがいに、目と目でみつめあう行為が、母と子の相互作用(注1)によって人間関係をつくるのに重要であると、小児科医は考えています。その重要性、すなわち、母子関係の成立ではたす役割は、他の哺乳動物、たとえばネズミなどと比較すると、人間でははるかに大きいことが、実験行動科学(注2)で明らかにされています。人間は、特に視覚が発達しているからです。
 生まれたばかりの赤ちゃんのまぶたは、おどろくほどむくんでいるばあいが多いのです。これで目があくのだろうかと思うほどです。暗い子宮の中、暖かい羊水の中で、母親の心臓の鼓動のリズムをききながら、静かにうずくまっていた胎児が、新生児として外界に生まれでて、呼吸をしはじめるとき、外界の光はあまりにも強すぎるのではないでしょうか。その強い光をふせぐために、まぶたをピッタリと閉じておくように思われます。
 しかし間もなく赤ちゃんは、目をあけるようになります。それは赤ちゃんの意志によるようで、第三者が指先であけようとしても、なかなかあかないものなのです。目をあけた赤ちゃんは、やがてまわりをゆっくりと見まわしはじめます。なにかさがしているように。固い言葉で言えば情報を求めているのです(information seeker)。生まれながらにして好奇心をもっているのです。そして一週間もたたないうちに、まぶたのむくみも消失して、赤ちゃんは目をパッチリとあけられるようになります。

目からの情報

 生まれたばかりのわが子をだいた母親は、こどもの目に重大な関心をよせます。そして一刻も早く、目をあけることをのぞむものです。「○ちゃんおめめをあけて」と語りかけ、そこにつぶらなひとみを見たとき、母親としてのよろこびはいかばかりでしょうか(盲目でなかったという安心感もふくめて)。
 また逆に、わが子の目がみえないという事実を知ったときの、母親のショックはきわめて大きいものです。そして、目のみえないこどもを育てる母親は、育児がうまくいかないと感じるばあいが少なくありません。それは育児行為がてぎわよくできないということではなくて、母と子の人間関係が、しっくりしないというのです。
 目と目をかいしてつくられる、母と子の相互作用は、生体の他の部分や機能をかいしての相互作用より、想像以上に内容が豊かなものなのです。
 「目は口ほどにものをいい」ということわざがありますが、母と子の関係においてもそうなのでしょう。愛のまなざし、喜びのまなこ、また逆に冷たい目という、抽象的な感情の世界が、目の輝き、動き、白目、瞳孔およびその大きさ、角膜の性状、眼球前面の形状や、その組み合わせで、表現されてくるものなのです。
 生まれたばかりの赤ちゃんは、たとえ母親の顔であろうと、それを意義あるものとは考えていないようです。むしろ目そのものに、関心をもつものなのです。生後3〜5週間の乳児では、顔をみる時間は、全体の約20パーセントにすぎず、顔のまわりをみているにすぎないのです。
 ところが7週以上の乳児となると、おとなの顔をみないで、90パーセント以上の時間を、目をみつめることについやすのです。おとながはなしているときでさえ、動く口をみないで、目をみつめる時間が長いものなのです。したがって、目をみつめる理由は、それが動くからではなく、それが目だからなのです。それは、目のない顔の絵をみせても、赤ちゃんはあまり関心をしめしませんが、目をかきこむと、強い反応をしめすことでもわかります。
 母親がはなしかけているときに、その子どもが目をみつめるのは、母親のはなしをつづけさせるのに、意義があると考えています。
 また、人間の乳房が他の動物にくらべて、とびだしているのは、母親がわが子に母乳をのませながら、目と目でみつめることができるようにするためであると、考えている小児科医もいるのです。
 おとな同士でも、愛する恋人同士のあいだでも、飼主とその愛犬のあいだでも、目は多くを語り、多くの情報を提供しています。そして視覚でとらえた情報からわきあがる感情の世界は、言語や行動以上に豊かなものなのであり、それに反応して、目が心の世界を表現しているのです。



(注1)母と子の相互作用
mother-infant interaction
(注2)実験行動科学
実験により生物の行動を分析しようとする科学体系。サルを利用して人間の行動を分析しようとするのはひとつの代表である。


このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。





Copyright (c) 1996-, Child Research Net, All rights reserved