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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:2000/04/21

<赤ちゃんも「考える人」−1>

赤ちゃんは、外からの刺激に反応して、頭で感じたこと、考えたことを表現するばあい、どうするのでしょうか。当然のことながら、言葉が発達していないので、泣くこと笑うこと以外に、みずからそれをしめす方法はありません。表現形式がかぎられているのです。しかし、赤ちゃんが考えていることは以外に高尚なようにおもわれるのです。
 高尚というのは、おなかがすいた、痛い、暑いなどという生存に関係する感覚的な刺激のみを本能的に認識しているのではなく、考える人間として、より本質的な、うれしい、不思議だ、なんだろうかなどというような高度な感情、精神的あるいは心理的な機能をいうのです。

痛い、冷たいのほかに

こういった高度の精神機能が、人間には赤ちゃんの時から発達しているのではないでしょうか。一般には、痛い、冷たいなどの感覚機能や手足を動かす運動機能などが、さきに発達して、そのあとに高尚な機能が発達するものとおもいやすいものです。
 このような高度で複雑な情神機能の発達の基礎はなんでしょうか。それは、脳にあります。生まれたばかりの赤ちゃんの脳の重さは400グラムぐらいですが、重さは急速に増加し、8歳にもなれば、おとなの脳の重さの90パーセント以上にたっするものなのです。
 日本人成人の脳の重さは、男で1,400グラム、女では慎重に比例して、多少小さく1,250グラムです(但し、重さの違いは知能に関係しません)。したがって小学校にはいるころには、脳の重さは生まれたときの優に3倍にはなっているのです。

刺激の適当なちがいに強く反応する

脳の発達の過程におこる生物学的な諸現象は、形態学的にみても、生化学的にみても、きわめて複雑であり、多彩なもので、不明の点が少なくありません。
 この様な脳の機能をつかさどる神経細胞は大きく分けて2種類あり、ニューロンとグリヤ細胞です。ニューロンの数は、約140億個あり、その細胞のあいだをうめてつながっているグリヤ細胞の数は10億個以上もあるのです。ニューロンは、脳の機能の中心的な役割を果す神経細胞で、グリヤ細胞はその機能を支援する神経細胞で、栄養などをとるため一方は血管につながっています。
グリヤ細胞に支えられながらニューロンは、外からの刺激を処理して、脳として反応するわけですが、そのために、ニューロンは、いくつか結びついてネットワークを作っています。グリヤ細胞には突起はありませんが、ニューロンには長・短の突起が出ていて、あるものは大変長く(これを軸索とよぶ)、その突起の先端がニューロンにつながっているのです。そのつながっている部分をシナプス(注1)と申します。シナプスでつながったニューロンのネットワークのなかで刺激を処理されることにより、それが情報となり、知・情・意の心の状態が発現するのです。
 生まれたばかりの赤ちゃんの脳には、脳のいろいろな機能に関係するそれぞれのネットワークの基本構造はほぼ出来上がっているようです。しかし、まだ完全ではないので、外からの刺激を受けて、多くの中から必要なニューロンを選択し、シナプスをつくり、スクラップ・アンド・ビルトしながら、脳の機能をより複雑な情報に対応できるよう発達させてゆくと考えられています。
 いろいろな現象の素情報(基本的な情報)(注2)を認識することができるニューロンのネットワークは、遺伝的なもので、生まれながらにして出来ていると考えられます。極言すれば、それは長い進化の過程の結果できあがった機能をもつネットワークであって、生まれてからのちに、外からのいろいろな刺激によって、その刺激をうけとめるのに必要な、あるいはそれに対応するのに必要なニューロンを結びつけてより複雑なネットワークをつくることが、神経系の発達の本質と理解されているのです。
 赤ちゃんは生まれたばかりでも、動くものとか、かたちがはっきりして、明暗の強いものならば、それに反応して、視覚情報として脳はうけとめるため、赤ちゃんの心臓の鼓動は強くなり、その数も増加します。すなわち、赤ちゃんはなんだろうと注意し、それにたいして不安をしめしているのです。赤ちゃんは、視覚で情報を求めているのです。
 2〜3カ月の赤ちゃんにもなると、前に経験したものとのかたちのちがい、音のちがいに反応して、明らかに心搏数の変化がみられます。その反応は、ちがいのていどに関係しており、あまり大きいちがいや小さいちがいでは反応が少なく、ある適当な範囲の中でのちがいでもっとも強い反応をしめすといわれています。赤ちゃんでも、ちゃんと、視覚情報や聴覚情報の違いがわかるのです。



(注1)シナプス synapse
神経細胞で突起をもつものをニューロンとよび、その突起で長いものを軸索とよぶ。突起や軸索の端末とほかのニューロンの細胞体との間の結合部をシナプスという。多くの場合、軸索端末は小さなふくらみを作り、終末ボタンと呼ばれる。電子顕微鏡でみると、終末ボタンには多数のシナプス小胞を含み、場所によっては、電子密度の高い粒子をもった小胞がある(有芯小胞)。これらの小胞は、興奮を伝達するための化学物質を含む。
(注2)素情報
情報はいろいろな因子で構成され、ヒトは遺伝的にその因子を情報として認識能力をもっていると仮定したとき、それを素情報とよんだ。

このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。





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