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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:2000/10/13

<母親からもらったフローラ−1>

 自然は可能なかぎり早い時期に、可能なかぎり長い期間、母親が生まれたばかりのわが子をだくことを期待しているものなのです。「わが子をだく」という母親の行為は育児の原型で、母と子のきずな、母子関係の確立に必須であり、またそれが生まれたばかりの子どもの生存にもつながるのです。アメリカでも”hug”とか“tough”といって強調されています。

母親はたしかに汚染されているが

 しかしながら現在の医療では、細菌学的な立場から、分娩直後に、新生児を清潔な新生児室に移したりすることがあります。新生児期に母と子のきずなの形成を深く配慮する医師は、そのやり方を反省しているのが現状なのです。
 厳密な細菌学の立場からみれば、母親はたしかに「汚染」されています。母親の皮膚、口腔、鼻腔、上気道(注1)、産道(注2)には、直接病気の原因となるばい菌はほとんどないとしても、多種多様なばい菌が住んでいるのです。そしてそのばい菌が母親の人間としてのいとなみを助けているのです。こういった菌のグループを常在細菌叢 フローラ(注3)とよんでいます。
 このフローラは、人間の生存にとって重要な生理機能をもっているものなのです。とくに腸管、とくに大腸のフローラは、ビフィズス菌(注4)・大腸菌(注5)・腸球菌(注6)・乳酸菌(注7)・バクテロイデス(注8)などからなり、消化・吸収を助け、ビタミンB・Kばかりでなく、抗生物質やホルモンに似た物質も合成するなどの重要な役をはたしています。実験的・無菌的に育てられた、このフローラのない動物は生存することができないのです。
 新生児は分娩の過程の最中から、そしてその直後に、フローラを形成するばい菌を、母親や、お産のときに関係した人々からもらうのです。自然はそのためにも、分娩前には胎盤をかいして、その上生まれてからは初乳をかいして、母親から新生児に免疫抗体をあたえ、二重にも三重にも子どもをまもっているのです。




(注1)上気道
気道は、鼻腔・咽頭・喉頭・気管・気管支・肺より成るが、これを上気道と下気道に分ける。上気道は鼻腔・咽頭を含む。
(注2)産道
骨盤を産科学的に骨産道といい、また子宮下部、子宮頚管膣および会陰を軟産道と呼び、胎児の通過管を形成する。
(注3)フローラ
細菌叢ともいう。特定の限られた体の一部に分布し生育する細菌の種類をいう。
(注4)ビフィズス菌
グラム陽性の細長い杆菌(0.5〜0.7×4μ)、鞭毛、芽胞を欠く。偏性嫌気性、栄養要求が厳しく、糖を加えない培地には発育しない。糖を分解して乳酸を産生する。母乳栄養の乳児の腸管に常在している非病原性菌のひとつである。
(注5)大腸菌
グラム陰性杆菌。大きさ0.5×1.0〜3.0μ、多くは周毛性の鞭毛を有し動きまわることの出来る腸内細菌。ヒトに対し多くは非病原性であるが、病原大腸菌と呼ばれるものは易熱性および耐熱性の2種類のエンテロトキシンを産生し、乳幼児の下痢症を起こしたり、尿路感染症の原因菌にもなることがある。
(注6)腸球菌
消化管に常在しているレンサ球菌である。病原性は示さないが、まれに亜急性心内膜炎を起こすことがあり、また食中毒の原因となることもある。熱や抗生物質に対して抵抗力をもつ。
(注7)乳酸菌
大きさ0.6×2〜8μのグラム陽性杆菌で、多くは運動性はない、嫌気性でブドウ糖を発酵して多量の乳酸を生成する菌種を総称して乳酸菌という。乳酸菌はヨーグルト、チーズ、乳酸飲料の製造に用いられている。腸管の常在細菌のひとつである。
(注8)バクテロイデス
嫌気性のグラム陰性菌群で、胞子を作らない。気道、消化管などに常在する。通常は病原性を示さないが、条件によっていは局所的な炎症を起こし、ときには敗血症を起こすこともある。


このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。





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