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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:2001/02/02

<おしおきの病理学−1>

 親と子の生物学的な関係は、精神心理学的な関係もふくめて全人的にみなければなりません。この全人的な関係が乱れて、失調をきたした状態は、母子不適合・父子不適合・親子不適合としてまとめることができましょうか。
 このような問題は幼若な乳幼児から年長児までおこりうるものです。それどころか、子どもがおとなになって結婚してからだっておこりうるものでしょう。このなかで、特殊な不適合、親子不適合があまりにも攻撃的になった場合を考えてみましょう。

「階段から落ちた、ベッドから落ちた」

 第2次世界大戦が終わると、勝った国の人びとも負けた国の人びとも、戦争でおたがいに殺しあったことを深く反省するとともに、人間の悲しいさがをかみしめたのでした。しかしそれも時間とともに平和な明るい空気に癒され、経済的にも豊かになり、生活水準もあがってまいりました。そんな時代にはいったころアメリカ・北欧そしてヨーロッパの国ぐにで、子どもが親によって傷つけられるという現象が、小児科学で問題となってきたのです。母子不適合のもっとも血なまぐさい病型とでもいえましょう。わが子を愛さないだけではなく、傷つけるのですから。
 親に伴われて、外傷の子ども(乳児や幼児)が、病院の救急室につれてこられるのです。そこで親は、「階段から落ちた、ベッドから落ちた」というのです。そして子どもには皮膚からの出血、骨折などのいたましい外傷がみられるのです。

おしおき症候群

 とうぜんのことですが救急室で診察する小児科医は、救急処置とともにレントゲン写真をとりました。じつはこのレントゲン写真の所見が問題なのです。
 すなわち、子どもを救急室に連れてきた原因となったと考えられる骨折のほかに、古い骨折があちこちの骨にみられるのです。ほかの外傷でも同じです。そしてこれらの骨折や外傷は、親のうったえからでは医学的に説明できないものなのです。
 いろいろ調べてみると、それは親がわが子を打擲することによっておこった状態であることが判明したのです。
 アメリカ・ニューヨークの小児レントゲン学の教授キャフィー博士は、このような子どもの状態をバッタード・チャイルド症候群(注1)とよんだのです。バッタードという言葉は、バットという言葉の動詞型、野球のバットで打つ意味なのです。イギリスの先生にきいたところ、鳥屋さんが鳥がら骨をトントンとたたき折るときに使う言葉であるとおっしゃっておりました。イギリス人にはバッタードという言葉はスープに使う鳥がら骨とむすびつくのです。
 バッタード・チャイルド症候群という病名は、日本語で「虐待児症候群」「被虐待児症候群」と訳されています。ちょっと凝った人は「おしおき症候群」という名訳をつくっています。原因の大部分が、わが子が親の期待どおりに行動してくれないからという理由で、親が過度のおしおき、打擲をおこなったためであるからなのです。



(注1)バッタード・チャイルド症候群
battered child syndrome


このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。




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