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おもちゃによるジェンダー再生産
ルポライター  山村基穀

 子どもたちが一番最初に手に取る「性差」あるものは、おもちゃなのかもしれない。山村氏は、色とりどりのアイテムがぎっしり並んだ玩具売り場から、玩具の作り手が持っているであろう男子・女子を分け隔てる意識への追求を始める。

 実際には「お人形=女の子」「ロボット=男の子」というように、アイテムそのものによる性差があり、「女の子は実用的な玩具、男の子は憧れを具現化した玩具とも言えるかもしれない。女の子のほうが早い時期にハードからソフトへと関心が移っている。だから男子用よりも女子用のほうがアイテムが多様」と氏は分析する。色や形状については、男の子は寒色系で堅く直線的なものを、女の子は暖色系(特に最近は「淡い色」)で柔らかく曲線的なもの嗜好する。

 こうした性差は、時代による違いはあるものの、基本的には同じパターンの再生産である。最近は性差がはっきりと現れる年齢が小学校入学時ぐらいまでに低年齢化していると製作者は実感しているそうだが、氏は「パターン化された性差」が「個別の嗜好」へと移行する時期に焦点を当てる。

 「たとえば、腕時計などに対する好みは長じていくにしたがい、男女差が小さくなっていくように見えるのである。男子用として製作した腕時計が女の子の間で人気となった例もある。ただ、これを男女差の接近と考えるのは間違いだろう。というのは、この嗜好は男女で重なり合うわけではなく、女の子が好む『男子用』というものははっきりしているし、それを男の子も好むわけではないからだ。やはり厳然と差異は存在している」「小学校の中学年あたりまでは、あるパターン化された性差が表れるが、そこを過ぎるとまず女の子に、そして男の子に個別の嗜好が生まれ始める。そこではまた違った組み替えが行われるようである。言わば小さな差異を積み重ねた末に、まったく違った差異が生まれるような感じである。そのグレイゾーンのような領域が少しずつ低年齢化してきている、それが現在なのかもしれない」。


絵本の中のジェンダー
鳴門教育大学教授  佐々木宏子

 「わが国の児童文学作品の中でジェンダーの観点から話題になる作品には、まだ伝統的な性別役割を再転倒させたようなぎこちないものが多く」あると氏は指摘する。非婚の母、十代の父母、父親の失業、離婚など、ジェンダーの変化を背景とした外国の絵本が翻訳される際にも、「ハズバンド」を「ご主人」と訳したり、妻から夫への会話が敬語になっていたりする。このようなバイアスをつけた翻訳は、原書の持つ意味を変質させてしまい、まったくの別作品にさえなる可能性があることを氏は危惧する。「日本語が持つ女言葉や男言葉、敬語や階層の違いを表す表現の多様さなどが、改めて伝統的なジェンダーの強化としっかり結びついていることに気づかされる」。

 絵本は、人間の生き方や価値観を子どもに表現する物語であり、伝統的な性別役割が固定されたままであったり、または単純に転倒させただけでは、新しい家族や人間像は見えてこない。つまり、「性差別が問題になるということは、単にその中で女の子や男の子がステレオタイプにしか描かれていないということのみが問題ではなく、そもそもそこで表現されようとしている物語世界の全体が、ステレオタイプになっていることの反映として受け止めるべきであろう」。

 氏の取り組む「子どもの心を理解するための絵本データベース」(鳴門大学付属図書館)では、「生活と自立」「自我・自己形成」「友人・遊び」「子どもの心」「家族」「性格」という大主題から、さらに280の主題が選定されており、主人公の性別に検索できるシステムを設けている。それによると、「自尊心を持つ」「ものごとをやりとげる」「自己主張をする」「空想遊びをする」「がまん強い」「不注意なことをする」という主題を持つ物語の主人公は、明らかに男の子のほうが多い。「子どもたちが日常生活の中でごく自然に親しんでいる絵本という文化財の中にも、男が自尊心を持ち自己を主張し、物事をやり遂げる姿がより多く描かれているわけだから、結果として多くの子どもたちは、現代社会が作り上げた性別の役割認識を、心の中に深く染み込ませてゆくことだろう」。


子ども・ことば・ジェンダー
関東学院大学助教授  中村桃子

 「女の子が『男ことば』をなぜ使うのか?」という問いに、「生物学的性別説」や「ジェンダー説」は答えてはくれなかった。中村氏はジェンダーを「性による2分法に基づいて構築された支配構造」ととらえるジェンダーシステム説を用いて、この現象を読み解いていく。

 まず子どもは「女が使うことば・男が使うことば」を区別し、「『男ことば=標準で論理的(肯定的評価)』『女ことば=非論理的でおしゃべり(否定的評価)』という価値(支配構造)を与える。ところが、同じ「女が使う言葉」でも、「女ことば」という言語規範ではプラスの価値を与えられているために、女はどんな話し方をしてもマイナスになる、ダブルバインド状態なのである。「このような状況の中で『女が使う男ことば』という形がプラスの価値を持った話し方として模索されたのではないだろうか。女の子は『女ことば』を学ぶことによって女の子になり、『女ことば』を使うことによって女としてのアイデンティーを表現しているのではない。むしろ、女というジェンダーを背負ったまま『女ことば』を破ることでジェンダーしているのである」。つまり、「ジェンダーはコミュニケーションそのもの」だと氏は言う。

 一方、女の子たちのこうした創造的行為は、男支配のジェンダーシステムの中では正当な言語変化として認められにくいが、子どもの言語状況における新しい意味を作り出した点を氏は評価する。「女の子の使う『男ことば』を女の子グループの一員としてのグループアイデンティティー表出方法にしてしまった」「子どもが『女ことば』を使わないことで、『女ことば』という概念を年長者に結びつけてしまった」「女の子たちは『男ことば』を子どもの標準語にしてしまった」。


家族におけるジェンダー形成
東北学院大学教養学部助教授  片瀬一男

 親が子どもを社会化する際に重視する価値観は、子どものジェンダー形成に大きく影響し、それらは親の職業や子どもの年齢・性別と関係があると、片瀬氏は分析する。

 たとえば「成功」「責任」といった「自律的な」行動様式は男の子に、「礼儀」「清潔」「配慮」といった「同調的な」行動様式は女の子に期待されるという結果を氏は得ている。これ自体は従来の研究結果にも見られるところであるが、氏はこれらの社会的性差と子どもの年齢の関係に踏み込んでいく。「社会的価値の性差は中間の小学生段階ではあまり見られず、未就学時か中学・高校段階もしくはその双方に見られることになる。つまり、社会的価値についても、小学生段階は、いわば『潜伏期』にあたると言えよう。また、全体をとおして、男子においては年齢による社会的価値の変動が小さいのに対して、女子の場合、年齢によって社会価値のあり方が変化する傾向が見られ、そのことが性差を生じさせるケースが多い」。

 さらに、マニュアル(労務)職・農業に従事する父親において、子どもが高学年のときより低学年のときに求める価値に性差が生じるのは、伝統的価値の影響だと分析する。つまり、日本の場合、伝統主義的価値観はマニュアル職や農業といった、前近代的な職業セクターに顕著に見られ、そうした親は子どもに早くからそのようにしつけていくのだが、子どもは近代的セクターと言われる学校教育の影響を受けつつ、次第にバランスを取っていく。一方、専門職・管理職の父親において、子どもが低学年のときより高学年のときにおいて求める価値に性差が表れる理由は、「子どもの学年が進行し、教育達成(進学)や職業達成(就職)が現実的な問題になるにつれ、産業社会に組み込まれた性別役割分業の現実について、専門職や管理職といったセクターにある父親の方が敏感であるとするならば、子どもの成長にともなって、社会化価値においても性差が拡大すると想像することができる」。


チャーター効果と進路形成
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科助手  中西祐子

 同じ学力を持つ2人の女子生徒がいるとする。両者は自分の進路を選ぶ際、どのような選択基準を適用するのだろう? 中村氏は、進路決定の場面で登場する各学校の「スクールカラー」「校風」は、明かに社会的役割の差を反映しており、教育「過程」に潜む属性主義の現れだと指摘する。

 それが最も顕著に見られるのは、受験案内雑誌などに表現されている「教育方針」である。「『良き家庭人』『良き母』といった旧来の良妻賢母を特徴とする学校は、『性に応じて異なる社会的役割への準備』を重視する度合いが高い学校であり、反対に『良き社会人』『社会で一人前に働ける人』といった、いわゆるキャリア女性の養成を特徴とする学校は、その度合いが低いと言える」。そして各学校に通う生徒の将来の進路展望の差異は、スクールカラーの差異と一致するという結果も出ている。

 こうした差異の一致を生じさせているメカニズムを、氏は「チャーター」という概念で説明する。「チャーターとは、各学校が持つある属性を備えた人間を作り出してもよいという社会から承認された『免許』のこと」であり、「教師が教育内容や授業のレベル、進度を決定する際」「生徒自身が卒業後の進路や将来の役割を内面化する際」の両方の過程において、チャーターに基づく社会化・配分過程がなされているわけだ。

 現在の日本社会は、チャーター効果が驚くほど効率的に現れる土壌を持っており、学校内部には程度の差はあっても「性に応じて異なる社会的役割への準備」のための教育が密かに行われていることを氏は指摘する。学校は「性役割の社会化エージェント」の一つであり、チャーター効果は女子と男子の進路の方向を違わせる一要因である、と。

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