●HOME●
●季刊子ども学へ戻る●
●バックナンバーへ戻る●
●目次へ戻る●



二つの文化を行き来する〈わたし〉

長友エリック隼人(公立中学校三年生・14歳)×
黒崎 祥(公立中学校二年生・14歳)×
趙 君鎬(インターナショナルスクール八年生・13歳)
(司会)あわやのぶこ


はじめに
あわや:  きょうはお集まりいただいてありがとうございます。みんなはそれぞれ一つの国の中の一つの文化だけで暮らしているというわけではないので、いろいろと困ることや疑問に思うこと、逆におもしろいこともあると思います。きょうはみんなが日常生活の中で考えていることをざっくばらんに聞かせてもらいたいなあと思っています。
 最初は、それぞれの紹介もかねてお話を聞いていきたいと思います。まず、日本に来てからいちばん日が浅いのは君鎬くんですよね。
 君鎬:  そうですね。僕の父親は外交官の仕事をしているので、ちょっと複雑なんです。僕が生まれたのは日本ですが、生まれて二か月ぐらいで韓国に帰りました。その後、幼稚園に入る少し前にアメリカのシカゴに行って三年間過ごし、それからまた韓国に帰って来て四年暮らしました。その後中国に二年いて、そしてまた日本に来たというわけです。
あわや:  すごい。日本、韓国、アメリカ、韓国、中国、そしてまた日本!
日本に来てからは何年になるの?
君鎬:  二年半かな。
あわや:  こっちへ来てすぐインターナショナルスクールに入ったの?
君鎬:  じゃなくて、まずは韓国の小学校に六年生の一学期間だけ通って、二学期からインターナショナルスクールに入ったんです。
あわや:  エリックくんはお父さまが日本人でお母さまがアメリカ人だそうですが……。
エリック:
(以下エリ)
 はい。でも生まれたのも育ったのも日本です。学校も公立の中学校に通ってます。
あわや:  アメリカに行くことはよくあるの?
エリ:  夏休みなんかはよく行きますね。
あわや:  祥さんは逆にアメリカからの帰国生ですよね。向こうへ行ったのは何歳くらい?
祥:  幼稚園の頃かな。それで小学校五年生のときに日本に戻って来て、今は公立の中学校に通ってます。


言葉という文化の壁
  あわや:  祥さんは日本に戻って来たとき、何がいちばん困った?
祥:  言葉かな。日本語をあんまりしゃべれなかったから、難しい言葉を言われたらどういう意味か分からなかったんですよ。
あわや:  そういうときは聞き返していたの?

長友エリック隼人くん
祥:  聞き返すときも聞き返さないときもあったかな。ずっと聞いているとだいたい意味が分かってくるから、そのときは「ああ、こういう意味か」と思っていたんです。「どういう意味?」って聞いたりすると、友達に「えっ、知らないの!?」って言われちゃって……。それに友達と何をしゃべっていいのかが分からないということもあった。日本語がちょっと変だったから、からかわれたこともあったし……。
あわや:  今は英語をしゃべることはあまりなくなった?
祥:  うん。しゃべる機会がないから。友達にも帰国子女だと思ってほしくないから、あんまりしゃべってません。
あわや:  家でも英語は使わないの?
祥:  もうあんまりないですね。お姉ちゃんとはアメリカでは英語でしゃべってたんですよ。だけど今は英語でしゃべるとお姉ちゃんがちょっと恥ずかしいと言って、日本語でしゃべってくるから日本語になっちゃった。
あわや:  君鎬くんはどうですか?すぐに日本に適応できた?
君鎬:  日本は韓国と同じところがたくさんあるので何か通じるんです。ただ、インターナショナルスクールの場合にちょっと違うのは、日本の文化とほかの国の文化とが一緒に交じっているところです。その両方に慣れなきゃいけないから、それが難しかったです。
あわや:  具体的にはどういうこと?
君鎬:  最初は英語も日本語もそんなにうまくはなかったので、例えばアメリカ人の友達と話すときは英語で、日本人の友達だったら日本語にしてというふうに、いつも切り替えなきゃならなかったので、それに慣れるまで難しかった。外国人の子どもはたくさんいたのに、僕が「学校の中の外国人」だと思われたり……。
あわや:  家ではどの言葉でしゃべっているの?
君鎬:  お父さんとお母さんとは、ほとんど韓国語ですね。お母さんとはときどき日本語でしゃべることもありますけど、妹とはなぜか分からないけど英語でよくしゃべります。妹は韓国語より英語がちょっと下手ですから、英語でしゃべっていて難しい言葉を使って分からなくなったら今度は韓国語にして、また英語に戻して、というふうに……。
あわや:  コミュニケーションに時間がかかるわけね(笑)。そういう言葉のスイッチはうまく切り替わる?
君鎬:  ときどきうまくいかないときもありますね。例えば「卵」と言いたいときに、韓国語で「卵」を何と言うか知らなかったら、いきなり日本語で「卵」と言っちゃうんです。
あわや:  なるほど。その単語を知っている言語で言うわけね。それで結局全体的にはミックスになる。
君鎬:  そうですね。でも、けんかするときは、英語がいちばん多い。英語にはけんか言葉がたくさんあるので……。
あわや:  親子げんかも英語で?
君鎬:  親子げんかはあんまりしないです。僕が一方的にやられるんで(笑)。まあお母さんは叱るときいつも韓国語です。例えば点数があんまり低かったときとか、妹と大げんかをしたときとか(笑)。
あわや:  エリックくんはずっと日本で暮らしているから言葉のギャップは感じない?
エリ:  うーん……。僕は母親がアメリカ人だけど、あんまり英語が得意じゃないんですよ。なのに学校の英語のスピーチコンテストに出ろ出ろと言われて困るんです(笑)。
あわや:  何回か出たの?
エリ:  一回だけですけど。「俺はいやだ」と言ったんだけど結局出なきゃいけなくなった。
エリ:  あと、この前修学旅行に行ったんですよ。そのときに周りにほかの外国人の客がいるじゃないですか。そしたら先生が僕に「英語でしゃべってこい」って。全然知らない人なのに、いきなり話してこいって言うのはちょっと……。
趙 君鎬くん
祥:  私も、近くを外国人が通ると「しゃべってよ」って友達から言われる(笑)。


はっきり言えない日本人の友達づきあい
  あわや:  言葉の問題は大きいことだけど、学校の友達関係もずいぶん違うと思った?
祥:  はい。最初は結構たいへんでした。だいたいアメリカでは遠慮しないんですよ。はっきり言うっていうか。例えば何かほしいと思ったら「ちょうだい」って友達に言うんですよ。相手もドバッと言うから、こっちもドバッと言ってやるみたいな、そういう関係だから、かえってさっぱりしてるんですよ。日本でそれをやると白い目で見られる。
あわや:  アメリカでは結構はっきり言うのね。
祥:  はい。私は日本に帰って来てからも結構言っちゃうからみんなから「きついね」って言われてしまう。それと、私は帰国生のことを紹介したテレビのドキュメンタリー番組に出たことがあるんですけど、その後に先輩からすごい悪口みたいな手紙を送られたことがあります。「アメリカに帰れ」とか「先輩をなめてんじゃないぞ」とか書いてあったけど、別に全然なめてなんかないんですよ(笑)。先輩とはしゃべったこともないし、先輩のいるところには行ってないし……。
黒崎 祥さん
あわや:  よく言えば仲間意識が強くて、悪く言えばつるんでコソコソやるという感じ?
祥:  そう。小学校ではちょっと嫌な人がいるとグループから外したり、無視したりすることが多くて、私も仲間外れにされることもあった。中学ではそういうのはないんですけど、陰でコソコソ言うんですよね。みんなはっきり言えない。
あわや:  君鎬くんの通うインターナショナルスクールでは友達同士ではっきり言える雰囲気はあるの?
君鎬:  わりとそうなってますね。でもグループがあって、新しく入った人は半年くらいかかってやっと仲間に入るんです。陰ではやっぱり祥さんが言ったように、何かコソコソというのはちょっとあります。
あわや:  インターナショナルスクールだったら、国も宗教も違ういろんな子どもたちが集まっているでしょ。ある程度同じ文化圏の子ども同士が友達になることが多いの?
君鎬:  それがちょっと問題だと思いますけど、例えば日本語がよくしゃべれるクラスの人たちのグループと、日本語をしゃべれない西洋圏の人たちのグループでがあるんですけど、お互い一緒に交流することがあまりできないんです。
あわや:  君鎬くんはどのグループに入るの?
君鎬:  僕はですね……ちょっと分からない(笑)。僕の場合、両方のグループと関係があるのでお互いがそれぞれよく見えるんですね。
あわや:  でも、そういうグループとはあまり関係ない個人主義者たちもいるんでしょ?
君鎬:  ええ。個人主義者はみんな「ローナー」(寂しい人びと)と呼ばれてます(笑)。あんまりいませんけど。
あわや:  君鎬くんはどういう友達と仲がいいの?
君鎬:  日本のインターナショナルスクールには韓国人が僕一人しかいないんです。だから最初は難しかったんですね。動物園の動物みたいに見られて……。気が合うのはやっぱり東洋系の人ですね。
あわや:  それはどうして?
君鎬:  気持ちが通じ合うと言うか、近いんです。考え方、思考方式がちょっと同じだと思いますけど、なぜそうかは僕も知りません。みんな黒い目で黒い髪だからなのかもしれませんけど(笑)。
あわや:  エリックくんは?
エリ:  僕は前は東京に住んでいたんだけど、途中で千葉に引っ越したんです。東京にいたときは幼稚園からの友達がいて、普通の日本人の友達関係みたいだったけど、千葉に行ったらみんなから「外人」だって言われたことがある。たぶん名前のせいだと思いますけど。
あわや:  そのときはどうしたの?
エリ:  ほっといたんです。そのうち黙るだろうと思って(笑)。その後は普通です。


学校文化への違和感と適応
  あわや:  祥さんは、日本の学校とアメリカの学校の違いを感じたことはありましたか?授業なんかで……。
祥:  うーん。よく分からないけど、向こうでは勉強はあまりしなかったと言うか……。こっちへ来て、日本の数学とかはすごい難しかったんですよ。アメリカの学校では数学が得意だったんですけど、日本では得意じゃなくなった。
エリ:  たまに英語の先生が何を言ってるか分からないときがある。ちょっとひどすぎて(笑)。発音がよくないって言うか。
祥:  そうそう。それを日本語に訳せと言われても、「分かりません」って答えるしかないんです(笑)。あと、日本の学校はうるさいとすぐ先生が「うるさい」って言うじゃないですか。アメリカでは「うるさい」って言われない。日本だと授業中におしゃべりじゃない発言ってほとんどしないから。
あわや:  アメリカではどういうことで先生に怒られたりしてた?
祥:  怒られることはほとんどなかったんですけど、教室の中で走ったらいけなかったんですね。あとは授業に遅れちゃいけないことくらいしかなかった。
エリ:  僕は一回アメリカの学校に見学に行ったことがあるんだけど、そのときはかなり違うなあと……。何か、一人ひとりがバラバラでみんな適当に過ごしているという感じだった。それと、僕は部活でバスケをやってるんだけど、日本のほうが真剣と言うか、まじめと言うか、ちょっとでもミスるとすぐ怒られる。勝ち負けにこだわりすぎじゃないかな。
あわや:  アメリカではどんな感じなの?
エリ:  まだ自由と言うかね……。やっぱり日本の中学校は規則が多いです。今行ってる学校は制服がなくて、規則はないとか言ってるんですけど、髪を伸ばしたりすると切れってうるさいんですよ。規則がないと言いながら文句を言ってる。
君鎬:  僕の学校には髪を染めてる人もピアスの人もたくさんいる。規則はほとんどなくて、あるとしてもシャツに悪い言葉を書かないとか、悪い言葉を言わないとか。それでたぶん結構だと思います。
祥:  うちも規則が多いです。制服もあるし、髪のゴムの色も決めなきゃいけないし、シャツを出したらいけないとか、名札はちゃんと入れなさいとか。外国ではもうみんなピアスをしてるのに、「日本ではピアスをしたら不良だと思われる」って言われて、「え、そうなんですか!?」って(笑)。何で不良なんだろうって思って。
あわや:  そういうことを学校が管理することはどう思う?
エリ:  そんなことを言う権利はないと思う。それは勉強とは全然関係ないんだから、授業のときにちゃんとやればいいと思う。
祥:  決めること自体が分からない……。
あわや:  祥さんとエリックくんは日本の学校に行ってるけども、君鎬くんはどうですか?インターナショナルスクールでおもしろいなあと思う点は?
君鎬:  おもしろいところは……例えば韓国の学校はみんな韓国人で、一クラスに六十人くらいいて、一学年十クラスもあるんです。だから同じ学年でもまだ知らない人がたくさんいます。だけど、インターは一つのクラスが十人ちょっとで、一学年二クラスですから、みんなよく知ってて、先生と生徒、生徒同士の関係がもっと近いと思います。ファミリー・ライク・アトモスフェアだと思います。
あわや:  家族的な雰囲気ということね。そこでは先生ってどんな存在?
君鎬:  見守って、ときどき昔の楽しい話をしてくれて――ちょっと友達に近いですね。
あわや:  韓国では受験勉強がすごく大変で、塾もはやっていると聞くけど?
君鎬:  そうですね。僕の韓国人の友達によると、みんな「今、(勉強で)死にそうだ」と言うんです(笑)。問題集も一つの科目につき三つくらいしていて、塾にも行ってるから、僕も韓国に帰ったら苦労するだろうと覚悟はしてますけど……。でも、今までは韓国の生徒の目標は大学で、みんな勉強だけしようとしていたんですけど、今はアメリカのように、ほかのこと――例えば友達と遊ぶとか、ローナー(寂しい人)ではないとか、そういうものも見て大学に入れますから、もう勉強だけのガリ勉だけだったらダメです(笑)。


〈自分〉というアイデンティティを探して
  あわや:  エリックくんは日本生まれで日本育ちだけれども、お母さまはアメリカ人ですよね。自分の中ではその二つの文化というのはどういうふうに感じていますか?
エリ:  よく分かんないけど、二つとも普通です。日本にいるときには日本人みたいにして、アメリカに行ったときにはアメリカ人みたいにしてる。英語でしゃべるのは得意じゃないけど、アメリカに行って三日くらいすると何となく思い出してくるというか……。
あわや:  そうすると、自分はアメリカの文化と日本の文化――アメリカ人と日本人、二つを同じぐらい持っているという感じがする?
エリ:  うん。どちらも慣れた。
あわや:  その二つは衝突しない?
エリ:  しませんね。逆に、二つ持ってて得したなって思うことがあるんです。日本からアメリカに行くじゃないですか。そしたら、アメリカの空港ではアメリカ人として、外国人用じゃない混んでない方から行ける(笑)。日本に帰って来るときには、今度は日本人として、すいてる方から行けるんです。そういうときにすぐ行けるからいいんですよ(笑)。
あわや:  君鎬くんはどうですか?
君鎬:  ちょっと違う話かもしれませんけど、学校の歴史の授業で第二次世界大戦のことをやったとき、友達が「おまえ、日本に恨みがあるんだろう」ってふざけて言うんです(笑)。僕が読んだ歴史の本はみんな韓国語で、そこではすべて日本が悪いんだとは書いていないんですけど、確かによくは書いてない感じがします。でも、僕はただ日本が悪いと言うのはちょっとダメだと思います。
あわや:  韓国にいたときと日本にいるときでは自分の考えは違う?
君鎬:  違いますね。でも韓国より日本はもっと開発されてますから、昔のことは別として、日本の良いところをもっと習ったほうがいいと思います。
あわや:  祥さんは?自分の気持ちをいちばんアイデンティファイできるのは、アメリカ人の友達なんかと英語で話すとき?
祥:  はい。ズバッと言うからその方がよかったんです。でも今はアメリカ人の友達は周りにいないし、文通もほとんどしてないんです。でも、お姉ちゃんの行っている学校では帰国子女が多くて、結構明るいと言うか、みんなも結構しゃべって楽しい学校だって聞いてます。うちの学校はもう普通と言うか、みんなしらけてる感じだから……。
あわや:  お姉さんのほうが日本になじみやすい性格だったかもしれないというように、個人の性格による差もあると思う?
祥:  そうですね……適応についてはだいたい同じだとは思うけど、私はお姉ちゃんとは性格が全然違うんですよ。あの人は本を読んだりするのが好きだけど、私は遊ぶほうが好きなので……。
あわや:  君鎬くんは外国に長い間暮らしていて、今は日本にいて、学校では韓国人が一人だけでしょう。一種のアイデンティティ・クライシスみたいなものはある?
君鎬:  まあ、少しある――と言うか、あまりないんじゃないですか。ただ、ほかに韓国人は一人もいないので、ほかの国の人から見れば、ちょっとおかしい奴だと思われるかもしれない。でもやっぱり僕の学校はインターナショナルで、ほかの多くの国から来ていますから、そういうアイデンティティ・クライシスは早く治まるんです。
あわや:  祥さんとエリックくんは、将来留学などで、アメリカの学校に行ってみたいと思う?
エリ:  うん。受験は日本の高校を受けるつもりだけど、その後行ってみようかなあと。
祥:  アメリカに留学したい。小さいときからほとんどアメリカだから、アメリカ的な性格がついちゃったんで、あっちのほうがいいんじゃないかと思う。
エリ:  僕はアメリカでもいつも同じような場所しか行ってないからよく分からないけど、アメリカのほうが住みやすそう。お父さんとお母さんも同じようなこと言ってる。お母さんなんて、「何で私、日本に来たんだろう」って(笑)。
あわや:  君鎬くんはどう?
君鎬:  僕はいつも友達に「おまえは典型的な韓国人だ」と言われています。僕も韓国で韓国人らしく暮らしても大丈夫だと思います。
あわや:  「韓国人らしく」って?
君鎬:  それはちょっと僕も知らないんですけど……いい仕事して、いい奥さんと結婚して、いい子ども作って、歳とって死ぬ、そういう感じ(笑)。
あわや:  でも、今まできみはいろんなところに行ったり、いろんな言葉をしゃべってきたでしょう。そういう経験を活かして韓国の中だけではなく世界で活躍したいとかいう希望はあるの?
君鎬:  そうですね。お父さんの跡を継いで外交官になりたいです。今韓国は不景気で、クビになるのもイヤだし……。父のやっていることをそばで見てよく分かるし、やりがいもあるので、やっぱり外交官になりたい(笑)。
あわや:  なるほどなるほど(笑)。もしかしたら数年後は全然違う国に住んでいるかもしれないものね。
君鎬:  でも、僕はどこに行っても、韓国人のような受験勉強をしなきゃならないんです。
あわや:  でも、韓国の大学に入るとは限らないでしょう。もしかしたらヨーロッパやアメリカの大学に行く可能性もあるんじゃない?
君鎬:  可能性としてはあるんですけど、ちょっとそういう「運命」があるんです(笑)。外交官の試験に通るためには自分の国の大学で勉強した方が有利なんです。
編集部:  今、日本では子どもたちに対して国際人になれという教育を、文部省をはじめとして一所懸命やろうとしているわけなんですよね。みんなは現実にそれを聞いたり見たりしていて、前よりは開かれてきたなあという感じがしますか?
エリ:  そうなって来ていると思いますよ。たぶん。僕の周りにも外国人とか外国に住んだ経験のある人とか、そういう友人が結構集まってきているし。
編集部:  そういう流れの中で、自分はどういう存在になれると思う?
エリ:  えーと……(?)。
編集部:  祥さんは、自分の外国経験を何かに活かせると思う?
祥:  はい。まるっきり何をしたらいいのかよく分からないですけど。
あわや:  受験は日本の高校を受けるつもり?
祥:  はい。ちょっと勉強が追いつかないんですけど……。
あわや:  祥さんは君鎬くんの話を聞いて、インターナショナルスクールに行ってみたいと思ったんじゃない?
祥:  ふふふ………。
あわや:  エリックくんも、とりあえずは日本の高校を受験すると。
エリ:  はい。
あわや:  君鎬くんは「運命」があるから、どこに行っても韓国の大学を受けなきゃいけないんだよね(笑)。
君鎬:  まあ、そうなっているということですね(笑)。
あわや:  なかなか子どもも苦労があって、クロスカルチャーを意識して暮らすことも難しいですね。でも、二つの国や文化について、言われれば何か思い当たることもあるし、体験や記憶もあるわけだから、これからそれが何かに役立つことが必ずあると思います。  きょうは三人ともほんとうにありがとうございました。

(ながとも・エリック・はやと)
(くろさき・さち)
(ちょう・くんほう)
(あわや・のぶこ 異文化ジャーナリスト)

Copyright (c) 1996-, Child Research Net, All rights reserved