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シリーズ
授業を創る(5)

学校で学ぶことで
何が「転移」するのか?


 子どもたちは学ぶ意味(意義)を感じられない状況の中で、「なぜ勉強するのか?」と大人たちに問いかけます。その時、「将来役に立つから」「今はわからなくても、そのうちわかる時が来る」と答えることが多いのではないのでしょうか。でも、将来役に立った、あとになってわかったという経験をした人は、そう多くはないはずです。知への空虚感が、思春期を迎えた生徒たちを学びへの無感動、ニヒリズムや刹那的享楽へと駆り立てています。「意味ある学び」や「切実感のあるアクチュアルな学び」が叫ばれるゆえんです。

 「ある場所で学んだ知識を別のところでも使うことができること」を、学習心理学では(学習の)「転移」と呼んできました。では実際に、学習は「転移」するのでしょうか。学校での学習はなんらかの意味で役に立ち、生徒が市民として、職業人として生活していけるために必要な力、生きる力を与えることになるのでしょうか。

 丸暗記して目前の試験はなんとかクリアしたものの、それを過ぎるとすっかり忘れてしまう「知識の剥落現象」を経験した人もいらっしゃるでしょう。またせっかく教えても、応用問題になると解けない、実際の生活の中では使えない、という経験もあると思います。反対に、覚えていなくてもいいようなことが記憶に残っていたり、知っていることを使って類推できたという経験もお持ちでしょう。

 心理学のさまざまな研究を通して、「転移」に関してわかってきていることは、車の運転や、字を見たら意味がすぐわかる、あるいは英単語を見るとすぐ読み取れるといったように、日々繰り返し生活のなかで用い、特別の注意を要することなく自動的に行う技能は、反復練習することで転移可能ということです。

 一方で、高度な問題解決の知識や解法を、同じ知識や解法を使うこと(=転移)で解けると思って提示するとします。しかし文脈や領域が違えば、学習者が自発的にその知識を適用するのは難しいのです。「転移」は期待したほどには起こらないということです。つまり、生徒が一つの解き方を教わり覚えていても、大人が使ってほしいと期待する別の課題解決の状況下で、うまく使ってくれるとは期待できないということなのです。

 ボーラーという研究者がイギリスで行った研究に、以下のようなものがあります。同じ数学の単元を、「教科書を軸に説明し、問題を解く」方法で教える中学校と、「現実の問題解決のための道具として、公式やルールを学ぶ」中学校とで比較したのです。結果は、前者の中学校の生徒たちは数学の知識を学校外の問題とは無関連のことと考えたのに対し、後者の生徒は新たな問題が与えられると、学校外でも推理して関係づけることができたということです。

 つまり、教師の側では同じ数学の内容を教えるつもりであっても、“数学という実践”に参加させる方法によって、獲得されるものが違うということです。テスト、受験などの場面で独力で適用できるようになることを求めることやそのための学習と、さまざまな道具や人の支援を得ることのできる環境で学んだことを使えるよう求めていく学習は、実は違うことなのです。

 学習で「転移」するものは、知識と解き方だけではありません。むしろ「何を使い、だれにどのようにきけばわかるのか」というわかるための手掛かり、つまり、理解や解釈を導くために、環境に埋め込まれた手掛かりを学ぶことが重要であり、それこそが「転移」できるものではないかと指摘されています。

 内容によって尋ねる人を自ら判断すること、信頼できる情報源がわかることなどは、「総合的な学習の時間」だけでなく教科の中でも経験させたいことです。

 学校でも、人や道具のさまざまな支援を豊かに得ることのできる学習環境を準備することが、学校外でも使える学びを生み出すことになるのではないでしょうか。「生きる力を育む」ためには、どの教科の学習でも、生徒がその内容に参加するのにどのような準備をするかを、改めて考えていくことが必要だと考えられます。

【あきた・きよみ】1957年大阪府生まれ。立教大学文学部教授を経て現職に。専門は学校心理学・発達心理学。教師教育についても深く研究している。著書は『日本の教師文化』(東京大学出版会、共著)、『教室という場所』(国土社、共著)など。



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株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第256号 2000年(平成12年)9月1日 掲載




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