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シリーズ
授業を創る(6)

「いのち」を学ぶ授業と
「ケア」

 「心の教育」が唱えられるようになりました。それにともない、兵庫県の「トライやる・ウィーク」をはじめとする取り組みが各地で行われています。お年寄りや障害者の方の施設、保育園や幼稚園を訪れる体験学習、「生と死」「生と性」「平和」を主題にした授業が「総合的な学習の時間」などを用いて行われるようになっています。

 同年代の集団で形成されている学校の場。そこで長時間を過ごす生徒たちには、手応えをもって実感する経験は少なくなりました。だからこそ、「いのち」について考える授業は、ますます求められるでしょう。子どもを亡くした方に話を聴きに行くことで、死というものと同時に、残された者は、「どのように生きていくのか」を問われることを学びます。遊びを通して幼児とかかわることで、教室では居場所のない思いをしている子どもが癒され、自分の居場所を見いだしていくこともあります。

 もちろん、生物や国語、保健体育などで、これまでも「いのち」を主題にする学習は数多くありました。しかしそこでは、さまざまな植物や動物、生物の属性を、言語を通して学ぶことが多くなります。つまり「対象知」として学び、対象となる生き物の存在自体を問うたり、体によるかかわりを通して、そのものと関係を持ったりすることは少なかったのです。しかしそこから得るのが、今必要とされる「実存知」です。

 例えば、コソボで数多くの人が亡くなっていることを、マスメディアはリアルに報道します。しかし、多くの中学生は、そこから傷ついた相手にすぐに思いをはせることができません。ほとんどがバーチャルな感覚でその映像を観ているのです。時には、リセットによって何度でもやり直せるという感覚を持つかもしれないし、また、時には「はるか遠くのこと」という感覚で観ているかもしれません。

 そのような状況のなかで、中等教育に必要なのは、「近くで親しい関係を取り結ぶ」学びなのです。抽象化しないその知のあり方を、今までは一段低いものとしてとらえる傾向はなかったでしょうか。

 「いのち」や「ケア」についての内容は、道徳で扱うものと考える先生もいらっしゃるでしょう。あるいは「学校ではなく、家庭で学ぶことであり、また中学校ではなく小学校や幼稚園で学べばよい」という意見もあります。「いのち」を扱う授業を収めたビデオや文献に目を通し、議論する機会が大学でもありました。特に学校で「ケア」や「死」をどのように取り上げていくのかをめぐって、学生たちは大いに意見を戦わせました。授業で取り上げることに大きな意味を見いだす学生もいましたが、「いのちや死については日常生活のなかで個々人が出会うものであり、少なくとも学校の授業というかたちにはなじまない。そこまで学校が面倒をみるようになったら終わりだ」という意見もありました。

 しかし今、家庭でも、核家族化や世帯構成人数の小規模化にともない、「いのち」に関する経験が減少してきています。活動範囲や活動量も増え、内面に目が向く思春期。光と同時に陰の衝動部分を持ちながら生きる中学生という時代だからこそ、改めて「いのち」について考えることが求められるのではないでしょうか。また、「いのち」の授業は、教師一人ひとりの生き方が問われる授業でもあります。

 アメリカの教育哲学者、ネル・ノディングスは、「ケア」を軸にしたカリキュラムによる学校づくりについて述べています。自分自身を大事に「ケア」し、親密な他者、遠方に住む他者への「ケア」、動植物や地球への「ケア」、人間がつくった世界への「ケア」、さまざまな観念への「ケア」という「ケアの連鎖構造」を考え、教科にとどまらない「ケア」を軸にしたカリキュラムや授業づくりを主張しています。

 午前中は教科の授業を行い、午後は「ケア」に基づいたカリキュラムによって、総合的に多様な内容を学ぶことが望まれています。同じ先生が3年間持ち上がり、探究的に学んでいくことにより、教師―生徒間にも「ケア」し「ケア」される関係ができると考えているのです。

 なんらかの問題が生じてから、その場限りの対処をするのではなく、授業のなかに「ケア」されることで「ケア」を学んでいく関係をつくっていくことが、必要なのではないでしょうか。

【あきた・きよみ】1957年大阪府生まれ。立教大学文学部教授を経て現職に。専門は学校心理学・発達心理学。教師教育についても深く研究している。著書は『日本の教師文化』(東京大学出版会、共著)、『教室という場所』(国土社、共著)など。



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株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第257号 2000年(平成12年)10月1日 掲載




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