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シリーズ
授業を創る(9)

学級の雰囲気と
教室コミュニケーション

 さまざまな教室にうかがい、しばらく身を置かせてもらっていると、外からの訪問者である私たちにも、そのクラスの雰囲気を感じることができます。居心地のよさや活気が伝わってくることがありますし、また、がらんとした教室の前を通ると、机やいすの並び方から、そのクラスの生徒の「身の置き方」を感じることもあります。まとまりのあるクラスもあれば、グループに明確に分かれているクラス、雑然としたクラス、緊張感が強いクラスもあれば、ゆったりしたクラスもあります。この、教室が醸し出すさまざまな雰囲気が、生徒たちのメンタルヘルス、つまり精神の健康状態に影響を与えることが、調査によってわかってきているのです。

 もちろん、同じクラスでも教科担当者や内容・活動、また試験が近いかどうかなどによって、雰囲気は変化しますし、個々の生徒によってストレスの感じ方に違いがあるのは当然です。けれども、全般的にクラスとして生徒たちのストレスが高いクラスと、低いクラスがあるのは事実です。だから、先生方も、思春期の揺れ動く心理のなかで生徒たちが落ち着きを持てる関係が成立しているクラスや、自己肯定感を発揮できるクラスづくりを、日々、考えていることでしょう。

 この学級の雰囲気にはどのような要因が影響しているのでしょうか。1つには物理的な要因です。もともと教室は、黒板、机にいす、白いカーテンなど人工的なものから成り立つ殺風景な均質空間です。しかし、植物や、教師や生徒が教室外から持ち込んだもの、メッセージや生徒たちの学習の成果が貼られることで、各学級らしさがつくられていきます。ほっとひと息つける場と、作業や学習に個々が取り組みやすい場、協働できる場などが、その活動に応じてデザインされつくられるのか、固定されたままかなども影響しています。

 しかし、それ以上に雰囲気に影響を与えるのが、コミュニケーションであり、教師のリーダーシップ、評価や先導のあり方だといわれています。一斉授業でもグループでの活動でも、授業の多くが相互のコミュニケーションのなかで成り立っているのは言うまでもありません。そこで、「教師によって学習の目標がどのように語られていくのか」、「教師と生徒が何を語るのか」また、「発言に対し何がどのように認められるのか」ということが、生徒同士の学びの関係をつくり出していくといえるでしょう。

 「ある一定の成果を達成することに目標を置くのか」「成長・変化していくことに目標を置くのか」、また、「それにともなって評価が競争につながっていくのか」「共生協働につながっていくのか」、そして「だれの評価が正当なものととらえられるか」などが雰囲気を規定します。それは日々の小さな会話の網の目の中に編み込まれ、織りなされていきます。

 教室では一般に、科学や社会、数学などの、ある「教科の学問内容について語る」と同時に、「その教科を語ることを語る」ことが行われます。つまり、「科学で明らかにされた内容について学ぶ」ことと、その内容について、どのように語っていくと本物の科学者のように科学することができるのかという「科学の語り方について学ぶ」という両面です。

 前者の内容だけを重視すると「知識の伝達」であり、教師と生徒の間、できる生徒とできない生徒の間には非対称の権力関係が生まれます。そこでは教師が主たる評価者です。それに対し、後者では数学者が数学を探究し、文学者が文学を研究するように、多様な探究者同士が話し合って互いに吟味し、取り込み合う関係がつくられます。この取り込み、「占有(アプロプリエーション)」という考え方が、授業での学習を考えるのに大事だと考えられます。つまり、クラスのなかのだれかの発想や発言のなかの言葉を、別の生徒が取り込んで深めたり、つけ加えたりしながら皆で吟味し、評価したりしながら使っていく事態を指すのです。

 例えば、Aちゃんのおもしろい発想や言葉が、クラスのなかで互いに吟味されながら広がっていく…それは先生の言葉だけではなく、生徒同士の発想が取り込まれていくところに妙味があります。そこに「学び合う関係が意味を持つ」学級の雰囲気が生まれてきます。先生方の教室では、今、どのような「占有」がコミュニケーションを通じて起こっているのでしょうか。

【あきた・きよみ】1957年大阪府生まれ。立教大学文学部教授を経て現職に。専門は学校心理学・発達心理学。教師教育についても深く研究している。著書は『日本の教師文化』(東京大学出版会、共著)、『教室という場所』(国土社、共著)など。



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株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第261号 2001年(平成13年)2月1日 掲載



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