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岐路に立つ日本の教育(8)
スイスの教育システム

 今年は会議や調査で海外に行くことが多く、この原稿もスイスはチューリッヒのホテルで書いている。スイスには研究会議で来ているのだが、1週間前にはアメリカで1週間の会議と調査に参加し、そして来週からはブリティッシュ・カウンシルの招待でイギリスに行くことになっている。せっかくの機会なので、中等教育を中心に、教育改革の動向と青少年の問題について、資料の収集とインタビュー調査を行っている。

 そこで今回から数回にわたって、それらの国における教育の現状と改革動向について紹介し、日本の教育の在り方について考える手がかりとしよう。今回は、まずスイスについて紹介する。

 スイスの教育システムは、基本的にはドイツのそれと同型で、(1)日本やアメリカのような単線型ではなく、どの中等学校に進学したかによって、その後の進学機会が異なる分岐型であること、(2)後期中等教育がギムナジウムを中心にした全日制とアプレンティスシップ(徒弟制)を前提にした昼間定時制の2重構造になっていること、(3)若干の私立学校も存在するが、小学校から大学まで基本的には公立で、その形態は連邦全体でほぼ同じであるが、具体的には26ある州(カントン)によって微妙な違いがあること、などが特徴となっている。

 チューリッヒの場合を例に具体的に説明すると、スイスでは6歳で小学校に入学し、小学校6年、中学校3年が義務教育になっている。しかし日本とは違って中学校は、学力水準とカリキュラムによって、3年制の初級、中級、上級中学校と、6年制のギムナジウムの4つに分かれている。中学1年段階での生徒数の割合は1996年時点で、それぞれ6%、35%、49%、10%である。

 上級中学校の生徒はギムナジウムに進学することもできるが、この場合、大多数は中学2年を修了した時点で4年制のギムナジウムに進学する。上級中学校を卒業してからギムナジウムに入ることもできるが、その数は少なく、しかもたいていは、4年制ギムナジウムの1年に入ることになる。このように中等教育は複線化しているが、中学3年段階での生徒数の割合は1996年時点で、それぞれ6%、36%、40%、18%である。スイスには大学は八つあるが、ギムナジウム卒業者でなければ大学に進学することはできない。つまり、大学への切符を入手できるのは、中学3年段階でギムナジウムに在籍している18%と、上級中学卒業後にギムナジウムに進学する者を加えた約2割の生徒に限られている。

 他方、ギムナジウム以外の中学校に入学した生徒の大多数は、卒業後はアプレンティスシップ(徒弟修業)に入り、そこで毎週3日(ないし4日)働き、残りの2日(ないし1日)は職業高校(3年ないし4年)に通う。アプレンティスシップの期間は通常4年で、有給である。

 19歳前後でギムナジウムないし職業高校を卒業することになるが、男子には20歳から4か月間の兵役義務があるので、大学進学前ないし就職前に兵役に就く者が多い。ギムナジウムの生徒は卒業試験に合格しなければならず、かつ、その試験の成績によって希望の大学・学部に進学できるかどうかが左右される場合がある。大学進学率は同年齢層の約15%であるが、日本とは違って、大学は専門教育機関であり、4〜6年かけて修士号を取得する(学士号はない)。博士号はそれからさらに3年かけることになる。

 他方、職業高校の生徒は卒業後は、就職するか技術専門カレッジ(3年ないし4年)に進学する。就職する場合、業種や企業によっても異なるが、アプレンティスとして働いた企業に就職する者もいる。しかし、多くは別の企業・職場に就職するようである。なお、技術専門カレッジの就学率は同年齢層の約15%である。

 以上がスイスの教育システムの概要であるが、高学歴化が進み受験競争の激しい日本の教育状況を前提にすると、どうしてこのようなシステムが機能し得るのか、疑問に思われる読者も多いに違いない。そこで次回は、こうしたシステムを支えている仕組みと思想について考えることにする。

ふじた・ひでのり 1944年生まれ。住友銀行、名古屋大学助手・助教授、
東京大学助教授を経て現職に。専門は、教育社会学。
主な著書は、「子ども・学校・社会」(東京大学出版会)ほか。

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第223号 1997年(平成9年)11月1日 掲載



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