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シリーズ(7)
教育改革と
教育現場との距離

 ベネッセ教育研究所が昨年から今年にかけて興味深い調査結果を発表した。『学習指導基本調査報告書』という、小・中学校の教師たちの学習指導の実態や意識を調べたものである。

 私が特に関心を持ったのは、現在進行中の教育改革でいわれる実践が、どの程度実施されているかについて調べた結果である。小学校でも中学校でも、いわゆる「生きる力」の教育に結びつく授業方法が、すでに広く普及している。どのような授業を行っているかの回答をみると、「個別学習」は85.6%(小学校)と64.5%(中学校)、「児童(生徒)に課題やテーマを与えて行う調べ学習」は79.8%(小)と62.1%(中)、「学校内での体験的方法による学習」は86.2%(小)と43.3%(中)となる。

 小学校だけの調査項目だが、「どのような授業方法を心がけているか」を尋ねると「体験することを取り入れた授業」で64.3%、「自分で調べることを取り入れた授業」が45.0%であるのに対し、「教科書にそった授業」は14.0%、「教師主導の講義形式の授業」になるとわずかに0.8%の小学校教師が「心がけている」に過ぎない。なるほど小学校では、「知識伝達」型は軽視され、改革の意図する授業方法がすでに広く行われている。

 その一方で、気になるデータもある。これも小学校のみの調査だが、「数年前と比べて、近年の児童はどう変わってきているか」について、「自己中心的な児童」が増えているという回答は84.3%、「粘り強い思考力のある児童」が減ったという回答は73.0%と高い値を示す。さらに、「児童の間の学力格差」が大きくなったという回答は61.8%、また、「児童集団の学力水準」が低くなったという回答も35.0%を示す(逆に学力水準が高まったという回答は9.6%)。

 こうした新しい授業の取り組みと子どもの変化の間に、因果関係があるかどうかはわからない。自己中心的で、粘り強く考えることのできない子どもが増えたから、個性を重視し、意欲を高める体験学習・個別学習が必要なのだという見方もできる。それとは逆に、個性や意欲を重視しすぎるから、自己中心的で粘り強く考えることのできない子どもが増え、学力格差も広がったという見方もできる。そのいずれが正しいか。この調査だけからはわからない。

 それでも、これらの結果から、現場の実践と教育改革論議との行き来の問題について、考える手がかりを得ることはできる。なるほど、教育現場では改革のメッセージに沿う実践が広く行われるようになった。その意味で、改革の意図は確実に現場に届いているかに見える。ただし、それが改革の意図通りの結果を生んでいるかどうかの判断は難しい。いや、粘り強く考える児童が減っているという傾向など、むしろ改革の意図(「自ら学び、自ら考える」力の育成)に反するようにもみえる。

 その一方で、学力格差や学力低下に関する教師たちの認識のように、改革論議のなかであまり注意が払われなかった問題も出ている。だが、こうした現場の心配の声が、改革議論のテーブルに十分届いていたようにはみえない。

 子どもの変化に対応した教育が必要だという議論はしきりに行われる。それに対し、改革の意図する教育が、子どもをどのように変化させたかという逆の関係については、十分な検証が行われない。まずは改革ありきの強い姿勢が、現状分析や現場の声を遠ざけているためかもしれない。

 子どもの変化には、改革の意図する変化と意図しない変化が含まれる。改革を進める立場からすれば、前者は歓迎される。それに比べ、意図せざる変化には目が向きにくい。政策の誤りを認めたくない立場に立てば、なおさらである。だからこそ、意図せざる結果をも視野におさめた検証が重要になる。普通の教師たちの実感を「声」として取り上げることにもつながるからである。

 まもなく始まる「総合的な学習の時間」は、教育現場でどのように受け止められるのか。子どもへの影響を含めた検証が求められる。

【かりや・たけひこ】教育社会学者、ノースウェスタン大学大学院修了。著書『学校って何だろう』(講談社)他。



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株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第247号 1999年(平成11年)11月1日 掲載



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