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マルチメディアのいま
―VRの世界―


東京大学工学部助教授 廣瀬 通孝


 コンピュータという機械がこの世に生まれて約50年の年月が経過した。この機械の特色を一つあげろといわれれば、その進歩のはやさと答えたい。最近のコンピュータの能力向上の割合は年々倍増の勢いだそうである。単純計算では10年で1000倍という、とんでもない数字になるわけである。図1に示したのが、LSIメモリにおけるビット単価の低下の様子である。1000倍は大げさであるにしても約100倍という規模でコストダウンが進行中である。

 わが国におけるマイコン元年は1980年といわれている。当時のコンピュータの記憶容量は数K(キロ)バイト程度のものだったし、データの転送速度も数Kbpsぐらいであった。つまり、コンピュータは「キロ」の時代であったということができる。

 1990年になると、研究室やオフィスのあちこちにワークステーションが進出した。その能力は数M(メガ)byteの記憶容量、数Mbpsのネットワーク通信速度である。この場合、実に1000倍の能力向上ということになる。1998年の現在、我々は「メガ」の時代にいる。

 2000年を過ぎると、G(ギガ)という単位があらわれてくる。「ギガ」の時代は目前である。このとんでもない量的な能力拡大は、コンピュータを質的にも大きく変えていくことになろう。たとえばキロのオーダの情報といえば原稿用紙(400字)1枚分の日本語文章が約1キロバイトである。それに対して、写真1枚を表現するには1メガバイト近くが必要になる。ビデオ画像など、動画を取り扱うためには、ギガバイトオーダの情報処理能力が必要となるといわれている。

 キロからギガへの変化において、このようにコンピュータの処理すべき情報の性格が明らかに変化してきていることに注目すべきである。かつてのコンピュータが文字や数字しか取り扱わなかったのは、それがコンピュータ本来の姿だったからではなく、取り扱いたくても取り扱えない技術水準だったからなのである。

 最近のマルチメディア技術の普及は、こうした強力なコンピュータ技術を背景として、きわめて多彩な情報処理の可能性を開くものである。動画から文字まで、あらゆる情報がコンピュータ上で統合的に取り扱えるようになるわけである。

 マルチメディア技術の中で、とりわけ先端的なもののひとつが、バーチャル・リアリティの技術である(図2)。この技術は、その名前が世の中に知られるようになったのが1989年と、きわめて若い歴史をもっている。コンピュータによって作り上げられた仮想世界の中で、自らの体験しうる世界を広げることが、実際に可能になったのである。


 図3は、このたび東京大学に設置された、世界最大級のVR提示装置である。この装置を用いることによって、さまざまなシミュレーション世界の体験が出来る。たとえば、アインシュタインの相対性理論のように、理系の大学生でも場合によっては理解が困難な世界を、リアルな疑似体験によって、少なくとも直感的には理解することが可能である。こうしたシステムが、子ども達の教育をすべて変えてしまうとは思えないが、魅力的な選択肢が増加したことは間違いないであろう。

 少なくとも、論理的知識しか体系的かつ効率的に伝達する手段しかもたなかった我々が、「体験」という手段を通じて、子ども達にとっての世界を広げてやることは、素晴らしいと思う。現実とは、我々が見たり触れたりすることによって、自分の認識の枠組みの中にとり込まれていくわけである。我々が顕微鏡や望遠鏡を手にしたとき、人類の知的水準は大幅に向上したという。バーチャル・リアリティの技術は、そういうポテンシャルを持った技術なのである。

 かつて、コンピュータといえば、キーボードとブラウン管に向かって文字を打ち込んでいるプログラマの姿が連想されたものだった。しかしながら、最近になって急速にそのイメージは変貌しつつある。

 モーション・キャプチャの技術(図4)を用いれば、全身運動を介してコンピュータと対話することができるし、触覚ディスプレイ(図5)を用いれば、コンピュータ合成したイメージに触れ、その重さや動きを確かめることができる。最近のモバイル系のコンピュータは、人間の体とともに動き回ることができる。

 長いこと、コンピュータは我々から身体性を奪うものだとして、色々な問題点が指摘されてきた。しかしながら、それもまた旧来の、不完全なコンピュータのイメージであったわけである。

 これからのコンピュータは子ども達とともに教室を飛び出して、さまざまな実体験の強化にも役立つことになるはずである。

 バーチャル・リアリティ技術の発明を、コロンブスのアメリカ大陸発見になぞらえた人もいる。今や、コンピュータは、子ども達にとっての新しい活動空間の生成装置である。この新しい空間に足を踏み入れた子ども達は、どのように育っていくのであろうか。


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