●オックスフォード便り〜ディスレクシア研究室留学記〜 Part2
(2004年3月19日)
小山麻紀(オックスフォード大学生理学部博士課程)
国際ディスレクシアシンポジウム
2004年4月18日から20日にかけて、国際シンポジウム「日本語、中国語および英語におけるディスレクシア」(主催:理研脳科学総合研究センター、神戸インスティチュート、オックスフォード大学)が神戸にて開催されます。言語的に違う国々(英語、フィンランド語、中国語、日本語)からの研究交流を通じて、日本におけるディスレクシア研究のさらなる促進、そしてディスレクシアという学習障害(LD)への理解・認識の普及に貢献することを目的としています。
18日はオープンデーと称し、英・米・日のディスレクシア研究者・支援スペシャリストが各国のディスレクシア事情(発症率、対応など)を発表する予定です。そのほかに、学習障害センターで診断治療を行っている医師の先生やLDに苦しむ児童を支援するLD学会のメンバーからの発表もあります。研究者だけでなく、LD・ディスレクシア支援に関わる多くの人々にもぜひ参加いただきたいと思い、準備に取り組んでいます。 *シンポジウムの詳細はこちらをご覧ください。 *シンポジウムの議長の一人としてCRN小林登所長が参加されます。
オックスフォードでの博士課程は2003年10月に始まりましたが、新しい環境に戸惑う暇もなく、このシンポジウムの準備に追われ、これまで過ぎてきたように思います。ここにはディスレクシアに関係する研究に従事する日本人研究者の情報は十分になく、シンポジウムでのスピーカーの選定が当初難航していました。私が手始めにしたことは、日本の研究者によるディスレクシア・読み書きの脳メカニズムに関する文献(英語、日本語)を要約・翻訳して、スタイン教授に伝えることです。このような作業を通して、少しずつスピーカーが決まっていきました。2003年の夏に一時帰国してボランティアをしたディスレクシア支援NPO・EDGEを通して、日本でLD児童支援・指導に直接携わっている組織の存在を知りましたが、この経験も大変役に立ちました。
ディスレクシアへの多様なアプローチ
シンポジウムの準備だけでなく、自分の研究のほうも何とか構想が固まってきました。 英国にあるオックスフォード大学のスタイン教授のもとで日本語のディスレクシアを研究したいとなぜ思ったのか? それは、音韻的だけでなく視覚的情報処理能力と読み書き能力の関連性をさぐる、という彼のディスレクシア研究に対する考え方が、日本語での読み書きの脳メカニズムそしてディスレクシアの解明に指針を与えてくれると考えたからです。
興味深いことに、彼が関わっているディスレクシア無料クリニックは、視覚的情報処理能力が弱いと思われる児童に色眼鏡(黄色または青色)を一定期間着用させることで、30%の児童の読み能力が向上したと報告しています。なぜ、色眼鏡にそんな効力があるのかは100%解明されてはいません。仮説的レベルになりますが、色眼鏡は、ディスレクシア児童の網膜の視覚細胞内における異常(abnormal ratios of Long-wavelength-sensitive cones to Middle-wavelength-sensitive cones)を緩和するのに役立つのではないかと考えられています。 *この内容はBBCで取り上げられました。詳細はこちらをご覧ください。
また、スタイン研究室(生理学部)では、ディスレクシアを心理学的観点からだけでなく、神経生理学的観点(i.e. psychophysical measures)からも探求しています。このpsychophysical measures は基本的な知覚情報処理能力(視覚・聴覚)が読み書き能力とどう関わっているかを伝えてくれます。典型的なテストのひとつを簡単にご紹介しましょう。(Coherent Visual Motion / Coherent Random dot kinematograms)
被験者にはディスプレイ上にたくさんの点から構成されるパネル2枚が提示されます。1枚のパネルの点の何割かは一定の方向に動き、もう1枚のパネルの点はバラバラの方向に動きます。被験者は一定の方向に動くほうのパネルを選びます(一定方向に動く点の割合がキーポイント)。この「視覚的動き」に敏感でないと、読むことに困難を示す傾向があるという結果が報告されています。*1 *2
この視覚的動きへの敏感さと読み書き能力の関連性については、相反する研究結果も出ています。しかし大切なことは、こうした言語的でない基本的知覚テストは、読み書きを始める前の児童にも使用可能であり、将来現れるかもしれない読み書き困難を早いうちから予測できるかもしれないということです。そして早いうちからの対策、トレーニングの施行は、児童の読み書き困難克服への道につながります。
私のPh.D.プロジェクト
上記のテストとアルファベットを使用する言語での読み能力との関連性を示すデータはたくさんありますが、表意文字である漢字を使用する言語に関係するデータはあまり見当たりません。Ph.D.研究では、このテストが日本語での読み書き能力をどう予測するかを探りたいと考えています。
まだ仮ではありますが、論文タイトルは以下のようになる予定です。
"The Development of Literacy Skills in Japanese: Relationships between phonological, orthographical, automatization, and visual processing skills and reading / spelling performances"
この研究は、スタイン教授の指導のもと、Bishop教授やBryant教授ら心理学部の先生からも意見を頂き、小山麻紀のPh.D.プロジェクトとして進めています。ディスレクシアを理解するうえで、まずは日本語での読み書き能力を的確に予測する情報・知覚処理能力を明確にすることが必要だと考えています (=Behavioural study)
日本語でのディスレクシア診断においては、標準化された検査の作成の必要性が唱えられています。読み書き能力を的確に予測するテストが明確になり、信憑性のあるディスレクシア診断の標準検査として確立・認識されることは、ディスレクシア治療への第一歩だと考えます。長期的研究展望としては、日本語のディスレクシアとしてあらわれる可能性のある脳機能異常を理解すること(=neuroimaging study)、そしてディスレクシア児童の情報・知覚処理能力を向上させるトレーニングプログラムの開発・促進に貢献できたらと思っています。
まだまだ寒い日が続くイギリスですが、桜の季節に日本に帰ることができると思うだけで心が少しだけ温かくなります。最終回では、ディスレクシアと他の発達性言語障害について少しお話ししたいと思います。それではまた。
*1 "Visual motion sensitivity in dyslexia", Talcott , Stein et al (2000) Neuropsychologia 38: 935-943 *2 "On the Relationship between Dynamic Visual and Auditory Processing and Literacy Skills" Talcott, Stein et al (2002), Dyslexia 8: 204-225
========================================================================== 小山麻紀(こやままき) 大学卒業後、証券会社勤務を経て2000年に渡英。2003年ダーラム大学心理学部(ワーキングメモリー専攻)を卒業後、同年10月からオックスフォード大学生理学部博士課程に在籍中。 ==========================================================================
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