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●探訪・子ども研究室-5-
(2005年5月16日)

今月のナビゲータ:茂木一司先生(群馬大学教育学部助教授)

みんなのための美術教育

「先生、また来てくださいね」。2003年冬、はじめての「あさひdeアート」(群馬県立あさひ養護学校における障害児のためのメディアアート・ワークショップ)が終わるやいなや駆け寄ってきたひとりのお母さんのことばは今も耳(心)に残っています。

群馬大学教育学部に移ってこの6年間、附属養護学校とのつき合いや国民文化祭群馬2001のハートフルアート展やその後の群馬県盲聾養護学校文化連盟のお手伝いなどを通して、(あえてそう呼ぶが)障害児たちとの楽しい造形活動やそこでつくられるものすごいエネルギーの結果(作品)に触れながら、最近の私は研究・教育生活を送っています。

最近の私のテーマは「みんなのための美術教育(Art Education for All)」*1 といいます。それは、1980年代以降、イギリスで用いられた差別のない教育を意味する「EDUCATION FOR ALL」(万人のための教育)を借りて、美術(広義)を通して広がっていくみんなの和(輪)、つまり(造形)表現と楽しく関わる中でつながっていく個人や世界をめざして、選んだものです。生涯学習ということばもありますが、特に「障害を持った人々の表現と教育」をテーマに今は取り組んでいます。

障害者アートは「アウトサイダー・アート」「エイブル・アート」などと呼ばれて、ここ数年注目を集めています。その理由は、アートが概念性や批評性を強め、頭でっかちになりすぎたこと、そしてエデュケイションもまた状況や意味は違っても行き詰まっていること、そんな思いを持ちながら、本当に「みんなが楽しめる美術教育」を考えていこうと思って、様々なことを実践しています。

具体的な研究テーマは、@「障害児の美術教育の実践研究」、A「メディア教材・学習環境デザインと美術教育」(アニメーション、ワークショップなど)の2つです。フレンドシップ事業「あさひdeアート2003・2004」はこれらを重ねたもので、「メディア・アートが障害児の身体というメディア装置にどのように関わるのか?」「アートのコミュニケーション性を生かしたワークショップ型の学びとは?」などを問題にしています。


ワークショップへの挑戦・3年間の軌跡

平成14年度から教員養成大学のフレンドシップ事業として「コミュニティー学習ワークショップ」という授業をはじめました。最初はアーティストに何かおもしろいことをやってもらおうと考えてつくった授業でしたが、「AZUMART PROJECT−あずまむら・アート・こどもたち−」*2 でワークショップ学習の難しさを実感し、「あさひdeアート」は苅宿俊文先生(NPO学習環境デザイン工房/大東文化大学)の全面的な指導を受けながら実施の運びとなりました。ワークショップの問題点は一にも二にもそれが人によってなされるということです。つまり、学生がファシリテーターとしてアートをつないでいかなければ何もなされないということです。

「あさひdeアート2003」は、@「Tシャツではなそうよ、ねぇ」(苅宿俊文・NPO学習環境デザイン工房/大東文化大学・図1)、A「天鼓雷音+開敷華王」(森公一・同志社女子大学+真下武久・IAMAS・図2)、B「小さな冒険:トリの目アリの目」(原田泰・多摩美術大学・図3)、C「音のキャッチボール・ゲーム」(森岡祥倫・大阪成蹊大学・図4)の4つのメディアアート・ワークショップを実施しました。(図はこちらから)


詳細は省略しますが、当初のねらいはハイテクメディアによる「身体性の拡張」でした。森、原田、森岡氏による視覚・聴覚・触覚の拡張は非常に効果的に子どもたちの感覚に働きかけていました。しかし、それ以上に(人+ものなどの)場を豊かにしてワークショップを盛り上げたのは苅宿氏のローテクの蛍光絵の具とブラックライトでした。それは、アート・ワークショップのコミュニケーション性の大切さを見事に映し出していました。

「あさひdeアート2004」は、やや統一性に欠けたという2003年の反省を踏まえ、「いろんな光の発信基地」という総合テーマを決め、苅宿先生の他、岩井俊雄(東京大学先端科学技術研究センター)+鈴木康広(同)、佐藤優香(国立民族学博物館)+大木友梨子(e-とぴあ・かがわ)の四氏を迎え、実施しました。*3 

2004年12月の2日間、苅宿先生による「ワークショップ論・演習」を実施の後、受講生はファッシリテーターとして身につける理念・方法を学びました。そのうち1日は講師と学生の打ち合わせ、特に講師の単なる補助ではなく、学生が主体的に講師を考えたワークショップに自分たちの活動のアイデアを提案しながら実施するという形をとりました。学生たちは、講師たちの質の高い要求に苦労をしていたようでしたが、最初不安に思っていた子どもたちとの触れあいによって、むしろその問題は解決されていったようにも思います。翌日は、「光も逆転!?逆転時間で遊んじゃえ!」(苅宿・図5)と「光のバースデーパーティー」(岩井+鈴木・図6・図7)の2つのワークショップが平行して実施された後(図はこちらから) 、「たのしさ倍増ケイカク」(佐藤+大木)によって前2つのワークショップ参加者同士、その喜びの気持ちを伝えあい、増幅させ、「コミュニケーションの軌跡をまとい」(図8)、最後に着ていた衣装は大きなスクリーンとして完成しました(図9)。(図はこちらから)
 
「あさひdeアート」の成果はいろいろですが、まず美術教育の観点からは「メディアに関わる美術教育」と「障害児の美術教育」には、技能主義・作品主義という呪縛を簡単に乗り越えるという共通点があります。活動自体を楽しむ活動主義、プロセス主義は、いわゆる学び(学習観)の転換を促し、さらに造形プロセスをメディア学習と捉えることで、単なる作品づくりではない、楽しさを中心(目的)とした学習環境をデザインしたワークショップ型学習を提案できたと思います。


ワークショップ型学びの研究

平成14〜16年まで科学研究費をいただいて、「イメージ・感性開発のためのメディア活用型総合学習パッケージの開発−美術館等におけるワークショップ及び学習デザインの教材開発に関する調査・研究−」と題する研究をしてきました。これは、「みんなのための美術教育(Art Education for All)」にも重ねて、情報ネットワーク時代の新しい造形的・美術的な教育の有り様を考える。たとえば、WEB上の自己表現、メディア・リテラシーとしての批評学習や鑑賞教育の必要性など、作品として完結する美術教育のパラダイム転換を考えるという言い方もできます。

先に紹介した「あさひdeアート」も、この「(ことばになる以前の)イメージ=いろやかたちの発生としてアート学習」としての「ワークショップ型学び」の事例研究として実施したものです。「みんなのための美術教育(Art Education for All)」には、アートは楽しいのに不幸な出会い方によって嫌いになり、疎遠になっている人があまりにも多いということがあって、この辺を考えていこうという意味があります。それを特に単なる理論ではなく、実践的にです。ワークショップはあくまで楽しさ優先です。そこでこの科研の結論を「ワークショップ型学び(の作り方と評価)」にしました。私たちは、今の美術教育をいわゆる総合的な学習へのシフトやクロス・カリキュラムへの関心を満たせるように、コンテンツ+メソッドが統合されたメディアとして開発し、具体的なワークショップという形式に落とし込んでいく理論と実践の構築をめざして、取り組んでいきたいと思っています。

茂木研究室は教員養成学部の美術教育研究室です。だから本当は小中学校の図工美術教育のことをやらなくてはいけないのですけど、最近個性教育とかいわれるのに図工美術教育の時間数は減っていくし…、おもしろいことが好きな私は、どんどん道を外れていっているような…。この頁は佐藤優香さん(CRN外部研究員)からの紹介ですが、彼女との出会いは僕の最近の研究に少なくない影響を与えていると思います。彼女のノリやテンション、センスは実施するワークショップが美術教育という呼び方の堅苦しさを乗り越え、表現の学びとしての楽しい活動を解放してくれているような気がします。これは学校外でやっているからそうなのか、学校に持ち込むとだめなのか、まだ検証していませんが、でもこういうものが美術だと最初から決めてかかっている人たちが多い(そしてそれを押しつけようとする人もまた多い)業界なので、私たちの領域に質のよい素人?は貴重な存在です。

私がアートを好きなのはそれが「自由」を前提に成り立つものだからです。逆に教育は不自由さによって、効率よく知識・技能を伝えていくものでもあります。つまり、課題は美術・教育の2つの相反する領野が幸福な出会いをする理念や方法を考えていくということでしょうか?R.シュタイナーのいうように、「本当の自由とは何か?」を実践すること。これが私たちの目指そうとしていることになります。それは結局、「楽しいアートの出会いとつきあい」なんですね!!


*1 詳しくはこちら
*2 詳しくはこちら
*3 「コミュニケーションの基本って?」(佐藤優香・CRN「学びとデザイン研究室」)、「コミュニケーションの軌跡」(同)でも「あさひdeアート2004」を紹介している。

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群馬大学教育学部 芸術・表現系 美術教育講座
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