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今井先生:
 今、松本先生から「育児休職をなるべく長く取って、ゆったりと母子関係が育つように」というお話がありました。私自身は0歳児保育を何度も何度もやってきまして、本当に保育の質は大事な問題だと思うのですが、そういうものが努力されていけば、こんなに0歳児が育つのだという話をするために、今日はここにきています。

 今から20年前です。私は、我が子(次男)を0歳から保育園に通わせ、自分は保母として働いていました。そのころは、近所の人から「あなたそんな小さいときから赤ちゃんを保育園に入れて、自分は保育園でよその子を見て大丈夫なの」とよく言われました。その声に反発しながらも、やはり一抹の不安はあり、「大丈夫かな、大丈夫かなあ」とストレスがたまり、「いつ辞めようか、いつ辞めようか、いつ辞表を提出しようか」という気持ちを持って、それでも23年間働き続けてきました。23年間の保育園生活の中で、何回か乳児保育を経験しましたが、なぜか不思議と、0歳の時に一緒だった子どもたちと非常に親密な関係がずっと続いていて、同窓会や結婚式までも呼ばれました。これはデータがある訳ではなく、あくまでも感想なのですが。お母さんたちの結束も非常にいいのです。初めて保育園に子どもを預けていろいろな心配はあるのでしょうが、友だちができて、みな同じような悩みを抱えていて、お母さんたちは非常に力強く思うのでしょう。
 いろいろな保育園を研修で回りますと、よく園長先生がおっしゃいます。子どもが0歳の時に本当にいい保育士、お母さんもひっくるめてまるごと受け入れてくれるような保育者に出会うと、「1人でいいや」と思っていた母親たちが「やっぱりあと1人か2人産んでみたいなあ」「6年間の園生活の中で2人も産んじゃったわ」ということになる。だからどんなことがあっても0歳児担当には親もまるごと受け入れてくれるような保育士を持っていくのだと聞いて、私は力強く思っています。

 では、どんな保育所でも早くから0歳児を入れて大丈夫かと聞かれますと、先日の大和市(神奈川県)のようなビックリするような託児所もありますのでなんとも言い切れません。今日フリードマン先生にお話いただきましたように、やはり質の高い保育をしている保育所をよく見て選んで欲しいと思います。働き続けたいと思っている母親たちには、そういう保育所で0歳児保育を一緒に育てながら、子どもはこんなふうに育つのだとぜひ実感してほしいなあと思います。

 まず私が話しますのは、質の高い保育についてです。フリードマン先生の話を参考にしながら私自身が考える保育の質について考えてみたいと思います。

 まず保育の環境についてです。皆さんは今度改訂された『保育所保育指針』をご覧になったでしょうか。6ヵ月、つまり乳児保育のところが、かなり具体的で丁寧に記述されるようになりました。特に発達というのは相互性ですと。子どもをどう見て、どう関わるか、大人の見方や関わりのありようによって子どもの育ちは違ったものになる。だからぜひ保育士の姿勢と関わりの視点として、このように子どもを見て欲しいのです。ここがとても重要で、多分そういうメッセージだと指針を読み取りました。
 指針の6ヶ月未満のところ(6ヶ月未満の発達過程区分の保育士の姿勢と関わりの視点)にこういう記述があります。「6ヶ月未満の子どもたちを保育するときは、なるべく担当制を取り、そして職員の協力体制を密にしながら保育をしていって欲しい」という記述があります。ここは、乳児保育の視点で「担当制」という言葉が初めて出てきたところです。
 私はとてもうれしかったです。なぜなら、私も2人子どもを育ててきましたが、最初の子どものときは0歳児を見てくれるところが自分の地域になくて、2年ほど(本当は3年間)家にいようと思っていました。結局、働きたくて働きたくて、もう2年目には保育園に再就職しましたが、それまでの期間は自分の子どもを育児していました。そうしたら、育児をする前に、世田谷の公立保育園で0歳児を担当したときよりも自分の子どもがよく見えるのです。もちろん、1対1で見ているので当然なのですが、どうして自分が子どもを育てるとよく子どもが見えるのだろう、と考えていた訳です。
 私は、自分自身で2年間子どもを育ててみて、保育所の保育と自分の育児を比較できたことが非常によかったと思います。例えば、子どもが11ヶ月の時、私が流し台に立って洗い物をしていると、息子が同じようなことをしたがってハイハイをしてくるわけです。そのときに、下の戸棚からお鍋をガチャガチャ出すのです。昨日までは、お鍋とお鍋の蓋を音をただ鳴らしてガチャガチャ遊んでいたのに、もう翌日はどのお鍋にどのお鍋の蓋が合うかと大きさの弁別をやっているのですね。たった1日や2日で子どもの遊びも変化するのだと、子どもを継続して見ることのすばらしさを家庭で実感しました。

 何とか保育園でも子どもを継続して見るシステムが出来ないものかと思いまして、今から20数年前に川崎の公立保育園に再就職したときから、私自身は担当制保育をやってきました。
 なぜ担当制か? まず、子どもと保育者との相互関係が深まって子どもの要求の的確な受け止めができると、子どもが安定して、保育士との間に信頼関係ができやすいからです。つぎに、子どもとの継続的な接触ができることによって、子どもの小さな変化も発見でき、認めることができ、そして内面の動きなどを理解できるようになっていくからです。そして、予測を持って関われるようになるのです。まさに、「ゆとり」をもって保育する非常に大事な力になっていることが見えてきました。
 育児支援センター等でよく母親たちに話をしますが、子どもの気持ちが見えるようになり読めるようになると本当に育児が楽しくなってきます。楽しくなってきて感情交流が豊かになってくると笑顔が多くなってくるわけです。そういう「ゆとり」が出てくると、特に乳児保育に大切な健康状態やその子の癖をわかり、適切な対応が出来るようになります。例えば、昨日は初めての離乳食のトマトを口に入れるなりペッペッと出していたのに、2日目の今日はモゾモゾモゾモゾと口の中でやってから出すとか、こんな小さな変化をキャッチすることが求められます。
 これからの保育は、周りの子どもと比較して、誰ちゃんがもうハイハイできた、言葉が言えるようになったとかではなく、1人の子どもがどんな風に育っているか、その子自身の育ちを私たちがどれだけキャッチして親に伝えてあげられるか、そういうことが本当に大事なことになると思います。そういう意味で継続的接触が出来ることは大事な視点だと思います。
 保育園はどうしても複数子どもを見ることになります。例えば多い所では18人を5、6人の保育者で見ています。そうすると、泣く子や要求の強い子に保育者の目が集まりやすく、どうしてもおとなしい子は見落とされがちになる。複数の保育者がそれぞれ見ているようで実は誰も見ていなかったと連絡帳を書くときにわかる。私この子書くって、皆同じような子どもの連絡帳を取り、残った子というのは割合自己表出の弱い子なのです。そういうことからも、やはり1人の保育者が1対3ですから3人ぐらいの子どもを担当するという、フリードマン先生がおっしゃったように小人数でじっくり関われるような担当制をとることはとても大事ではないかと私は思います。
 デメリットもあります。担当が固定してしましまうと自分の眼鏡を通して子どもを見てしまう傾向が強い保育士の場合は、子どもがかわいそうで、そんな風に見ないでほしいのになあということもあります。自分の担当の子だけに心を向けてしまうsectionalismな保育に陥りがちにもなります。

 私は担当制をとるにしても、0歳児なら0歳児のクラスの子どもはみんな自分の担任の子どもだけれど、特におしめを替えたり寝かせてあげたりといった養護の部分はなるべく同じ保育者が関わろうという形の担当制がよいと考え、実践してきました。
 いろいろな担当制がありますが、「ゆるやかなグループ担当制」が今までの実践の中では功を奏してきたような気がします。これはどういうものかといいますと、保育者1人と子ども数人、例えば3人と固定させるのではなく、5・6人ごとの小人数のグループに2人の保育者が担当します。どういうメリットがあるかといいますと、保育者も居残りや休暇、研修などと不在のときがあります。そのときにはフリーの先生やパートさんが入りますが、完全に1対3でやっていると子どもが本当に動揺してしまい、不安が大きい。もし、馴染んでいるもう1人の先生がいたら、お手伝いの先生が代わりに入ったとしても子どもにあまり動揺はないのです。

 内田先生から愛着の対象の話がありましたね。この子が産まれてしまったから私の人生めちゃくちゃと、母親が子どもを見ようともせず、愛着関係が育たなかった子どもがいまして、外に飛び出して危ないから保育園に入れたほうがよいと私のクラスに入ったことがありました。本当に愛着関係が全くなくて、散歩に行ってもピューと飛び出してしまい、何度大騒ぎして探し回ったか分かりません。でも、そういう子を1年、2年、3年と継続して担任を続けていきますと、3年くらい経ってやっと保育者に甘えるようになったのです。担任の保育者に甘えるようになると今度は他の保育者にも甘えるようになり、2歳のときにその子は入ってきたのですが、4歳のときには母親にも甘えるようになった。まるで面倒みない母親だったのですが、「お母さんの隣で御飯を食べようかなあ」とかいってその子がニコっと笑って母親の隣に座ったら、母親は急に泣き出して、「私がこんなにかわいがってないのに、この子は私の側にきてくれた」というのです。母親も変わりましたね。
 このようなケースをいくつか見てからは、必ずしも愛着の対象は1人でなくてもいいのではないかと考えるようになりました。私は、2人で6人くらいの小人数でのグループ保育が非常によかったのではないかと思います。
 それから、特に乳児の月齢による発達の差は非常に大きく、もう歩き回っている子やまだまだベットで寝ている子もいて、同じクラスでも子どもたちの要求が大分違ってきます。その場合も、こうした小人数でのグループ保育をすることで、それぞれの月齢に見合った活動が進められる点でも非常によかったと思います。

 特に私は言葉が専門ですから、岡本夏木先生のこの言葉をぜひ紹介したいと思います。
 「子どもが言葉を獲得する過程においては自分が大好きなそして自分を愛してくれるその人の言葉を通して子どもは自分の言葉を作っていくのだ。もうこの事の事実の重さは何度繰り返しても繰り返しても足りないことはない。子どもは、誰の言葉であってもいいという問題ではない。本当に大好きな人の声が聞こえてくると手足をばたばたさせて喜ぶ。特に自分の担当の先生の声が聞こえてくると本当に喜んで聞き耳をたてます。こうして子どもは自分がその世界を共有できると信じる人とやり取りする中で、人間らしい交わりや言葉の獲得をしていく。」
 テレビで言葉をたくさん覚えさせたいとテレビをつけっぱなしにする母親がいますが、覚えればいいというものではないと思います。コマーシャルを覚えればそれでいいのでしょうか。言葉とは、心からあふれ出るもの、人と関わりたい、この人と今日世界を共有したい、共有し合いたいという気持ちが生み出します。このような、特定な人との交わりという親密な関係を作っていく保育が私は何よりも大事なのではないかと思います。

 次に保育環境について話します。
 私は保育時間について非常に疑問を持っております。フリードマン先生の話では週33時間が多いほうとなっていましたが、保育園の場合は1日8時間から10時間いるわけです。まるで桁外れに保育時間が違います。松本先生もおっしゃっていましたが、私は今の日本の育児全体が、大人が子どもに合わせていく生活ではなく、子どもが大人に合わせられるような生活になっていることを大変心配しています。働いている母親は、職場では肩身の狭い思いをしています。思うように育児時間がとれるかどうかの問題がまだまだ今の日本社会の中では大きいです。ですから保育園が門戸を開いていれば、じゃあうちの子も長時間保育をお願いしようかしら、となってきてしまうのですが、この辺はもっともっと保育時間を短くしていく方向でやっていかないと私は心配です。長時間保育を質の高い保育にしようと、居残りの先生も部屋も替えないで頑張っていますよね。それでもやはり限界があるような気がします。その辺の環境は考えていきたいと思います。

 最後に保育者の資質について話します。
 私は保育士の資質というのは、子どもがぐずっているとき、泣いているときに、抱いて上手になだめることの出来る、安心させてあげることの出来る、特に抱きかたが上手なことが必要です。最近、抱くことが下手になっている気がしますね。だから抱かれると反り返ってしまう子どもたちがなんとなく増えているようです。抱く抱かれるということは、まさに一体となって通じ合う関係、人と関わり合うということが本当に楽しいという1つの大事なコミュニケーションです。それが、下手になってきていることが心配です。おんぶも大事ですが、抱っこすることがとても上手で、子どもをなだめられる先生が必要です。
 それから、養護ということが本当に大事であると思います。養護とは生命の保持と情緒の安定を図るということですが、子どもの世話をするときこそ、1人1人と関われる大切なコミュニケーションのときなのです。ですからその養護のとき、おしめを替えてあげたり、授乳してあげたり、その子と1対1で関われる大切なときを、どれだけ1人の大切な命と思って関わっているか、それこそ荷物を持ち上げるように子どもを抱っこすると子どもは非常に敏感ですから自分が荷物のように扱われているとわかってしまいます。まさに保育園の保育というのは養護だと思います。子どもの世話をするときこそ、1対1で関われる大切なコミュニケーションなのです。そこを、本当に大切に出来る保育者、保育園をぜひ選んで、働き続けたいお母さんはぜひ働き続けることを私は勧めたいと思います。

牧田氏:
 子どもと保育士の関わりが生き生きとイメージできるようなお話でした。フリードマン先生は今日の先生方のお話に大変興味を持って臨まれているようにお伺いしています。一言、ご感想をお願いいたします。

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