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シンポジウムを終えて
〜パネラーより〜


「保育の質の向上をめざして」

お茶の水女子大学大学院人間文化研究科教授
内田伸子


  アメリカでのデモグラフィック要因をおさえ、細部に目配りの行き届いた大量調査のデータがフリードマン先生より報告された。このデータにより家族の養育(parenting)の質が保育(child care)の質の土台となることが示唆された。この調査結果により乳児期の母子関係の重要性が示唆されたという点で注目される。仕事をもつ母親が増える昨今、"保育所に任せっきりにしていれば安心"というのではなく、家庭でもしっかりと父母子間の心理的な絆を形成することの重要性が指摘されたと考えられる。

 私は、子どもの発達に影響を与えるのは養育の時間の長さではなく相互交渉の質が重要であると考え、シンポジウムでは、2つの追跡研究を報告した。第1に、母性的剥奪の事例から施設に収容される前に、大人との間で心の交流があった時に、土台となって施設での保母とも心が通い合い愛着が形成されるようになり、その愛着が外言的コミュニケーションや対人的適応の機能的準備系となる、発達のレディネスとなるというデータを提案した。第2に、保育の質の問題を乳児と子どもの比率の異なる保育環境を比較することにより保育の質は相互交渉の機会の頻度によって変わるものであり、言語発達や発達初期のコミュニケーションもそれに影響を受けて変化するデータを示した。このデータは、1)養育者との愛着がコミュニケーション行動の基盤となるということ、2)養育者は必ずしも生物学的母親である必要はないということ、そして3)社会的やり取りの質(Quality of Interaction)が重要であるということが示唆される。

 話題提供者の松本先生は、保育園育ちと家庭で養育された子どもたちの7ヶ月検診と3歳児検診での行動パターンについての貴重なデータを提示され、それに基づき母親による養育と保育園での保育の質の重要性を指摘された。今井先生は乳幼児保育の経験から、異年齢集団の子どもたちの遊びによる互恵学習の重要性と、6人を2人の保育士が保育する体制が優れているとの具体的データを示されて、保育園での保育の質について考えさせる意義ある提案をされた。

 シンポジストの提案を踏まえて、21世紀の子育てへの提言として、家庭での育児機能の活性化、すなわち母性や父性の復権させ、父母と保育士のチームワーク、コミュニティや日本社会の育児機能を回復させることが急務であり、次代の文化を担う子どもたちを皆で育てようという共生の発想を持つためには、父 母と保育士のチームワークというようなものが連携して一緒に育てよう、そういう雰囲気を作り出すことが必要であろう。そのためには、智恵を結集させて、さまざまな角度からの育児の支援体制を社会の側で用意していくことが必要ではないかと考える。

「乳児保育の問題点」
―乳児期の子育ては母親の手で―


福岡市医師会乳幼児保健委員会
松本寿通


 近年、女性の社会進出に伴って、働く母親を支援する手段の一つとして、0歳児保育の需要がますます増大しつつある。厚生省は新エンゼルプランのなかでも、低年齢保育に関しては受け入れ枠の拡大をはじめ、積極的に乳児保育を促進する姿勢がうかがわれる。女性労働力なくしては経済活動がなり立たなくなった現在、今や乳児保育は働く女性を支援するための重要な手段になっている。しかし母乳育児など基本的に母子の愛着行動を最も必要とされる0歳児、とくに産休明け保育にみられる6ヵ月未満児の集団保育は、果たして児の心の発達、質のよい感性の伸びに影響はないのであろうか。このような幼若乳児期における集団保育の、とくに心の発達に関する影響について、まだわが国では前方視的な研究は行われていない。

 この度、米国NICHDによる乳幼児の保育に関する前方視的研究の成果が発表されたことは、evidence basedであるだけにわが国の今後の乳幼児保育のあり方を考える上に大変影響深く、そのインパクトの大きさを考えれば、まさに画期的なことと高く評価したい。その要点は、生後3年間における検討であるが、保育の質や保育時間の長短によって母子関係、子どもの問題行動、乳幼児との愛着の不安定さなどについて影響は僅かながら認められる。しかし、このような保育の要素よりも、むしろ家族の特徴と母子関係の質の方が子どもの発達に強い関連を示したということであった1)。一方、このシンポジウムで私共、福岡市医師会が発表した内容は7ヵ月健診時に昼間の保育者が母親が主か、保育園によるものか、この二者について3歳児健診時までに追及し得た380例について前方視的に検討した結果、運動及び知的発達、病気のかかり易さ、心の問題など30項目のほぼすべての点で両者に有意差が認められなかった。しかし、3歳児健診の時点においては昼間の保育者について母親、保育園別に(横断的に)解析した結果では、子どもの行動、病気のかかり易さ、事故などの面で、保育園の方に少なからず否定的な結果が有意に認められている。

 これらの結果から、乳児保育による影響は3歳児までは認められないと考えられよう。むしろNICHDが子どもの発達について強い関連性をもつと指摘している"母子関係の質"について注目したい。乳児期には母乳保育を中心とする母子の持続的で頻繁な身体接触(スキンシップ)を通じて、母親の肌のぬくもりを感じとる時期で、それが子どもの心を安定させる。現在における発達心理学の大きな流れは、子どもの豊かな心の発達のために、この月齢における母子の愛着の必要性について、ほとんど異論をはさむ余地はないと考えられている。母子の愛着行動(アタッチメント)などによる基本的信頼(basic trust)の獲得は将来、自主性や思いやりなど、子どもの豊かな心の発達の原点として、欠くべからざるものとされている。従って、できれば12ヵ月、少なくとも6ヵ月までは、できる限り集団保育をさけて、母子接触の機会を多くすべきことを主張したいと思う。実際に病児保育を行っている経験からも、12ヵ月までの乳児期では育児と就労の両立は困難で、どちらか一方を犠牲にせざるを得ないのが実情である。子どもの心の豊かな発達のためにも、母親が安心して育児を楽しめるような、充分な育児手当の支給と、育児休暇の義務化を提案したい2)。今後、わが国において"子育ては特別である"として、育児に対して社会全体が敬意を払って感謝する仕組みができて、孤立した母親に対しては、公的支援システムが構築されて、さらに父親も母親も子育てのためにしばらくの間は企業を離れることがあっても、それは「日本の未来」のために必要である3)という国民的コンセンサスをつくり、ひろげることこそ大切であろう。


文献
1) 小林登『21世紀の子育てを考えよう―NICHD乳幼児保育研究から学ぶ―』 小児科診療 63:1078、2000
2) 松本寿通『乳児保育』 日本医師会雑誌、116:585、1996
3) 高山憲之『少子化対策に「第3の柱」を』 日本医師会雑誌、123:1561、2000

「21世紀の子育てを考える」

東京成徳短期大学
今井和子


シンポジウムへの参加を通して考えたこと
 フリードマン先生の最後のコメント、「どこの国でも普遍的に保育で大切なことについて」のお話しは、まさに"目から鱗"でした。「保育は家族にとって代わるものではないということ、家族が子どもたちに果たしている責任もとって代わることができないものであること。しかし女性が仕事を通じて文化や家族に貢献したいと考えることは歴史の前進でありそれゆえに社会は、子どもの発達を促すような質の高い保育を提供しなければならない」21世紀の保育のありようを示唆する説得力のあるメッセージをいただき、子育ての手助けを利用する家族と保育する側の、非常に難解な関係のありようを見据えることができたようです。全体としてはシンポジウムの特徴を生かし、異なった意見、立場の者同士が質問しあったり、討論する時間が欲しかったです。特に松本先生のご発言、「子どもが将来豊かな心に育つために、今後家庭に於いて親が十分な育児時間がとれて、経済的にも安定して子育てができるよう制度、育児休業の義務化をはかること」に対して「義務化」ではなく「選択」であるべきではないかと反論したかったです。内田先生やフリードマン先生のご発言にもありましたが「保育の質が高ければ、センシティブに欠ける母親でも、乳児が不安定な愛着をもつ可能性が低くなる」という貴重なデータは、これからの乳児保育の支えになるのではないでしょうか。

21世紀の子育ては異年齢の大人集団の中で
 内田、松本両先生のように定められた短い時間内に話すべき事柄をきちんと話せなかった私は、「21世紀の子育てをどう考えたらよいのか」という重要な発言を残してしまいました。
 20世紀の子育てに関する最大の悩みは、核家族化が進み、母親の孤立感が強まりそれがストレスになって積もり積もってしまったことでした。公園など出ていって友だちを求めても、過剰な気遣いでまた疲労してしまうというジレンマの中で子育てが行われてきました。子ども時代から異年齢の関わりを経験することなく、同年代の同質集団の中でひたすら、排除されることを怖れて生活してきた世代でした。従って、21世紀は、すでに子育てを終えた年輩の人、数人の子育てを経験している人、初めての子育てに奮闘している人、カナダのような、高校生の保育ボランティアなど、地域で異年齢グループが生まれる状況を設け(子育て広場、ファミリーサポートグループ、保育所、幼稚園などの場を拠点に)、子育てをすすめていくことも一案ではないでしょうか。




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