「乳児保育の問題点」 ―乳児期の子育ては母親の手で―
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福岡市医師会乳幼児保健委員会 松本寿通
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近年、女性の社会進出に伴って、働く母親を支援する手段の一つとして、0歳児保育の需要がますます増大しつつある。厚生省は新エンゼルプランのなかでも、低年齢保育に関しては受け入れ枠の拡大をはじめ、積極的に乳児保育を促進する姿勢がうかがわれる。女性労働力なくしては経済活動がなり立たなくなった現在、今や乳児保育は働く女性を支援するための重要な手段になっている。しかし母乳育児など基本的に母子の愛着行動を最も必要とされる0歳児、とくに産休明け保育にみられる6ヵ月未満児の集団保育は、果たして児の心の発達、質のよい感性の伸びに影響はないのであろうか。このような幼若乳児期における集団保育の、とくに心の発達に関する影響について、まだわが国では前方視的な研究は行われていない。
この度、米国NICHDによる乳幼児の保育に関する前方視的研究の成果が発表されたことは、evidence basedであるだけにわが国の今後の乳幼児保育のあり方を考える上に大変影響深く、そのインパクトの大きさを考えれば、まさに画期的なことと高く評価したい。その要点は、生後3年間における検討であるが、保育の質や保育時間の長短によって母子関係、子どもの問題行動、乳幼児との愛着の不安定さなどについて影響は僅かながら認められる。しかし、このような保育の要素よりも、むしろ家族の特徴と母子関係の質の方が子どもの発達に強い関連を示したということであった1)。一方、このシンポジウムで私共、福岡市医師会が発表した内容は7ヵ月健診時に昼間の保育者が母親が主か、保育園によるものか、この二者について3歳児健診時までに追及し得た380例について前方視的に検討した結果、運動及び知的発達、病気のかかり易さ、心の問題など30項目のほぼすべての点で両者に有意差が認められなかった。しかし、3歳児健診の時点においては昼間の保育者について母親、保育園別に(横断的に)解析した結果では、子どもの行動、病気のかかり易さ、事故などの面で、保育園の方に少なからず否定的な結果が有意に認められている。
これらの結果から、乳児保育による影響は3歳児までは認められないと考えられよう。むしろNICHDが子どもの発達について強い関連性をもつと指摘している"母子関係の質"について注目したい。乳児期には母乳保育を中心とする母子の持続的で頻繁な身体接触(スキンシップ)を通じて、母親の肌のぬくもりを感じとる時期で、それが子どもの心を安定させる。現在における発達心理学の大きな流れは、子どもの豊かな心の発達のために、この月齢における母子の愛着の必要性について、ほとんど異論をはさむ余地はないと考えられている。母子の愛着行動(アタッチメント)などによる基本的信頼(basic trust)の獲得は将来、自主性や思いやりなど、子どもの豊かな心の発達の原点として、欠くべからざるものとされている。従って、できれば12ヵ月、少なくとも6ヵ月までは、できる限り集団保育をさけて、母子接触の機会を多くすべきことを主張したいと思う。実際に病児保育を行っている経験からも、12ヵ月までの乳児期では育児と就労の両立は困難で、どちらか一方を犠牲にせざるを得ないのが実情である。子どもの心の豊かな発達のためにも、母親が安心して育児を楽しめるような、充分な育児手当の支給と、育児休暇の義務化を提案したい2)。今後、わが国において"子育ては特別である"として、育児に対して社会全体が敬意を払って感謝する仕組みができて、孤立した母親に対しては、公的支援システムが構築されて、さらに父親も母親も子育てのためにしばらくの間は企業を離れることがあっても、それは「日本の未来」のために必要である3)という国民的コンセンサスをつくり、ひろげることこそ大切であろう。
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文献 |
1) |
小林登『21世紀の子育てを考えよう―NICHD乳幼児保育研究から学ぶ―』 小児科診療 63:1078、2000 |
2) |
松本寿通『乳児保育』 日本医師会雑誌、116:585、1996 |
3) |
高山憲之『少子化対策に「第3の柱」を』 日本医師会雑誌、123:1561、2000 |