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イギリス 多様な教育と子どもたち 第13回
性教育と子どもたち

イギリスは、ヨーロッパの中で10代の出産率が一番高く、毎年約9万人の10代の女性が妊娠をしている。その中の約7700人は16歳になる前に母親になるといわれる(BBC,2002)。 若い女性が妊娠・出産をすることは、(多くの場合はシングル・マザー)特に家族の支えがない場合、彼女たちの将来の進路や就職の際の大きな壁になる場合もある。

このような背景の中、イギリスにおいてより必要性が高まっている教育、性教育を今回は取り上げ、その目的と課題そしてその教育を受けている若者たちの意見に焦点を当てていく。また、セックス・エデュケーション・フォーラム(性教育フォーラム、民間団体)代表サイモン・フォレスト氏が近年発表された研究についての論考を行なっているので、そちらもご参照頂きたい。
【原文(CRN英語版へリンクします)】準備中
【日本語訳文】


性教育の移り変わり

イングランドとウェールズ地方の教育法によると(注1)、性教育は小学校においても実践することが望まれ、中等教育(11歳〜16歳、セカンダリースクール)においては実践が義務づけられている (Massey,1991)。

性教育は主に国定カリキュラムの中の「人と社会、健康の教育 (Personal, Social and Health Education: PSHE)」の時間内に行われることが多い。この時間では食べ物やたばこ、学校内でのけんかや人権についてなど幅広い内容が扱われる。性教育はその中でも1つの大きな要素となっており「性と人間関係の教育はPSHEの枠組みの中にしっかりと根を張っていなければならない(DfEE,2000)」とされている。近年では、社会的な現象を反映して、エイズなど性行為により感染する病気についても取り上げることが重要視されるようになった。例えばエイズ感染者の約3分の1は24歳以下といわれ、若者がエイズの危険性について知っておくことは重要とされている(Measor 2000)。

性教育と呼ばれるものは年を追うごとに変化していった。伝統的にイギリスにおいて性教育は、身体的、生物学的な学びの一環として位置づけられてきた。このような教育はより生物や科学の部分、つまり身体発達や変化に重きを置くもので、植物のしくみ、女性と男性の体の仕組みや変化を主に取り扱う。近年においては、性教育はより広い人間関係、性的健康、そして性の容認(Sexuality)についての教育の分野も含むようになり、これらは心理学や社会学の分野に関わるものである(Measor,2000)。そこでは体のことだけではなく、「自分の気持ちやある場面で起り得るジレンマはどのようなものなのか」、「二人の関係性をどう保てるものか」など「人間関係(Relationship)」についてが取り扱われる。

以上のような点から性教育は、「性と人間関係の教育(Sex and Relationship Education)」と呼ばれることも多いが、ここでは日本でよく使用されている言葉である「性教育」という言葉を使っていくこととする。


実践が難しいと感じられる理由

性教育とはどのようなものであるか、あるべきか。
この点についての意見がまとまりにくいことが、性教育をカリキュラムの中で最も賛否両論の分かれる教授内容としている理由であろう。

保守的な考え方では、子どもの「純粋さ」を守ることが大事だとされ、直接に性行動について扱っていくことはあまり好まれない。一方、自由主義的な考え方では、過去30年間の家庭構成要因や人間関係の変化などにより、子どもたちはすでに性の情報が蔓延している社会に住んでいるとされる。そしてテレビ、音楽、友だちなどからのインフォーマルな情報(学校以外で得る情報)が増えており、子どもたちの受けとる情報をコントロールすることは難しく、性教育は自分の体や心を守るための技能や知識を与えるためにあるべきとする。もちろんこれらに加え宗教的な考え方も議論に大きく影響を与えている。評価についても、全ての人々の意見が一致するような成果が設定しにくいため、「成功している(うまくいっている)性教育」の基準はしっかりしていない(Trudell, 1993 quoted in Measor, 2000:8)。

政府の指導案に加え、このように様々な議論や個々人の考えが飛び交うため、性教育は、教員にとって「実践しにくい」と捉えられがちである。特に充分な研修をうける機会がなかった教員にとっては、取り上げる内容や子どもたちのニーズにどこまで合せていけるかなど、難しいと思われる点が多い。


子どもたちは性教育をどう見ているか

学校で実践される性教育が子どもたちのニーズや視点にあったものを充分提供できていない点は、よく議論されるところである。教育基準オフィス(OFSTED)が140の小、中、養護学校の生徒650人にアンケートをとったところ、5つに1つの授業の割合で、生徒たちは性教育の授業がつまらなかったと答えている(BBC,2002)。一方、斬新な性教育のプログラムを提供した学校では、オープンではっきり話がされる方法に生徒たちは賛同を示した。

性教育が行なわれる時期については、多くの研究から子どもたちが学校で受け取る情報は遅いという意見が出されている。

ダイアン 遅すぎるのよ。10学年(14−15歳)では。7学年(11−12歳)で基本を学ぶ必要があるし、9学年(13−14歳)ではほとんど何も授業では取り扱われなかった。一番必要としている時なのに。特に避妊とか、性病とかね。
ジェーン 9学年(13−14歳)、その時私たちは大人になっていっているの。その時本当に知る必要があって、男の子とも関わりや関係を持ちはじめる時なのよ。
(14−15歳女子)(Measor, 2000:49)
性教育はまあまあ。だってもう習った時には知ってたもん。(10歳男子)
僕はほとんどのことは7歳くらいのときに知ってたよ。(10歳男子)
(Collyer,1995:50)


「ほとんどのこと」がどれくらいのことなのかはここでは明確に知ることはできないが、子どもたちの「学校で学ぶことは遅れている」という気持ちには変わりない。子どもたちの間に飛び交う情報には、「最初の時は妊娠しない」などの誤解も多い。16歳以下で妊娠した80人に対する研究では、彼女たちのうち約60%が当時、妊娠や避妊について無知であったとしている。

もちろん、子どもたちがどのくらいの知識や態度を身につけているかについては、個々人でも大きく異なり、彼らの住んでいる地域の環境によっても変化してくる。しかし、性教育について生徒たちの意見を取り上げた研究では、主に2つの点が現在の性教育に欠けているとしていることは特に興味深い。

まず1つ目に、「自分の体にどのようなことが起こるかについては話してくれたけど、気持ちがどうなるのかについては触れなかった(女生徒)」「どうすればいい関係が保てるのかについて知りたかった(女生徒)」「事実ばかり、感情の深いところに充分に入っていかない(男子生徒)」など、特に自分の感情の部分に関わった内容をもっと多く取り扱って欲しいという点が挙げられた。

そして2つ目は、より広い意味での情報が欠けているという点。「性病の恐いことは教わるけど、性の喜びや愛については全然触れられなかった。」という意見に代表されるように、セックス自体についてや、同性愛や同性愛者について、性の喜びや愛、人間関係などについて取り上げられなかったという意見である (Patel-Kanwal & Lenderyou, 1998; Measor, 2000)。政府のカリキュラムでは、性教育は「防止」の側面が強く、結婚の大切さについても焦点が当てられている(DfEE,2000:5)。そのため、感情の側面を多く扱う性教育や、より広い意味で、性とは?人間関係とは?セックスとは?と扱う機会がまだ限られている。

まとめ

変化しやすい、そして意見や感情が大きく関わってくる性教育のような科目の実践には、「実践者、保護者、生徒の意見に耳を傾ける政府」が必要である。カリキュラムの内容についても、ある一定の決まった進め方があってそれに添って授業を行なっていくだけでなく、子どもたちの興味があり、必要と感じている個所をまず知り、そこから学びを広げていくことも重要となってくる。パテル−カンワルとレンダユー(1998)によると子どもたちは、
(1) 今日の社会の中で成長している個人として自分たちにとって大切な事柄についてはきちんとわかっている。
(2) 意見を求めることにより彼らもよりよく授業に参加できるようになる、
(3) 自分たちの生活や悩みに直接的に関連していることが取り上げられると性教育により効果がある、
とされている。

また、それを実践する教員の声を聞き、実践のサポートをしていくことも政府にとってますます必要となってくるだろう。実践に際して教員は子どもからも、保護者からも多くの意見や質問を投げかけられる。教育委員会や、保健アドバイザーなど相談できる人や場所をより多く備える必要があるだろう。現在でも、学校によっては、地域の医者や看護婦、産婦人科のスタッフ、教育委員会の保健教育のアドバイザー、ヘルスワーカー、学校の保健士、性教育を扱う民間団体などに助けを借りて実践しているところもあるが、まだ多くの学校で活発に性教育を行なえる環境は整ってはいない。イギリスでは、子どもを性教育の時間(ある特定の授業、または全ての授業)に出させない権利を親は持っており、このような処置をとる家庭や子どもにも、学校以外でのサポートが必要になってくるだろう。

子どもを持つということは実際どのようなものかということを学ぶ機会を提供するために、「たまごっち」のように勝手に泣く赤ちゃんの人形の世話を生徒に週末させる教育活動(Hamphries, 2002)や、カードゲームを使いながら悩みやジレンマなどについて話しやすい環境を作っていこうとする性教育の試みも始まっている(BBC,2000)。学校を卒業したあとも、そして子どもを持った時はその子どもにも影響を与えるであろう性教育の新しい実践への取組みが始まろうとしている。

(注1) Education Reform Act 1988 as amended by section 24(1) of the Education Act 1993



より深く知りたい方へ
ウェブサイト
セックス・エデュケーション・フォーラム
Sex Education Forum
http://www.ncb.org.uk/sef/index/htm
49の団体をまとめ、性と人間関係の教育を推進している民間団体。教員のためのガイドブック発行や子どもたちへの電話相談所の開設などを行っている。

性教育のための教員研修
Training plans for sex education
http://news.bbc.co.uk/1/hi/education/1842053.stm
BBCニュースからの記事。この分野の教育に自信を持ってもらうための研修について報告している。連続研修に参加した教員はより新しい情報や教授法を学校へ持ち込むことができるとしている。

(財)日本性教育協会
http://www.jase.or.jp
性教育に関する研究事業、研修会を行なっている。性教育についてのQ&Aのページもある。



参考文献
BBC (2002) Sex education 'failing pupils', Tuesday 30 April 2002
http://news.bbc.co.uk/1/hi/education/1958377.stm

BBC (2001) Game to teach sex education, Tuesday 20 November 2001
http://news.bbc.co.uk/1/hi/UK/england/1666218.stm

Coleman, J. and Roker, D. (eds)(1998) Teenage Sexuality: Health, Risk and Education. Amsterdam: Overseas Publishing Association. ISBN: 90 5702 308 3

Collyer, J. (1995) Sex education in primary schools: a guide to policy development in primary schools. London: Forbes Publishing. ISBN: 0 901762 98 9

DfEE (2000) Sex and relationship education guidance. London: Department for Education and Employment. ISBN: 1 84185 144 2

Douglas, N. and Kemp, S. (2000) Sexuality education in four local secondary schools: leaning from a local initiative. Hounslow: Hounslow Council Public Relations. ISBN: 1 903485 00 2

Humphries, P. (2002) Eyes open. Guardian Society [news paper], Wednesday June 26 2002. P2-3. London.

Massey, D. (1991) School sex education: why, what and how. London: Family Planning Association. ISBN: 0 903289 45 8

Measor, L. with Tiffin, C. and Miller, K. (2000) Young people's views on sex education: Education, attitudes and behaviour. London and New York: Routledge/ Falmer. ISBN: 0 750 70894 8

Patel-Kanwal, H. and Lenderyon, G. F. (1998) Let's talk about sex and relationships: a policy and practice framework for working with children and young people in public care. London: Sex Education Forum. ISBN: 1 900990 36 9



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