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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第1章「胎児はなんでも知っている-2」

妊娠期間の半ばで、もう五感がそなわる

 外からの視覚情報をあつめるのに重要な目のそもそもの原型は、妊娠4週間以前につくられ、16週程になると脳から視神経が空出して発達し、その体表面にレンズなどができ、ドッキングされて、いわゆる目の基本構造が完成するのです。16週といえば身長15センチ、体重100グラムくらいの大きさです。
 では耳はどうでしょうか。最初に耳らしい穴ができるのは5〜6週目です。できあがった耳は、その奥の方から内耳、中耳、外耳の三つに分かれていることはご存じのとおりです。このうちもっとも原型が早くできあがるのは中耳で、ほぼ12週目です。内耳はべつのところからできますが、内耳と中耳が連絡するのが16週目ごろです。外耳がいちばん遅く21週をすぎてからですが、少なくとも内耳と外耳の基本的な形態は、29週から31週にかけてほぼ完成します。つまりそのころには、音を感じとれる聴神経が内耳と大脳とをつなげてしまっているわけです。
 20週というのは妊娠期間のちょうど半分です。そのころになると大脳を中枢とした神経系があらかた神経細胞のネットワークの骨組みを終え、大脳そのものもはっきりした原型を形づくるのです。
 つまり、視聴覚をはじめ触覚も、さらには味覚さえも感じとる基本的なしくみが、その時期までにはできあがるということ、この事実をしっかり頭に入れておいてもらいたいものです。
 胎児が妊娠後半になれば、音をきき、光を感じ、味を知り、触れられるとすぐに反応するという理由も、こういう背景を知ることによって、よくわかってもらえるのではないでしょうか。

6カ月で胎児は羊水の味がわかる

 さて、妊娠もなかばをすぎ、24週、つまり6カ月ごろになると、身長は25センチ程にも伸び、体重も約250グラムくらいまでに成長します。このころになると、おなかの赤ちゃんはいろいろな行動をおこします。
 そのひとつがそろそろ羊水をのみはじめることです。これは生まれてから母乳をのむ運動のもとになるのです。もっとも、のむといっても赤ちゃんは羊水のなかで生活しているのですから、羊水そのものをのむ以外ありません。
 羊水は少々甘味のある液体ですが、そのなかにサッカリンをほんの少量加えてみる実験がその昔アメリカで行なわれたそうですが、それによると驚いたことに、胎児は激しい勢いで、その甘くなった羊水をのみはじめたというのです。つまり胎児は甘いという味がわかるし、すきなようです。考えてみれば、糖はエネルギー源で、甘みが好きでなかったらエネルギーをとることが出来ないことになります。
 そればかりではありません。レントゲン検査のため、リピオドールというヨードに似た苦い油液を少量ですが羊水中に加えてみると、羊水をのみこむ回数が非常にゆっくりになったという報告もあります。ある胎児は顔をゆがめて、あらわに嫌悪の情を示したそうです。水にヨードのような液を混ぜられたら、ふつうの大人なら吐きだしてしまうことでしょう。胎児の苦しみもわかるような気がします。
 なぜ胎児は羊水をのむのでしょうか。それは、まずそのプログラムがあるからです。羊水の中にある化学物質やサッカリンなどの甘味の強い物質で、このプログラムにスイッチが入りさえすれば反射的にのむ行動をとるのです。胎児は、のむことによって口輪筋などのくちびるの筋肉やあごを鍛えて、きたるべき母乳をのむときにそなえての練習かもしれません。また、これは、栄養摂取のプログラムが存在していることを示しています。
 さらに最近の超音波による観察では、羊水をのむ行動ばかりか、母親の胎盤のでっぱったところを、あたかも乳首をすうようにチューチューすっていることもわかりました。
 胎児はこのように子宮の外にでたときにそなえて、あらゆる予行演習をしていると考えてもいいでしょう。たとえば歩く練習、肺で呼吸をする練習もそうです。歩く練習をしていた証拠は後述しますが、羊水中そして生後すぐの原始歩行(ステッピング反射)という現象にはっきりあらわれていますし、呼吸の練習は胎児の繰り返す胸郭運動の動きとして観察できます。ただ重要なことは、上述のいろいろな運動や行動はいずれも反射的、自動的で、大脳皮質のコントロールのほとんどないもので、成長・発達した我々の運動とは異なり、その基本になるものと考えるべきものです。

胎児は光に反応し、外界の音もきく

 子宮のなかは暗闇だから、目ができて視神経によって大脳とつながっていても、なにもみえないだろうと考えがちです。じっさい、最近まで生まれたての赤ちゃんでさえなにもみえないと考えられていたので、胎児はなおのことなにもみえないのだとする偏見があっても仕方ないのではないでしょうか。
 しかし、それは少々一面的な考えです。そのなによりの証拠に、強い光を母親のおなかに直接あてると、胎児は恐くてあとずさりするし、弱い光をあてると「なんだろう?」というように近寄ってくるという報告があるのです。それによれば、そのとき胎児は、まぶたをしばたいたり、眼球をキョロキョロと動かすということです。
 もっとも、強い光とはいっても、たとえば手術室の照明は30万ルクスありますが、それを腹壁にあてても、子宮にとどくころには30ルクスくらいに落ちてしまいます。1万分の1くらいにまで弱まってしまうのです。それはたとえていえば、10メートル離れたところでマッチをすったときに感じるていどの明るさなのです。しかし、網膜や視神経ができているとはいっても、まだ非常に未熟なのですから、胎児にとってはそれでもびっくりするほどの強い光に感じられるのかもしれません。ついでに触れておきますが、生まれたばかりの赤ちゃんでも、30センチ前後の近い距離ならばある程度ものをみることができます。パターン認識ができるのです。
 さて、胎児の音に対する能力はどうでしょうか。これについては、妊娠中期になれば、外の音楽に反応して胎児の心拍動の打ち方が変わることは古くから知られていますが、聴覚については、さらに興味深い事実が数多くわかっています。アルバート・リリーというドイツの学者は、6カ月をすぎた胎児はオーケストラの強烈なドラムの響きに、おどりはねるように反応すると述べています。おそらくあまりにも強い音なのでびっくりしているのでしょう。
 この報告は、たとえば聴覚学者のミッシェル・クレメンツ博士が、胎児にモーツァルトやビバルディの曲をきかせると、その拍動は安定し、動きもおとなしくなるが、ベートーベンの曲やロック音楽をきかせると拍動は速くなり、激しく暴れだすという指摘と一致しています。ベートーベンの曲やロック音楽の激しい強烈な音とリズムは、どうやら胎児には強すぎるようです。もとハーバード大で研究していたT・バーニー博士やJ・ケリー博士(拙訳『胎児は見ている』祥伝社)が記録しているエピソードです。

このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。


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掲載:2001/08/24