トップページ サイトマップ お問い合わせ
研究室 図書館 会議室 イベント情報 リンク集 運営事務局


小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第1章「胎児はなんでも知っている-3」

胎児のときにきいた音楽をあとで思いだす

 もっと興味深い話は、自分が胎内にいるとき母親がよくきいていた音楽や、母親がみずから演奏していた曲を、大人になってから譜面をみることなく思いだしたという話が沢山あるということです。
 たとえばこういう体験を、日本人もよく知っているバイオリニストのユーディ・メニューヒンやピアニストのアルトゥール・ルービンシュタインが語っています。もちろん、こういう人たちには生まれながらの才能のあったことを忘れてはいけませんが。
 しかし、こういうケースをひとつひとつあたってみると、音や音楽に対する胎児の能力が非常にすぐれていることがわかります。この事実は、おなかに赤ちゃんをもつ母親なら大なり小なり体験することでもあるのです。なにか大きな音がした瞬間に、おなかの赤ちゃんが体を動かすのを感じる人は多いのです。そのことはまた、自分が母親になったことを強く意識し、感動するきっかけともなることでしょう。
 ふつう胎児は、母親の発する音に囲まれて成長していきます。血液が大動脈を流れる音は、心臓の打ちだすリズムをともなっています。腸がゴロゴロとなる「グル音」もなじみの深いものでしょう。
 赤ちゃんが泣きやまないときは、母親の心音や体内で録音した血液の流れの音――それは一定のリズムをもったザァーザァーという騒音のようなものですが――をテープにとってきかせますと、安心したように泣きやんでしまうケースが多いのは、そういう胎内での体験がもとになっているからと考えられています。リズムをおぼえているのかもしれません。ただ、この記憶は長期にわたって残るというデータは残念ながら充分でないようです。こういう母親の生理的な音以外にも、人の話す声、車の走る音、テレビやラジオから流れる音楽などを、胎児は耳にしながら育っているのです。

胎児は俳句のリズムも理解できる?

 胎児が音や音楽に強く反応するということはすでに触れましたが、そのほかにもさまざまな声や音の刺激に反応します。ちょっと変わったところでは五・七・五のリズムをもつ俳句です。
 これはなくなられたソニーの創業者であり幼児開発協会を作られた井深大さんたちとの協力実験ですが、胎児時代にある俳句をくりかえしきかせてみました。同じリズムをきかせるために、俳句を読んでいる声をテープにとり、それをおなかの前において、胎児にきかせたのです。
 さて、生まれてから同じテープをきかせたところ、心拍のうち方に変化があらわれました。これによって、胎児は記憶する能力があるということがあらためて確認されたと考えていいと思います。もっとも、どんなかたちで記憶されるのか、記憶されたものがどのくらい続くものか、それはまだはっきりわかりません。俳句のもつ五・七・五のリズムだけなのでしょうか。はっきりしないところがまだまだ多いのです。
 しかし、こういう小さな事実の積み重ねが胎児の能力を知るうえで大切なのです。たとえば、お母さんの話すことばなどについて、胎児はそのリズム、ピッチ、イントネーションなどをいつもきいています。お母さんのことばは胎児の耳にとどいていると考えるのは、そう飛躍した考えではないはずです。ことばのリズムだけでなく、もしことばそのものも記憶されるのだということであれば、お母さんは妊娠したら自分のことばづかいについても慎重にならざるをえないということになるでしょう。たしかに、生まれたばかりの赤ちゃんは、女性の声、母親の声に、男性の声より関心をもっています。
 井深さんは幼児教育に情熱を注いで、さまざまな実験的な教育をなさっている方です。その実験教育のひとつに、生後6カ月間だけ、フランス語のおとぎ話と詩の朗読を6分半、それを毎日1回20分ずつ(6分半を3回くりかえすので)きかせた研究があるそうです。
 そして、日本語がだいたいしゃべれるようになってから、ということは満2歳くらいということでしょうか、幼児に「こんな発音ができますか」とフランス語の、単語をまねさせてみたのだそうです。
 フランス語には、鼻濁音とか、リエゾンとか、日本語の発音にはみられないような独特のいいまわしがあります。そういうものが、生後6カ月間だけきかされただけで、記憶として残っているものなのかどうかを調べてみようというわけです。
 私はまだその結果がどうであったかについてくわしくは知りませんが、その子はフランス語のような発音をしたそうです。しかし、たとえばボルトマンというスイスの比較形態学者がいっているように、人間が「生理的早産動物」であるとするならば、生まれて間もない赤ちゃんはまだ胎児なのだといういい方もおかしくないかもしれません。つまり体外胎児です。そういう時期に、たとえば井深さんがやっているようにフランス語のような特別のテープをきかせるという方法は、まだほんとうの胎児のときにテープをきかせるのと同じようなのではないか、という考えかたも否定できないかもしれません。
 ただ、ひとこと申しそえておくと、このような話を紹介すると、教育というもの、とくに外国語を教えるのは「早ければすべてよし」と考える人もいるかもしれません。しかし、胎児期は、どうやらリズムが中心で、羊水中では、発声することは当然できませんし、能力も未熟で限られていますので、意味がないのではないでしょうか。その上語学力はある程度は遺伝が関係することを忘れてはいけません。また、脳で処理できないほどのたくさんの刺激もよくありません。あくまで自然に、赤ちゃんの育つ力、学ぶ力、すなわち学ぶ、まねるプログラムを円滑に働かせるようにすることが大切なのです。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。



Copyright (c) 1996-, Child Research Net, All rights reserved.
このホームページに掲載のイラスト・写真・音声・文章・その他の
コンテンツの無断転載を禁じます。

利用規約 プライバシーポリシー お問い合わせ
チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)は、
ベネッセ教育総合研究所の支援のもと運営されています。
 
掲載:2001/09/21