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小林 登文庫
小 論 ・ 講 演 選 集


医療・医学に関する小論・講演(1999年以前に発表)

「優しさ」には科学の裏付けがある
1993 日経メディカル Vol.22 No.3

 小児医療、母子医療にたずさわる医師たちが最近心を痛めていることは、自分の子どもを愛せない母親が増加しているという点だ。これは、出産する婦人の数も減り、少子社会が到来している事態とも無関係でないと思う。社会全体が育児面で母親をサポートするシステムが充分でないことに原因がある。極端にいえば、子どもを育てるために必要な「優しさ」というものが、社会全体から消えつつあるような気がしている。

「優しさ」に治療効果
 1989年にパリで開かれた国際小児科学会で、南米の医師が多数の栄養失調児に対する治療成果の講演を行ったのを聞いて、非常に感激した。通常の入院治療法のほかに、ボランティアなどを使って優しく治療すると、薬物を使用するのと同様の効果があったと言うのだ。栄養状態の改善速度も、感染症で死亡する頻度でも、優しくされたグループが優れていて、当然感染症で死亡する小児もなくなった。
 患者は、「優しさ」に飢えた状態にある。米国では出産時のエモーショナル・サポートが分娩時間を短くし、産婦の大出血とか、新生児の仮死などの合併症の頻度を減らすことが可能だという研究がある。最近ではガンの治療成績にも患者の心理状態が影響すると言われ始めている。
 小児科医は以前から愛情に飢えた状態で育った小児に、成長不全などの障害が多いことを経験的に知っていた。しかし、「優しさ」が死亡率を変えるほどの効果があると評価出来るようになったのも、医学・医療レベルの向上に負うところが大きい。

共感できれば情報も増える
 「子どもを愛せない」母親が出て来たことは、「優しさ」に飢えている状況が社会全体に広がっていることを意味していると思う。最近、NHKの放送の合間や番組で子守歌が放送されたが、母親達から寄せられた感想を見ると、小児だけでなく自分達も気分が落付き慰められたという答えが多く、とても印象的だった。「優しさ」を科学する事によって、医学・生物学的な意味付けをはっきりさせたい。当然、医学教育にも何らかの形で「優しさ」の重要性を盛り込む必要がある。
 東大にいた時、4〜5年の学生の実習を担当した事がある。小児科病棟にいる患者の母親を30分間問診させたのだ。問診によって、患児のどこが悪いのか、そしてどこまで深い情報を知る事ができるかをテストしてみた。その結果、重要なのは患者や家族にどこまで共感できるかという点にある事がはっきりした。言葉のやり取りの中で、共感を持つ優しい言葉を選ぶことの大切さを教えた。彼らはまぎれもない秀才だ。しかし、それだけでは医師は務まらない事を自覚させたかった。「優しさ」を持って患者に接し、そこで共感することが出来れば、患者や家族から得られる情報は飛躍的に増大するものなのだ。
 「優しさ」は情緒的なヒューマニズムやセンチメンタルリズムの問題だけではなく、薬物と同じように治療効果を持つ。医療は「優しさ」をもっと積極的に評価すべきだと思う。(談)


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キーワード: 母子医療、「優しさ」 掲載: 2005/01/28