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小林 登文庫
小 論 ・ 講 演 選 集


医療・医学に関する小論・講演(1999年以前に発表)

コンサルテーションからリエゾンへ
1993 周産期医学 Vol.23 No.10

 小児科医として筆者は母乳哺育ばかりでなく大変僭越であるが、他の領域の分娩にとっても、エモーショナル・サポートが重要であることを強調してきた。それは、留学中にわが子の出産をむかえるという個人的な体験で実感したこともあるが、文献を読んでみると、欧米で強調されているほどわが国では、この面について取り上げられていないと思ったからである。この特集も筆者が提案したもので、その責の一端を果すべく、ささやかな知見を整理して序としたい。
 リエゾン精神医学は、欧米で行われているコンサルテーションからはじまったものなので、まずコンサルテーションから書き始めることにする。わが国の医療の現場でも欧米のように、コンサルテーションという言葉やその実践が見られるようになって久しく、めずらしくなかったが、それでもまだまだという実感を持っているのは筆者だけではあるまい。
 そもそもコンサルテーションconsultationという言葉は、医師や弁護士などの特別な職業の専門家の意見を聞くことを意味する。はっきりと医師に診察してもらうという意味で、コンサルテーションという言葉が用いられるようになったのは17世紀である。
 少なくとも17世紀以前は、現在の医療から見れば医師とはいえない、あるいは関係ない人々、僧院の人々のような宗教的な立場の人々が、病める人・傷ついた人をみていたからである。
 しかし、17世紀に入り病院がつくられ、医学教育がある程度体系づけられ、医師という職業が現れ始めたのである。さらに専門分科が進み、少なくとも内科医、外科医などの専門性ができ、やっと18世紀に入って医師の職業としての社会的地位が確立したのである。やがて19世紀に入るとコンサルテーションは、現在医療の現場でいわれているような意味で用いられるようになった。すなわち、ある患者をみている医師が、他の医師に自分の患者をみてもらい、専門性の高い意見を求めることである。特に最近では医療過誤を防ぐ目的で、第2、第3の見解を求めることに、このコンサルテーションが利用されている。したがって、コンサルテーションする場合には、自分より専門性の高い医師に求めるのが一般的である。
 イギリスでは、コンサルテーションを受ける医師はコンサルタントconsultantと呼ばれ、特別の地位にあり、顧問医、併診医、相談医などと訳されている。特定の病院、特に設備の良い医学教育も行っているような病院、すなわち大学病院に登録されているが、実際の医療の直接的な責任はとらず、病院専従の担当医師(ハウス・オフィサー、レジストラーなどと呼ばれる)の要請に応じて助言・指導する立場にある。こういったコンサルタントは、私的に診療所を持ち、患者を診察し、入院の必要のある患者は上述の登録した病院に入院させることができる。したがってコンサルトの収入は、わが国でいえばいわゆる開業によって得ていることになる。コンサルタントは大学教授やそれに準ずる立場の医師で、わが国には全くない体系の中にある。しかし、イギリスの大学病院に専従する大学教授のように教育の責任はなく、一般に経済的にも恵まれている。また、大学の教授に招聘されても辞退するコンサルタントが少なくないようである。
 筆者がイギリスに留学していた1960年代当時、イギリス王室の皇太子の侍医は、Sir Sheldonであったが、ロンドン市内のハレー・ストリートに診療所を持ち、上流社会の子ども達を診ながら、Hospital for Sick Children, Great Ormond Streetのコンサルタントであった。そこには、ロンドン大学の伝統的な Sir Fredrick Still Professorship の教授として、A.Moncriffが在職していた。
 アメリカでは活発にコンサルテーションは行われているが、コンサルタントという言葉は用いられていない。留学していた1950年代はそうであったし、現在もそうであろう。むしろ、アテンディング・フィジシアン“attending physician”と呼ばれている。しかし、実情はコンサルタントと同じであるが、登録した病院に入院させた患者の診療に対して、またレジデントの教育についてイギリスと同じように、さらには、より大きな責任をとっているように見えた。ここでいう、アテンド“attend”とは「気をつける」「世話をする」などの意ではなかろうか。
 アメリカやイギリスでコンサルテーションが強調されている理由の第1は、患者中心の医療だからであろう。わが国では医学部からはじまった大学紛争後になって、医療が患者中心に捉えなおされはじめ、最近になってQOLクオリティ・オブ・ライフが強調されているものの、その基盤になるコンサルテーションの実情はまだまだ未発達のように見える。
 筆者は医師の意識にも要因があるのではないかと思う。欧米でコンサルテーションが強調され、活発に行われているのは、ヨーロッパの人権思想の流れと無関係でないと思っている。患者の人権、さらには健康の権利をわれわれ以上に、欧米の医師は大切に思っているのである。もちろん、その裏には、患者から訴えられる場合を考えている点もなくはない。自らの医療行為の正当性をコンサルテーションにより、複数の専門家によって確認するのである。
 欧米の患者中心の医療の中では、当然のことながら、患者がいかなる疾病にかかっていようとも、その心の問題を考えざるを得ない。それには、臨床心理の専門家や精神科医へのコンサルテーションの重要性が大きくなってくる。そんな流れの中で、コンサルテーション・リエゾン精神医学、さらに、単にリエゾン精神医学という考え方と実践が、1970年代のアメリカで始まった。すなわち、単にある時点での患者の精神医学的な問題を診察し、その見解を述べるだけでなく、受持医と共に精神心理的な治療を、同じ診療の場で連続的に実施し、本来の疾病の治療を支援するのが、コンサルテーションから一歩前進したリエゾン精神医学といえよう。
リエゾン “liaison”はラテン後の“ligtionen”からできた言葉で、フランス語で“ligare”すなわち「結ぶ」 “to bind”であり、17世紀中頃に英語圏に現れている。
リエゾンにはいろいろな意味があって、「ソースを濃くする」、「密なるつながり」、さらには「男女の不法な仲」などである。音声学では「協和音を母音閉鎖ではじめて続ける」、そして軍事学では「同じ軍隊の協力」であり、その役割を果すのがリエゾン・オフィサーである。このような言葉の意味を考えると、リエゾン精神医学の目的が明らかになろう。精神医学の理論と技術を駆使して、ある患者に対する医療の濃度をたかめ、QOLを豊かにすることでもある。
 医療技術の高度化、先進化に伴って、患者は長期にわたり機械的な環境、極言すれば「非人間的な環境」の中で治療を受け、自らの病と戦わなければならない場合が著しく多くなっている。このような状況下では、患者の精神状態はストレスにより著しく影響を受ける。さらには患者の家族はもちろんのこと、現場で働く医療職員にも精神的な問題が起こり得るのである。ここでいう先進的な問題とは、当然のことながら心理的、さらに行動的な問題であり、医療行為そのものに対する理論的な葛藤、患者と医療関係者や職員との間の感情的な摩擦などまで含まれるのである。そういった問題の中に、精神科医が入り込み、精神医学的な手法で患者のみならず、患者を取り巻く人々をサポートし、本来の医療行為の効果を高めるのである。
 特に、いわゆる集中治療室(ICU)、心臓疾患集中治療室(CCU)、術後回復室などの高度に機械化された病棟、死と対決する癌病棟、さらに精神的影響を受けやすい妊産婦に対する医療の中で、リエゾン精神医学は発達したのである。方法論としては、単なる薬物療法ばかりでなく、心理療法、行動療法、さらに教育的なミーティングなどが用いられているようである。
 周産期を精神医学的に見ると特異で、本誌で多くの執筆者によって取り上げられているように、いろいろな要因が指摘されている。一言でいうならば、内分泌学的な大きな変動の中で、母親は新しい生命をこの世に送りだし、特に初めての出産の場合には、身体的ばかりでなく、個人的、家庭的、社会的な心理プレッシャーの中で子育てを始めることになる。したがって、リエゾン精神医学の果す役割は大きい。
 本特集を機会に、わが国でも産科医療のリエゾン精神医学の研究と実践がより活性化されることを、産科のあとを受けて子ども達に関係する小児科医として、切に祈るものである。


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キーワード: リエゾン精神医学 掲載: 2005/01/28