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小林 登文庫
小 論 ・ 講 演 選 集


医療・医学に関する小論・講演(1999年以前に発表)

周産期医療システムの未来学に期待する
1994 周産期医学Vol.24、 No.1

 「周産期医学」誌が、「周産期医療システムの未来学」と題して特集を企画されたことは、小児科医として喜ばしく思う。同時にまことに時宜を得たものであって、その意義は大きいものと信ずる。21世紀にむけて、わが国の医療全般をひろく捉えなおさなければならない時にあるからである。なかんずく、小児医療は、そんな中で周産期医療システムをふくめて、新しい観点から考えなければならない。
 しかし、周産期医療システムのこれからを考えるとなると、よって立つ新しい観点とはなにか、に対する答えは、いろいろと複雑な要因がからんで、簡単ではない。むしろ、わが国を代表する周産期医療の関係者によって書かれた、本特集の論文の中にそれが求められる。ここでは、筆者の考えていることを思いつくままに述べて、本特集の総論の序、序文の序となれば幸いである。
 わが国では、1965年から1975年の10年間にみられた周産期医療の向上には素晴らしいものがあった。出生児1,000に対する周産期死亡率が30.1から16.0と激減し、ほぼ1/2になったことも明らかである。その原動力になったのはまず新生児、未熟児に対する医療施設が整備されるとともに、未熟児医療システムの地域化rationalizationが進められたことであろう。その上、産科と小児科のバリアが低くなり、未熟児医療が周産期医療へと展開する流れが大きくなったこともある。
 すなわち、未熟児医療を専門する病棟の開設やインキュベーター、モニター、さらに呼吸管理の危機などの改良や設定があげられる。そして、地方自治体などが、新生児、未熟児医療のセンター的な施設を設立し、交通網などを勘案して、患者の輸送システムを設備したことも大きい。
 さらに、周産期医療システムへの展開である。すなわち、産科病棟と新生児・未熟児病棟をひとつの医療システムとして機能的にドッキングして、ハイリスクの妊婦や分娩に手際良く対応し、胎児や新生児の医療に対応するハードウェアばかりでなくソフトウェアが整備され始めたからである。
 こういった流れの中で、先導的な役割を果したのは、どちらかというと地方自治体や私立大学、あるいは日赤などの総合病院であり産院である。 このような周産期医療システムの確立によって、胎児が1日でも長く子宮内生活をすることにより、未熟児の死亡率やインタクト・サバイバルの可能性が高くなったと言えよう。
 しかし、この1960年代に作られた新生児医療や周産期医療システムのハードウェアやソフトウェアがそのままで良いというわけではない。周産期死亡率、特に乳児死亡率が著しく改善され、世界のトップになったにもかかわらず、妊・産婦死亡率は欧米先進国に比して依然として高い事実は対応の必要性を示すものといえる。
特に、医療のあり方は勿論のこと、社会面でも大きく変動しつつある現在、今や周産期医療システムそのものを捉えなおし、21世紀に向けより良いものにしなけばならない。ここに、本特集「周産期医療システムの未来学」の意義があると、筆者は思うのである。
 「周産期医療システムの未来学」の背景にある、社会や医療について考えるべき点とはいったい何であろうか。
 まず社会的に見れば、女性の社会進出、就業率の上昇、これらが原因の全てとはいえないが、晩婚化による出産率の低下である。したがって、誕生した命は尊重され、成育させなければならない。
 第2の医療面で見るならば、産科医、胎児医学、そして新生児学の進歩と、それに関係する機器の開発、改良さらにハイテク化がある。それが、例え出生体重1,000g以下の超未熟児であっても、生存率は勿論のこと、インタクト・サバイバルの可能性を著しく高めたのである。すなわち、現在の出生体重による成育限界が、著しく低くなったのである。
医療面で付言するならば、QQL(quality of life)など、医療の人間化を進める科学基盤を得たことである。すなわち、神経・心理内分泌学および免疫学(neuronーpsycho endocrinology and immunology)の進歩は、「優しさ」を科学して、医療の人間化は薬と同じような効果を示すことの基本的生理学を明らかにした。周産期医療でのこの立場は、エモーショナル・サポートが分娩時間を短縮し、オキシトシン使用量を減らし、産褥熱とか新生児感染症などの感染合併症の頻度を低下させるのである。
 上述の社会的な面と医療的な面はお互いに相捕的であり、周産期医療システムの現状を捉えなおした上での新しい視点で、施設や機器の整備、制度や搬送体制の改善などが重要なことは当然である。そして、周産期関係者の教育、特に、妊・産婦の精神・心理を強調したそれが大切である。
 しかし、上述のハードウェアの整備、改善だけでは済まされない問題がある。特に上述の社会面から見て、ハードウェアに到達する前のインフラストラクチャー、すなわち母子保健など周産期の保健活動をより良いものにする必要がある。これらの保健活動は妊婦や分娩の合併症や未熟児の出産予防につながるからである。周産期医療自体の整備・改善によって、胎児の子宮内生活を1日でも延長するようなこと以上に意義が大きいことは明白である。それをさらに有効にするには、学校での保健教育も重視されなければならない。
 第1に最近になって、国立大学や小児病院にも遅れ馳せながら周産期医療を取り込む、あるいは確立しようとする流れが見られるのは喜ばしい限りである。すなわち、国立大学病院に母子医療センターとでもいうべき施設をつくる計画である。それは九州大学病院をはじめいくつかの国立大学病院で機能しているものであるが、小児科・小児外科・産科などが中心となって、他科に入院している子ども達を集約し、周産母子センターとした診療体制である。文部省が大学病院全体にこのようなセンターを設立する方針を決めたという。
 わが国では残念ながら、小児病院が学部教育から離れている現実を考えると、医学教育という点でも大きな意義がある。講座制のはざまで真の母子医療、小児医療を実践し、教育し得なかった現状は大幅に改善されることになろう。医学・医療のあらゆる面で先導的な役割を果している大学医学部の全面的支援を得て、わが国周産期医療システムの中で大きな役割を果すに違いない。
 第2は、小児病院の新生児・未熟児科が産科をとり込んで周産期化をすすめるという動きである。神奈川県立こども医療センターでは、それができ機能し始めている。大阪府立母子保健総合医療センターもそうであるが、新生児・未熟児医療から始まって、小児医療と産科医療をとり込んだ経緯がある。国も「成育」という、まったく新しい視点からライフサイクルを勘案して、胎児期・周産期・小児期・思春期の医療問題の全てに対応できるナショナルセンターを検討し始めている。
 小児病院が産科をとり込み、周産期医療の一翼を担うというのは、小児の総合医療を提案する立場から当然期待されるところである。わが国にはいわゆる小児病院およびそれに準ずる施設は22あるが、そのほとんどが筆者のいう孤立型であって、ヨーロッパで全世紀につくられた小児病院が原型である。これに反し、アメリカにみられる小児病院は、総合病院なり大学病院に隣接して存在し、総合医療の支援を受けながら、小児医療、周産期医療を実践している、筆者のいう複合型である。
 当然のことながら、小児病院に単に産科を組み合わせただけでは良い周産期医療システムは期待できないであろう。それは、この種の施設では、糖尿病なり高血圧なりの特殊な疾患を合併した妊婦や分娩に対応しなければならないからである。したがって、少なくとも内科、できればある程度の総合医療サポートがなければならない。しかもそれは特殊であり、専門性高く、高度な医療技術を必要とする。ある意味でこの種の施設でのみ育つ専門性といえよう。
 わが国の小児病院の中にも30年の歴史を迎えようとする施設も出始めている。したがって、乳児期に手術をしたり特殊な薬剤を投薬しつづけていたりして成人に達し、女性では妊娠をむかえはじめる事例もあり、それへの対応も問題になり始めている。また、わが国では空白ともいえる思春期医療への対応も求められている。それは、周産期医療とも深くかかわってくるのである。したがって、周産期医療への展開と共に自らのあり方を考えなければならない時なのである。


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キーワード: 周産期医療、小児病院 掲載: 2005/02/25