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 学びとデザイン研究室〜Learning and Design〜

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振る舞いのデザイン・居場所のデザイン

旭山動物園は、北海道旭川市にある市立動物園。話題の動物園としてしばしばテレビにも登場している。わたしも「ペンギンの散歩」の様子をニュース番組で目にし、行ってみたいと気になっていた。「博物館におけるコミュニケーション」をテーマにしたフォーラムで、獣医でもあるこの動物園の副園長さんのお話を聞く機会があった。動物を展示することについての考えの一端にふれ、寒い土地で生まれた動物たちに雪の季節のうちに会いたいという思いがますますふくらんだ。思い立ったら即行動が幸運の秘訣だとか。副園長さんのお話からわずか2週間後、わたしは雪の旭川にきていた。

* * *

旭山動物園でワクワクしたのは、1)北極熊の水泳、2)ヒョウの腹の毛、3)ペンギンの散歩、4)アザラシのひなたぼっこ、5)看板や解説などの掲示物。これらがなぜわたしの気を惹いたのかを整理しながら、この動物園の楽しさの秘密、すなわち展示─動物の見せ方のデザインについて考えみたい。

1)北極熊の水泳 ─プールの中のできごと
「ほっきょくぐま館」に入って最初に見える風景は水族館に似ている。巨大な水槽を横から見ることができる。これは北極熊のプール。両手を前に出し、あっちへこっちへと壁を蹴って、白い毛をなびかせながら泳いでいる。楽しくてしかたがないといったふうに見える。とても優雅で楽しそうだ。これまで堀をはさんだ遠くのほうでごろりとしている北極熊しかみたことがなかったので、これにはおどろいた。水の中の北極熊の様子なんて今まで想像したこともなかったのだから。

2)ヒョウの腹の毛 ─ヒョウの好きな場所
ヒョウの暮らすオリはこれまでに見たことのない形をしている。一部が地面から2メートルくらいのところへと斜めにせり出しているのだ。木の上でのんびりするのが好きなヒョウは、少し高くなっているこの場所で座っていることが多いとか。やわらかそうなおなかの毛が金網の隙間からふわふわと出ていた。肉球にだって手が届きそう。ヒョウは高いところが好き、その高いところが観客から近い位置にある、それだけのことなのだそうだ。「それだけのこと」には、動物の習性をよく知っているからできたデザインへの知恵と、動物たちをいかに見てもらうかという工夫がつまっている。

3)ペンギンの散歩 ─誰にもたのまれずに
動物園には「ペンギンのショーは何時からですか?」という問い合わせがくるらしい。でもこれはショーではなく散歩なのだそうだ。オリの戸をあけると、ペンギンたちは待ってましたとばかりに歩き出す。園内の通路をペッタペッタと歩いていく。折り返し地点には小さな雪の丘があって、そこにスライディングしてバタバタと羽をうごかしたり、くちばしを空に向けて背をのばしたり、思い思いに遊んでいる。ペンギンたちが「歩く」以外の動作をするたびに観客から歓声がおこる。こうした人々の反応をみているとたしかにショーのようだ。でもペンギンたちがいろんな振る舞いをするように誰かが指示しているわけではない。ひとしきり遊んだらまたもとの道をひきかえして自分たちの住まいへともどっていった。この間およそ1時間くらいだろうか。誰も先導していないし、誘導していないし、強制していない。ペンギンは散歩の機会と場を用意してもらっただけなのだ。

4)アザラシのひなたぼっこ ─こんなに近くに
マリンウエイと呼ばれる円柱水槽をアザラシが通るとき、アザラシが泳ぐ姿をとても間近に見ることができる。これが「あざらし館」の特徴のひとつ。それよりも釘付けになってしまったのは、岩場に寝ころぶ姿。手を伸ばせば触ることのできる距離でアザラシたちが丸々とした体を並べている。頭と後ろ足をクイとあげて横になり、となりのアザラシが移動しようとすると前足で相手の身体をちょんちょんとつついている。アザラシはごろごろしているだけなのだけど、近くにいるというだけで、じっと見てしまう。気がつくとずいぶん長い時間観察していたようで、そのごろごろにもいろんな動きがあることが見えてきた。

5)看板や解説などの掲示物 ─伝えたいことを手作りで
旭山動物園では、解説の掲示がとても目に付く。理由を考えてみたら、それらはすべて手描きなのだ。写真はまるく切り抜かれ、カラフルなマーカーで丁寧に書かれた文字とともに自由なレイアウトで提供されている。ついつい見てしまうし、ついつい読んでしまう。伝えようとしている人がいることを感じさせてくれる解説だ。聞けば、これらはすべて飼育係の方々による手作りなのだそう。動物も楽しそうだが、そこに働く人もきっと楽しいのだろうなと思えるキャプションだった。

こうして気になったことの理由をふりかえってみると、旭山動物園の魅力は、「動物の振る舞いのデザイン」「動物の居場所のデザイン」「動物の見せ方のデザイン」にあることがわかる。これらはすべてとても自然になされていて、そこでは決して動物たちを誘導したり強制したりしていない。

案内してくださった獣医さんは、説明のたびに「こういう習性なので、こうすればこうするとわかっていましたから」と、どの動物についても何を用意すればどうふるまうかを十分に理解した上でのデザインであることを話してくださった。そして自然な環境を用意するというのは、野生動物が本来暮らしている環境にあるときと同じ行為ができる状況を用意してやることです、ともおっしゃっていた。

* * *

ショーかと誤解してしまいそうなほどに魅力的なペンギンの散歩や北極熊の水泳も、動物たちが自分たちの習性に従って好きなように振る舞い、与えられた環境の中で楽しく暮らしてしていることの一部にすぎない。観客である人間は、日常の様子を見せてもらっているだけ、ただしそこにはたくさんのしかけがかくされている。旭山動物園は、動物たちにとって居心地のいい場所をデザインし、動物たちにとってやりたいことができる状況をデザインし、人がそれを見やすいように提供しているということなのだろう。「状況のデザイン」「行為を誘発するデザイン」とはこういうことなのだと実感した。

ワークショップや博物館における学びをデザインすることを、わたしは「かかわりのデザイン」「きっかけのデザイン」「しかけを用意する」と考えたり表現したりしている。こちらが用意するのはあくまでも「しかけ」であって、あとは参加者が好きに楽しんでもらえればと考えているし、その場が楽しい経験を提供する時間と場所になるようにと企画している。それでも、そこに誘導がまったくないのかと問われれば、返答に困りそうだ。これから、自ずと楽しんでしまうような環境をデザインしようとするときには、「旭山動物園ならどんなふうにするだろう?」と自分にちょっと問うてみようと思う。


*少し意外なようですが、動物園も博物館の一種。美術館や歴史博物館と同じく、博物館法で定められています。展示されているのはもちろん動物たち。

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旭山動物園
http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/files/asahiyamazoo/sc02.html

この動物園で飼育係をしていたあべ弘士さんの『どうぶつえんガイド』(福音館書店1995年)という絵本はオススメです。美しい絵とともに動物たちの特徴や習性が紹介されていて、すべての動物がとても利口に楽しく生きているように思えて、ますます動物たちに会いたくなります。
(2005/03/11)

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