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こどもサイエンストーク
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リフレクション

「人間も自然ととらえる視点」 宮下孝広

 「お母さんと目元がうりふたつ」「足が速いのはお父さん譲り」。親戚などが集まるとよく聞かれる会話である。子どももこのような会話を通じて「似ている」ことに関する知識を持っているはずであり、「似ていない」ことも含めて、このことを「なぜ」と考えてみたことのある子も少なからずいることと推察される。では、子どもの持っている知識とは何か、どのようなことに疑問を持つのか。

 もちろん子どもの経験から構成される知識は断片的なものにとどまっていることが多く、与えられた問題について自分なりの問題意識を持つようになるには、異なる文脈で獲得された知識を新たにつなぎ合わせる場と、そこで自分の持つさまざまな知識を再構成する機会が提供されなければならない。当日提示された資料や問いはそのような意図を持つものであった。

 新学習指導要領によれば、細胞・生殖については中学校の理科第2分野で取り扱い、親の形質が子に伝わることにも触れられる。遺伝については高校の生物で本格的に取り扱うことになっており、染色体、遺伝子、DNAといった概念が導入される。従って、それ以前の小学校4・5年生の参加者はこのような科学的な知識を持たないことが前提条件であった。ただし、さまざまなメディアを通して「遺伝」「遺伝子」といった知識は子どもたちもインフォーマルに耳にしており、「似ている・似ていない」現象がこれらに関連していることは理解できると予想していた。

 しかし、「似ている・似ていない」現象が「遺伝」というメカニズムによるものであり、「遺伝子」がそれを媒介することを子どもたちの知識のなかから掘り起こすことは、残念ながらできなかった。納豆の例から「遺伝子組み換え」作物に目を向ける発言が出てくれはしたが、それをもとに遺伝子の働きにまで十分につなげることはできなかった。単純に子どもに知識がなかったということもできるかもしれないし、もちろんナビゲーターの理解不足と準備不足の結果でもある。

 ただ、「似ている・似ていない」という人間にまつわる話題を「遺伝」のメカニズムや「遺伝子」の働きとして、つまりは自然界で人間の思いとは無関係に生じている現象としてとらえさせることの難しさがその背景にあり、それは我々の身近にある事象を科学的に理解すること一般に通じる問題なのだと考えることもできよう。

 一方で、サルストン卿によるコップを使った減数分裂の際の遺伝子の組み換えの説明や、安藤先生による財布を使った量的遺伝子の効果の説明など、「遺伝」の多様性を産み出す仕組みについては子どもたちによく理解されたと思われる。的確な比喩が子どもたちの理解を導く実例となったのではないだろうか。



「子どもが『遺伝』を考えるとき」 沢井佳子

 「こどもサイエンストーク」の冒頭で、宮下孝広先生が子どもたちに「遺伝に関する言葉」を知っているかどうかをたずねた時、ほぼ全員の子どもが、「DNAやクローンという言葉を知っている」と答えました。先端的な科学の術語は「耳慣れた言葉」であったようですが、DNAが入っている染色体のことや、一卵性双生児が天然のクローンであることは、知らない子どもがほとんどでした。その後、安藤寿康先生が「行動遺伝学」の専門から、「ヒトの性格や行動の仕方は遺伝する」という話をしました。ビデオで「一卵性双生児のきょうだいが、同じ環境に置かれると、別々の所に居ても、そっくり同じ行動をする事例」を見せると、子どもたちは笑いながら映像を見て、安藤先生のお話を楽しんでいました。しかし、その解釈はというと、子どもの理解の仕方は、さまざまに分かれたのです。

 レクチャー後に、子どもたちにインタビューをしたところ、「心も遺伝すると思いますか?」という質問には、11人中6人が「心や性格も遺伝する」と答えましたが、3人が「遺伝しない」と答え、2人は「人によっては、遺伝するかもしれない」と答えています。

 「心や性格は遺伝しない」と言う子どもの理由は、「自分と家族を比べると、身体的に似ていても、性格は似ていないから(小4女子)」、「人間はひとりひとり違う心を持っているから、心は遺伝で決まらない(小5男子)」などというものでした。つまり、「遺伝=親に似ること」だと解釈し、身近な親子きょうだいの「違い」は、「遺伝の反証」と見なされやすいことを示しています。

 発達心理学者のピアジェは、「子どもは発達初期の段階では、物同士の相違に注目し、発達が進むにつれて、両者の共通性に注目するようになる」と述べていますが、家族という身近な社会の中で、子どもが、親子やきょうだいの違いに着目しがちなのは、発達上自然なことかもしれません。また、「心は遺伝する」と答えた子どもも含めて、その感想をよく見ると、「遺伝子の組み合わせの多様性が、人間の個々の性質を違ったものにしている事実」は、「違うこと」と「似ていること」を対立させがちな子どもには、理解しづらかった様子が読み取れます。「遺伝によって、親と違ったり、似たりする」という概念モデルを与えるには、さらなる仕掛けや配慮が必要なのかもしれません。

 今回のサイエンストークをきっかけに、種のレベルで遺伝を考えた子ども(小5男子)もいました。「アダムとイブは誰から(遺伝子を)受け継いだんだ? その人たちは、どこから来たんだろう?」神話時代から進化論に至る普遍的な疑問が、子どもから出されたわけです。サイエンストークの第二弾の出発点が、見えたように思えました。

 そもそも、科学は、哲学であった昔から、対話を通して思考されてきました。対話はまた、語り手と聞き手の知識や思考スタイルの隔たりを垣間見せてくれます。対話のやりとりこそが、子どもの偏見や思い込みを掘り起こし、疑問を解剖する楽しみを生むのかもしれません。サイエンストークを、「対話しながら思考する場」として、どのように設計してゆくのか…?子ども達の声を聞きながら、それを考えるのが、ますます面白くなりました。



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