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中国幼児教育レポート
我が子が通った北京のエリート幼稚園から見た現地の幼児教育事情

劉 愛萍 (日中教育研究交流会議 会員)

■“小皇帝”は実在するのか

 「一人っ子」政策が実行されてはや20数年。その間、「一人っ子」=“小皇帝”と揶揄されるように、中国の育児事情をめぐって深刻な社会問題と化しました。事実上6人(父母と双方の祖父母)が一人の子どもを甘やかすなか、「子どもにすべてを与える」と、親による過保護が一般化し、その結果、「自主性の欠ける子」「自己中心で、わがままな子」「思いやりのない子」が増える一方だとマスコミが警告しています。

 一方、子どもの英才教育に異常なほど熱心に取り組む親も多くいます。大都市の小中高生の場合、たとえ裕福な家庭でなくても、塾に通わせたり、家庭教師をつけたりすることが普通です。就学前の子どもの場合、「我が子を賢くしたい」「天才児に育てたい」と願って、子どもに付き添って英語教室やピアノ教室等に通う親も多くいます。
 最近では、子どもに専門知識のみならず、賢い生き方も養ってもらおうと、住み込みの大学生家庭教師を雇い、勉強の仕方やリフレッシュの仕方まで子どもに見本を示すという新しいスタイルの家庭教師の需要も増えています。

 このような中国の「親バカ物語」を身をもって体験したのは、2002年からの1年半あまり北京に滞在したときのことでした。


■現地の幼児エリート教育の実態

<教育こそ幼稚園の役目!?>

 育児休職中、北京に滞在していた私は、長男(当時4歳)を現地の幼稚園に入れようと、地元の人々のように「ああでもないこうでもない」と色々悩んだり調べたりするうちに、その実情をより身近に知ることとなりました。
 北京の幼稚園では、福利を目的とする「公立幼稚園」、営利を目的とする「私立幼稚園」、その中間にある「民弁公助幼稚園」の3種類があります。私立幼稚園は値段が高いが、エリート教育で、サービスも設備もよく、様々な専門カリキュラムがあることから高い人気を呼んでいます。
 もともとは北京でのんびりと過ごすつもりでしたが、「子どものためなら何でもやってやる」という地元の親たちの子どもに対する「愛情」につられ、結局は私も「長男にエリート教育をさせよう」と乗せられてしまいました。
 そう決意し、まずは情報収集。現地の育児市場への認識を深めるいい機会だと思い、ネットや周囲から得た情報をもとに、良いと思った幼稚園約20ヶ所を見学しました。最終的に、毎日の送り迎えを考えて、家に最も近い「北方之星芸術幼児園・右安門園」に決めました。2003年2月頃のこと。それからわが子の「エリート教育」が始まりました。
 朝7:30までに登園し、体操の後に朝食。それが終わったら早速お勉強に突入します。きちんとしたカリキュラムに従って、「言語」(唐詩の暗唱、識字など)・「科学」(数の計算、実験など)・「芸術」(美術、造形、音楽など)、「英語」の4分野について、ぎっしりと勉強項目が設けられています。お昼を食べたらお昼寝。午後はモンテソリー教室や、英語教室、ピアノ教室、ドラム教室などのお稽古を希望にそって行います。そして夕方17時、一日お勉強で「満喫」した園生活が終了するのです。

<子どものお勉強に「鬼と化した」親たち>

 これでも物足りないと思う親が大勢います。「うちの子にもっと英語を勉強させたい」「いつになったら算数を教えてくれるの?」「どうすればうちの子もピアノ演奏会に出られるの?」など、園内でよく耳にする親たちの話です。また、そのために多額のお金を投じているのも事実。幼稚園に入れる費用だけでも最低で年間3万元を下回ることはなさそうです。その親たち皆が高所得層(世帯年収10万元以上)と仮定しても、収入の相当な部分を子どもの教育に費やしていることは確かです。

<子ども市場の暴利>

 いま、このような親心につけこんで、法外な教育費を徴収するなど子ども市場の暴利が社会問題として大きく取り沙汰されています。政府の取り締まり強化や保護者の不満を横目に、2003年には子ども市場は暴利市場のワースト2として名が挙げられました。
 とは言っても、周囲の過熱ぶりを見て、やはり私と同様、たとえ不本意でも、もしくは少し無理をしても、その流れに引きずられていくのも極自然の成り行きです。またそれが一層、子ども市場の暴利を増幅させているのも否めない事実です。


■なぜ親たちがそれほど子どもを大事にするのか

 それは、彼らの青春時代と密接に関わっていると多くの専門家が指摘しています。小さい子を持つ親はほぼ私と同じ世代なので、彼らの考え方もよくわかります。
 私が小学校一年生の時、ちょうど“四人組”が追放された時期でした。当時の親たちは、まだ一般的に我が子を裕福にさせる考えもその術もなく、幸か不幸かは別にして、子どもの教育も将来もすべて国が面倒を見てくれる時代でした。しかし、その後の改革開放に伴い、教育改革も広範囲にわたって行われ、また、西洋の文化、哲学、価値観が一気に国内に入り込み、結果として、若者を大いに困惑させた時代でもありました。
 その後の経済成長で、生活水準が一気に高くなり、特に北京や上海のような大都会では、私と同年代の人々は最も裕福を謳歌する世代となりました。そして、物質的にあまり満たされなかった青少年時代を過ごした彼らが子どもを育てる年齢となり、その悔しさから、絶対我が子には不自由をさせない、と子どもに多分な物資を与えることとなりました。また、競争の拡大に従い、我が子の将来に不安を感じる彼らが取った行動は、やはり英才教育を置いてほかはありません。


■今後への示唆

 数年前、中国で「独生子女(一人っ子)宣言」という本がベストセラーとなりました。あるラジオ局の青少年番組に寄せられた一人っ子たちの手紙などを編集したものです。その中に、「私は親になったら、もっと子どもに自由にさせたい」「子どもとたくさん遊んで、お話をいっぱいしたい」「勉強はできなくてもいい、自分の好きなことをすればいい」、…など、一人っ子ゆえの嘆き声が綴られ、一人っ子たちの生い立ちとその苦悩や前向きな姿勢が読み取れました。
 近年、地域によっては一人っ子政策の部分緩和が行われました。大いに「裕福」と「成功」と「孤独」を味わった「一人っ子ブーマー」がはや親になる世代に来ていることが、この問題の最大要因です。
 これから5年もしないうちに、この初代「一人っ子親たち」は中国の育児市場を大きく変貌させるに違いありません。そういう意味で、現実問題として彼らの子どもに、より正確に言えば彼らを相手に、どのような育児商品を提供し、サポートしていけばよいのか、その消費トレンドを見越した商品開発やサービス体制の構築が求められるでしょう。




劉 愛萍(リュウ アイピン)
中国上海生まれ、東京在住。
教育学修士、「日中教育研究交流会議」会員。
1988年来日。日本の大学、大学院で教育学を学び、日中間教育を比較研究。1996年より教育出版社に勤務し、語学事業の立ち上げ、教材編集、マーケティング等を歴任。
2002年次男出産のため中国に一時帰国。その間、長男が北京の幼稚園に通園、中国の幼児教育の実情を身をもって体験した。


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