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−対 談−
未来のアトムは子どもを超えるのか?
小林 登×田近伸和

3  ロボットで知る他者性の価値
小林 私が留学したときの恩師の義理の息子さんである、カルフォル二ア大学の神経内科医が5年ほど前に持ち込んできた話で、赤ちゃんのロボットを作ろうという提案がありました。つまり、育つヒューマノイド・ロボットですな。
田近 それはクリティカルなお話ですね。そうでないとおもしろくないんです。今のロボットがあまりおもしろくないのは、作り終えると育たないことなんですね。つまり、成長しないというのがおもしろくない点なんです。
 ところで、発達や学習の問題は教育と最も絡むと思うんですが、ロボットをやっていて一番難しいのは「他者性」をロボットに持たせることだという話があります。
 例えば、二台のロボットに協調してこの荷物を目的地まで運びなさいというタスクを与えると、一つががんばると、もう一つはサボってしまうことになるというわけです。
 その意味をもう少し読み解いていくとこうなります。二台のロボットが協調するというのは、それぞれのロボットが自分のやっていることと相手のやっていることを理解して協調していくということです。さらに踏み込んで言えば、自分をベースにして相手を理解するということです。相手のポジションというか気持ちというか、相手の世界を自分なりに理解しないといけない。それを「他者性」と言うのならば、「他者性」をロボットに獲得させるのはものすごく難しいと、ロボット研究者は言いますね。
小林 コミュニケーション・システムをつくらなきゃいけない。
田近 そう。つまり、相手の立場に立って自分を眺めるというやり方ですよね。幼児が「他者性」を獲得するのは三つか四つぐらいと言われていますが、それは単純に言えば、相手と対面していて、自分にとっての右手は相手にとって左手だなという理解の仕方ということになりますね。そういうある種のメタ構造をプログラムとしてロボットに持たせるのがなかなか難しく、いろいろな試みはあるのですが実現していない。そして、この他者をどういうふうに理解していくのか、それをどう獲得して自分の中に取り入れるのかというのは、おそらくあらゆる教育の基本だろうと思うんですね。
小林 私は母親と子どものコミュニケーションに興味を持って赤ちゃん研究に入ったんですけど、お母さんが自分の子どもに「いい子、いい子ね」と語りかけると、赤ちゃんの手の動きがお母さんの声のリズムに引き込まれて同調するんです。だから、コミュニケーションの原点はリズムの同調現象だと、私は考えているんです。
 リズムとの同調によってコミュニケーションの場がつくられ、そのセッティングされた場で、子どもは母親が発した言葉を一つずつ取り込んでいく。それは極言すれば、人間は文化を取り込む仕組みとしてリズムを使っているんだという発想にもなるわけです。言葉は文化ですからね。
田近 そういう生命のリズムというのは何なんでしょうか。大脳新皮質的なレベルとはちょっと違うような気がしますね。私はロボット工学の一番本質的な意味合いは、ロボットを通して人間が内蔵している生命の謎の深さに気づくことにあると思っているんです。そこが私の最も関心のあるところなんです。
小林 いや、おっしゃることはよくわかりますよ。生命の本質を無視して人間と全く同じようなロボットはできないだろうということは、私もよくわかります。ただ、今は国際的に大きなうねりとなって脳科学が進歩していますよね。そういう知見がロボット開発の技術に利用されて、今までよりも質のいいものがどんどんできてくる可能性はあるのではないかと思うんですね。
田近 あ、そうですね。それはおっしゃる通りです。実際、脳科学の進展がロボット工学に影響を与え、一方でロボット工学の方からまた脳科学へという動きもありますね。
小林 そう、そう。インタラクティブですよね。
田近 それが一緒に進んでいくだろうと思います。脳の問題がクローズアップされてきたということは、「自我」とか「心」とか、従来、哲学や宗教が扱ってきた分野に21世紀になって科学がようやく向かっているということであって、それをどう扱ったらいいかということを原理的な問題として考察しなければいけないと思います。
小林 やっと20世紀後半になって、精神と肉体とをどのように結びつけて解釈するかという問題の鍵が出てきたとも言えるわけですね。そして、そのことが子どもの研究にも還ってくる。
 本日は貴重な話をいろいろありがとうございました。
田近 こちらこそ、ありがとうございます。

2002年12月15日 パレスホテル立川にて
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