●HOME●
●図書館へ戻る●
●実践保育研修会トップへ戻る●


講演2
からだを動かし脳を育み心を発達させる運動保育援助プログラム
−幼児運動学の視点から−
報告者:柳沢秋孝(松本短期大学教授)

 松本短期大学の柳沢秋孝と申します。これから「体を動かし脳を育み心を発達させる運動保育援助プログラム」というテーマでお話したいと思います。よろしくお願いいたします。
 私は体育の教師で、専門は運動学ですので、脳科学に関してはまるっきりの素人です。ただ、子どもが好きで25年間一貫して幼児期の子どもに関わってきました。子どもと一緒に活動していると、次々に運動が上手くなっていく様子や、その時の目の輝きが忘れられません。そこで、大学授業の合間を見つけては幼稚園へ行き、活動しているうちにかれこれ3,000人以上の子どもたちの運動指導を行ってきました。
 幼稚園へ行き出したきっかけは、25年前に大学の研究者として何かしなければいけないということでした。自分の好きな子どもの研究、その中でも、当時、日本体育学会で誰も取り組んでいなかった幼児期の運動学の研究に着目しました。
 しかし、長年、運動を通して直接子どもに接した研究を行ってきても、「体が丈夫になり、運動ができるようになっても・・・」という評価に留まり、学会では「子どもは動くことが仕事であり本能であるので、このような研究テーマで研究しても・・・」とたしなめられたこともありました。
 この頃から、何かが足りないと考え始めました。「子どもは心身ともに健やかに成長する」という体と精神のバランスの取れた発育が最も重要です。このことを考えると私の研究には「心」の部分が抜けているということに気付きました。そこで、「心とは何なのだろう」「どこで機能しているのだろう」という単純な疑問から、脳科学――脳の発育に興味を持つようになりました。
 ちょうどその6年ほど前に、NHKテレビで脳の特集を行っていました。その番組に養老孟司さんが出ていて、脳は前頭葉で機能している、というお話をしていました。この頃は、まだ前頭葉という言葉をよく知らなかったので、前頭葉について調べてみました。調べるうちに、幸い長野県内に精神生理学者で医学博士の寺沢宏次さん、生理人類学者で脳システム論・脳ホルモンを専門とされている諏訪東京理科大学の篠原菊紀さんがおられまして、お二人にいろいろと質問することができました。そこで、それぞれ専門の違う三人で、専門領域を超えた新しい分野のプロジェクトを結成し、科学的に日本における子どもの前頭葉の発達の遅れを検証しようということになりました。そして、4年前に日本での調査、3年前に中国での調査を行ったことで導き出された結果から、今回、長野県内11保育園の協力を得て私の実験を行いました。
 この研究により、現在社会問題となっている「キレる・荒れる・学級崩壊」などの子どもの感情を司る「抑制機能」において私達が考えていた以上の成果をもたらしました。そして、昨年3月にNHKの「おはようニッポン」で特別番組として放映されました。それをきっかけに、ベネッセコーポレ−ションのCRNのお世話になるようになり、このような機会を設けていただきました。
 私としては、特別なことをしている訳ではなく、ただ、自分が行ってきた研究を学際的に位置づけ、少しでも日本の子どもが昔のように目を輝かせ、子どもらしく跳び回ってもらえる手助けができれば、と考えているだけです。みなさんも私と同じ考えだと思いますので、どうか今日一日、私の話しを聞いていただき、我々大人側から今まで行えなかった運動援助を積極的に行うことで、無限の可能性を持っている子どもたちが、現在の環境においても健やかに成長できるよう援助していってほしいと思います。
このページのトップに戻る

前置きがだいぶ長くなりましたが、本題に入っていきたいと思います。今回の講演の概要は以下のとおりです。
  1. 「運動保育援助プログラム」開発に至った背景
  2. 「運動保育援助プログラム」の概要
  3. 「保育援助における運動が幼児の大脳活動に及ぼす効果の検討〜身体を動かすことを好きな子に育てるための援助〜」研究(2000年度実施)からの報告
  4. 幼児運動学の提唱
この4点をお話していきたいと思います。

 まず一番目の「運動保育援助プログラム」開発に至った背景から始めますが、背景については先ほど前半の方でお話しました。ここでは精神面における問題、体の面における問題の2点についてお話しします。
 今21世紀になり、子どもたちが健やかに育っているのでしょうか。身体の面では、肥満傾向の子どもが多く、高脂血症気味の子どももだいぶ増えてきています。これは1990年あたりから少しずつ徴候が見えてきたのですが、最近になると半数近くの子どもが高脂血症なのではないかと言われる状況に至っています。
 また、精神面(心の面)でも昔では考えられなかったような非常に恐ろしい事件が今、全国各地で起きてきています。どうしてこのような状況になってしまったのかということを、まず精神面における問題という側面から、4年前に行った日本での調査、また3年前に行った中国での調査を紹介しながら話したいと思います。


(図1)
 まずはこの写真をご覧下さい(図1)。ここに写っている機械は"大脳活動発達調査(GO/NO-GO課題)"といわれる実験の器具です。これを簡単に説明すると、右の写真のベニヤ板の向こう側に検査をするスタッフがいて、この左の写真の機械があります。このボタンを押して、赤いランプをつけたり、黄色いランプをつけたりと信号を送ります。また、こちら側には、2人の被検者の子どもがいます。子どもたちの側にも機械があり赤、黄のランプがついています。手にはゴム球を握っています。このランプの赤いランプがついた時にはゴム球を握って、黄色いランプがついた時にはゴム球を握らないという実験です。これは感情の抑制に関する実験になります。簡単に説明しますと、最初に約束事を決め、指示通りそのゴム球が押せたかどうかについて、その間違った回数を集計するという実験方法です。

日本・中国子どものからだ学術調査団の概要
▲クリックすると拡大画像が表示されます
(図2)
 これは寺沢先生がご専門で20年来行ってきた研究です(図2)。この実験の元は、ロシアの心理学者でパブロフが犬の条件反射について実験を行ったものです。犬に餌を見せた時に、だ液が出るか出ないかという実験です。そのパブロフの弟子でルリアという方が、今度は人間に当てはめた実験を100年くらい前に開発したものです。こちらは寺沢先生のご専門になりますので、細かい話はできないのですが、その実験の内容は、先行言語指示法による把握条件反射を用いた実験です。  これには3種類あります。まず、「形成実験」というのは赤いランプがついたらゴム球を握ってもらうもので、それだけを5回行います。2番目は「分化実験」です。今度は赤と黄色2種類の電球を出します。赤いランプがついたら握る、黄色いランプがついた時は握らないという約束事をしておきます。これをランダムに10回行い、間違わずに正確にできるかどうかを実験します。3番目は「逆転分化実験」です。2番目に行った、赤がついたら握るという実験を逆にして、赤がついたら握らない、黄色がついたら握るという実験です。
 これをそれぞれ5回、10回、10回と分け、計25回子どもたちに行ってもらいます。これを一通り終わるのに1人あたり10分かかります。特に小さい子どもの場合には、そのことをしっかり確認できるまで説明しなくてはいけません。このような実験を日本において4年前に信州の国立大学で、3歳から15歳までの子ども500名を対象に行いました。その翌年、99年に中国に行って北京の中国師範大学の3歳から15歳の子ども500名を対象に調査を行いました。
 この時のメンバーが信州大学の寺沢教授と東京理科大学の篠原先生と私の3人で、このデータをとってきました。データは今回のものだけではなく、我々の手もとには1969年に日本体育大学の子どもの研究をされている正木健夫先生が行った実験のデータがあります。さらにその10年後、正木先生と同じ研究室におられる西條先生が同じような実験を行っています。今回の我々のデータと過去20年前、30年前のこれらのデータを比較してある程度の結論を導き出しました。また、中国での調査は17〜18年前に現在信州大学の寺沢先生が行き、やはり500人のデータがとってあります。それから、99年に我々3人でこちらのデータをとってきました。
 結論から言うと、日本の子どもの前頭葉、大脳活動の発達が遅れる、子どもが幼稚化する逆戻り現象が見られる原因は、遊びが全身運動――身体をいっぱい使って行う筋肉活動的なものから、テレビゲームなどの静的なものへと変化したことです。昔はたくさん体を使って動きながら、また子ども同士でコミュニケーションをとりながら、その中である程度の脳の発育というものが見られました。しかし、20年前から現在のような徴候が現れてきていたということが数字でも出てきています。
 この研究から、運動不足とコミュニケーションの減少に、キレたり、荒れたりするという要因につながるものがあるのではないかという結論が導き出されました。
このページのトップに戻る

 この、GO/NO-GO実験は細かく5種類の型に分けて本来は検討していきます。「不活発型」「興奮型」「抑制型」「活発型」「おっとり型」の5種類があります。そのうちの1つである「興奮型」の実験を3回行ったデータがあります(図3)。上のグラフが日本のデータ、下のグラフが中国のデータとなっています。

(図3)
 「興奮型」では、赤いランプがついたら握る、黄色いランプがついたら握らないという実験において、「握らないでください」といった部分で握ってしまう、間違った子たちをここに入れてあります。分かりやすく言うと、赤い信号では「止まれ」、青い信号では「進んでよい」というのは、車を運転する人の間では常識になっています。もし赤い信号でも進んでいってしまったらどうなるか、車を発進させてしまったらぶつかってしまいます。それと同じような条件で、「握らないで下さい」といったところに、握った回数、間違ったパーセンテージをここに掲載してあります。1969年の正木先生のデータでは、一番ピークを迎えるのは小学校2年生という状況でしたが、1979年においてはまるっきり逆転して、低学年はわりと低い状態で、小学校6年生になってピークを迎えてまた下がっていくという状況でした。
 今回行った4年前のデータも20年前と同じような形となっています。ただし、20年前と違うところは、数が非常に増えているということです。つまり、自分の考えが押さえられずにただちに行動してしまう子どもたちが増えているのです。また、今現在起きている、感情を押さえられずに子どもたちが突拍子もない行動をしてしまうということからも、この数字は妥当だと言えるのではないかと思います。
 1969年の調査では小学校低学年で最も高い割合を示していたのが、1979年と1998年においても6年生がピークを迎えるということは、2年生から6年生までの4年間がスライドしてしまっているということになるのです。これは――詳細は後述しますが――環境の変化があるのではないかと思われます。1969年の頃は、子どもたちは積極的に外遊びをしていた時期です。その一方で自動車も増えてきた時期です。この1979年になると、子どもたちが外で遊べない環境になりました。その一方では各家庭にテレビが非常に普及するようになりました。30年以上前の日本の環境と現在の日本の環境ではぜんぜん違ってくるわけです。そういうことも原因として考えられるのではないでしょうか。
 中国のデータを見てください。中国の方はこの部分においても1985年に行った時は、やはり小学2年生時にピークを迎えています。1999年に行ったものでは、小学校3年生に若干スライドしています。それでも日本ほど高学年にはなっていませんでした。現在の中国は、日本の30年前とほぼ同じような状況です。改革解放政策が始まって本当に皆生き生きと働いています。ちょうど日本の昭和40年代後半のような感じです。光化学スモッグが中国の北京市内でもすごい状態です。子どもの遊びを見ていると、交通事故に遭う子どもだいぶいるようですが、外で群れを作ってわいわいがやがやいいながら遊んでいます。
 3週間ほど向こうで調査をしてきたので、観光ルートで行くところ以外の路地裏まで見ましたが、一番上が小学校の高学年、下が3〜4歳の子どもが10人くらいのグループになって棒きれを振り回したり、サッカーボールを蹴とばしたり――私も来年50歳になりますが――本当に私が子どもだった頃にタイムスリップをした、そんな感じを受けました。まだ中国の子どもは活発に外で遊んでいるという状況なのです。
このページのトップに戻る


(図4)
 (図4)上のグラフは「自動車保有台数・テレビ視聴台数・交通事故件数」を表しています。まず自動車の保有台数についてです。1950年代は車を持っている人はほとんどいませんでした。たしか、この頃は月給が2〜3万円程度、ホンダのN300という小さい車が1台398,000円という金額で出ていました。今でいうと月給の1年分以上の車でした。それがだんだん量産されて安くなって車が急激に増えています。
 それに伴う交通事故の件数を見て下さい。60年代から70年代に本当にうなぎ上りに車が増えるのと同じように事故件数も増えています。この下の表「1968年歩行中の交通事故死傷者数」に書いてあるのは、1968年当時の10万人あたりの死傷者数です。「小学生」と「幼児」、つまり10歳以下の子どもが700人程度、中学生以上の大人を含めて300人です。この比率からすると犠牲者の3人に2人は子どもだったんです。上のグラフを見ると、1970年以前はずっと増えていましたが、1970年代前半の1970年から1975年にかけての5年間でこれだけ事故件数が少なくなりました。そしてまた飽和状態でどんどん増えているというような状況になっています。
 私たちが注目しているのはこの部分です。なぜ急に減ったのか。1960年代後半まで子どもたちは外で群れをなして遊んでいました。でも車が普及して増えました。外で遊ぶと車にぶつかって大怪我をしてしまう。ですから全国一斉に「外で遊ばないで家の中で遊びなさい」という社会的環境の変化が見られたのではないかと考えています。
 先述したように、上のグラフを見ると、子どもたちが家の中に押し込められ、同時にテレビの台数が増えてきます。やはり60年代最初の頃、テレビはあまり普及していませんでした。それが70年代になってどの家庭にもテレビが入るようになって、テレビを見るようになりました。70年代後半からは、ビデオやテレビゲームなどのただ座ってやるだけでも楽しい遊びが増えてきました。室内に押し込められた子どもたちは体を動かさずにテレビやテレビゲームに熱中する。――最近の集計では、日本の子どもの一日当たりのビデオやテレビゲームを含むテレビに関するものの一日平均視聴時間が4時間から5時間にもなっています。本当に、勉強している時間よりも長い――それだけ"メディアっ子"になってしまっているということです。外遊びが減り、部屋の中に閉じ込められたこの部分からやはり大脳活動において、先ほど図3で見ていただいたような徴候が20年前から見られていたのです。20年後の現在、同じ状況で増幅してその割合が非常に多くなっています。
 したがって私が考えていることは、これから20年後、何の対策も考えずにこのままいってしまうと、先ほどに20年前には約35%、4年前が小学校6年生で約55%、さらに20年後には同じ数を加えて80%近くの子どもたちが自分の気持ちを押さえられない思春期を迎えて、小学校6年生くらいになるという時代が訪れるのではないかと非常に危惧されます。
このページのトップに戻る

 今お話したのが、今回我々の調査を行う前の調査です。この調査から積極的な運動を援助してやることで、子どもたちの脳の部分がどのように変化していくかを実験しました。


(図5)
 次は身体面における問題です。これも3年前に長野県内の信濃毎日新聞に掲載された記事です(図5)。長門町和田村は上田の近く――霧ヶ峰山麓のふもとにあって、県内でも非常に環境に恵まれた自然のいっぱいある地域です。この地域でさえ、高脂血症気味の子どもが小中学生の中に2割もいます。「田舎の子どもだから、自然がいっぱいあるから何も援助しなくても、どんどん体を使って遊んでるんじゃないか」と都会の方は思われがちですが、そうではないのです。やはりテレビゲームやテレビに熱中しています。また、田舎の幼稚園や小学校は遠いので、送り迎えさえも門の前から門の前まで自動車で移動しているのです。ですから、地方でもほとんど体を動かさないような状況になってきています。また、最近公表されたある調査では、小中学生の60%以上が高脂血症等の身体異常を有しているという報告があります。
 人間の体、人の体というのは動くことによって成長していきます。また、我々大人でも運動によって健康が保たれます。例えば、自動車が動く過程と人間が動く過程でも同じです。自動車はガソリンで動きます。ガソリンを霧状にしてシリンダーの中に着火し爆発燃焼することでシリンダーが上下に動きます。それによって車輪が動きます。原動力はガソリンになります。これと同じように人間ではどうでしょうか。人間が体を動かすためには栄養、ブドウ糖、血糖で動いているといわれています。みなさんも具合が悪くなって病院に行くと透明の点滴を打ちます。あの点滴が血糖です。これを打っている限り、口から栄養を入れなくても人間はずっと生命活動ができるのです。
 ただ、自動車と人間の違うところは、口からとった栄養を筋肉活動をして動かさないとそれが体内に蓄積してしまうという側面を持っています。口からとった栄養をブドウ糖に変化させ、血液の中に流れているブドウ糖をATPという化学変化で筋肉を動かしています。筋肉が動くことによって手足が動くわけです。20歳以上の大人だと、これ以上発育しないので体を動かして使う消費カロリーとほぼ同じ分だけとって運動すればいいのですが、子どもの場合は小さい身体から成長していきます。ですから大人以上に子どもが積極的に体を動かすというのは非常に大事なことなのです。ただでさえ、今の子どもたちの場合は、テレビを見たり、テレビゲームをしたりします。幼稚園の年少・年中ですとそんなにテレビゲームはやりませんが、年長ぐらいになると大分やりだしています。1クラス30人くらいの子どもにどういう遊びが好きかと聞きますと、長野でもテレビゲームが一番なんです。「身体を動かすのが好きな人はいますか」と聞いてもあまりいないんです。少なくとも、今回私が紹介する10の保育園では、ほとんどの子が「身体を動かすのが一番好き」と言ってくれています。このようなことで心の面においても身体の面においても、やはり身体を積極的に動かすことが今の子どもたちの中で昔から比べて一番欠けている部分ではないでしょうか。子どもにただ身体を動かしなさい、といっても動きません。この辺りでみなさん一番苦労していると思います。子どもは面白くなければ動きません。
このページのトップに戻る

 次に、2番目の「運動保育援助プログラム」の概要に入ります。まず、精神面、身体面の両面において、今の環境のままでは子どもたちは自然に成長できなくなってきていることをお話ししまた。そこで「運動嫌いの子を運動好きにする方法」について10年ほど前に調査をしました。大人になってくると、身体を自ら積極的に動かすのが好き・嫌いと二つに別れると思います。どうして、「好き・嫌い」ができるのか、それはいつ頃なのかということを調査してみたいと思いました。
 今から10年前に私が関係している短大の学生と信州大学の学生300名にアンケート調査をしました。「あなたは運動が(身体を動かすことが)好きですか?嫌いですか?」というような問いを最初に掲げて、「どうして好きなのですか?」「どうして嫌いなのですか?」というような7種類位の質問をしてみました。
 結果は「体を動かすことが好きだ」と答えたのは300名中30%おりました。90人近くです。「身体を動かすことが嫌いだ」「できたら動かしたくない」と答えた人が40%程、「どちらでもない」「普通」という人が30%程いました。特に「好きだ」「嫌いだ」とはっきりと(意識を)自分の中で持っている人たちの70%について明確になったのはいつ頃かという部分をまとめてみました。すると、このうちの80%が「幼児期から小学校低学年」という回答になっていました。そこで再度、「好きになった学生」、「嫌いになった学生」の回答の中身を見てみると、「どうして好きに・嫌いになったのですか」という問いに対して、「好きになった学生」は、「人があまりできない難しい運動ができ、回りの人が誉めてくれた」とありました。
 要するにできるということは達成感もあり、非常に嬉しい事なのです。最近の脳科学の分野からも――これは篠原先生が研究されているのですが――小さい時にたくさん誉められると、脳の中でセロトニンという物質が出るとのことです。それは、多幸感、幸福感を味わえるホルモンであり、やはり小さい時そういうホルモンをたくさん分泌するということは、その子どもの一生涯その部分が機能するかどうかに関わり、小さいうちにこういうホルモンを分泌するという体験、すなわち達成して喜び、人に誉められるというような体験をいっぱいしなければならないというようなことも言っています。
 その逆に、「運動が嫌いになった」学生を見てみると「人のできる運動ができず、みじめな思いをした」、「劣等感を抱いてしまった」ということです。「それ以来、あまり体を動かすことが好きではない」という意見がありました。特に具体例を挙げると、「鉄棒の逆上がりができたかできないか」というのは子どもにとっては非常に大きな問題なのです。できる子どもは得意げにどんどんやりますが、できない子は鉄棒にぶら下がってただ足を振り上げるだけです。このできない子どもたちに関しても、多少は自分なりに努力をして――つまり、できなくてできるようになりたいとなんとか努力をしてみたが、結局できなかったということなのです。それから身体を動かすことが全てではないにしろ、劣等感などのような経験をきっかけに、身体を動かすことが嫌いになってしまったという傾向が強いのではないかと思われます。
 では、これからどうすればいいのでしょうか。今から10年前に幼児期に行われた一般的な運動種目をマスターできるように、我々大人側から援助してあげることです。全ての子がその運動ができるようになれば、全てのこどもが運動に興味を持ちます。つまり、身体を動かすことを全ての子どもが好きになってくれるのではないかと考えられました。
 そこで、25年前からやっている「運動保育援助プログラム」を継続して行っていくことによって、そういう運動経験をした子どもは大人になっても自ら進んで身体を動かすことが好きになってもらえるのではないでしょうか。このプログラムの最終的な目標は、「プログラムを実施した全ての子どもたちができるようになる」、「できるようにしてあげる」ということです。それを私の場合は体系的に基本的な動きから導入して、それぞれの必要とする動きを徐々に遊びの中から身につけていって、最終的には気がついたらその運動ができるようになっていたという形になっています。
このページのトップに戻る

 また、私は1977年から幼児期の子どもを対象にいろいろな種類の運動種目を子どもたちに直接教えることで、どういう種目がいいのかということもやってきました。その中でも特に、子ども一人ひとりの運動能力を伸ばすのに最も効果があった種目が、鉄棒の「逆上がり」、なわとびの「連続跳び」、跳び箱の「開脚跳び」、またマット運動の「側転」などです。これらの種目はボール遊びや鬼ごっこと比較すると運動形態としてできるかできないかがはっきりするのです。ボール遊びの上手な子は、ボールを速く投げられるか、正確に投げられるかの違いで、へたな人でもボールを投げることができない人はいません。行動形態としてはできます。ただそれが洗練化されてうまくできるかの違いです。しかし、今挙げた鉄棒の逆上がりなどの「効果があった種目」は誰が見てもできるかできないかがはっきりしてしまいます。できない子にしてみるといくらやってもできません。こういった、大人が見ても子どもがみてもできるかどうかがはっきりする種目を幼児期の間に、確実にできるようにしてしまいます。そうすれば子どもたちは自信を持ってどんどん身体を動かすようになります。自ら進んで体を動かすとそれなりの神経がどんどん配列されて上手くなっていきます。
 一番大事なことは教え込むことです。これは普通の幼児教育の現場では非常にいけないこととされています。今まで子どもたちの運動については大人側からの押しつけのような形で、機械的に技術だけを求めるような遊びを全国各地でやっている部分も見受けられます。要するに子どもが興味を持たなくても、その時間は体育教室の時間だから、小学校・中学校でやるような授業形態でやっています。全ての子どもが興味を持ってやるということが一番の大事な部分になりますから、この方法は間違いということになります。この運動前も結果的には身体を動かしますが、大人側から押し付けて強制的にやらせるというのは絶対してはいけないことです。一人でも興味を示さない内容であったならば、プログラムをどんどん変えていくということも非常に大事なことです。全ての子どもがやってみたいと思いたくなる――そんな魔法のようなプログラムができるのだろうかと考えている方もいると思いますが、今日後半にかけて実技でも行っていきたいと思います。
 ここで言う運動保育援助とは、今までの幼児教育を基盤としながらもさらに踏み込み、課業的に保育内容を遊び化するという大人側からの援助です。絶対に強制や無理強いにならないように注意し、子どもが自ら進んで行いたくなるようにプログラムを実施することが、一番大事な部分なのです。
このページのトップに戻る

 ここに、今私が言ったような、できるかできないかがはっきりする種目――特に前述した逆上がりなど器械運動的な種目が中心ですが、これらの内容については学会で報告いたしました。


(図6)
 今回紹介する研究は1989年に実験しました。私が19回幼稚園に行き、私の作ったプログラムを毎回1時間行いました。年間19時間子どもたちに関わって、効果があると確認できたマット、跳び箱、のぼり棒などの種目を中心に指導してみました。(図6)最初はマット、跳び箱、のぼり棒、雲梯の種目から導入し、中ほどから鉄棒、縄跳びの種目に展開していくことで、ほとんどの子どもたちはこの種目が達成することができました。


(図7)
 この研究では調整力のテスト(動きのテスト)を最初と最後に2回行っていますので、その結果を見てください。3種類の測定を行いました。跳び越しくぐり、反復横跳び、ジグザグ走の3種類です(図7)。1つ目の跳び越しくぐりでは、高さ35センチの高さにゴムテープを貼りまして、最初に上を跳び越えて、その後ゴムの下をくぐって通り抜けるのを1回として、これを5回、何秒間でできるかの測定です。タイムが短ければ短いほど向上したということになります。2つ目は反復横跳びです。これは2本の線を左右に両足ジャンプで何回できるか、10秒間で測定しました。何回跳べたかという回数ですので、数が多いほど良いということになります。3つ目がジグザグ走です。旗門を3つ設けてそれをジグザグに走ってまた戻ってくるというものを行いました。これもタイムですので数が少ないほど向上したということになります。これを運動プログラムの実施前と実施後に比較しました。


(図8)
 (図8)「TB」「TG」というのが「トレーニングボーイ」「トレーニングガール」ということで、このプログラムを実施した男の子と女の子のグループということです。下の「CB」「CG」の"C"がコントロールグループです。こちらはプログラムを行わずに、ただ運動能力測定だけをしたグループです。「pre-test」はプログラムをする前の4月の測定で、「post-test」がプログラム終了後3月に測定を行った時の結果です。これを見てもらいますと、全ての数字においてかなり大きい現象を示されています。この部分も14秒から10秒です。反復横跳びは数が多い方がいいのですが、これも16.9回だったのが28.4回と13回近い増加が見られます。トレーニンググループはプログラムを行った子どもたちのことです。一方、コントロールグループは若干の増加が見られますが、0.4秒、こちらが0.8秒です。5回から6回の増加で、運動は特別やっていませんでしたが、現在の運動保育の中での向上、成長していく過程での向上かと思います。検定処理をしても、運動を行ったグループはこれだけ素早い動きができるようになりました。全てにおいて有意差が確認されております。コントロールグループにおいては若干男の子で反復横跳びにおいて有意差が見られ、他の部分では何も見られませんでした。こういう結果が出ています。ですから、こちらのグループは動きが活発になって、雨の降っている日以外は外で、本当に目を輝かせて楽しそうにグラウンドをとび回っています。
このページのトップに戻る

 3番目の「保育援助における運動が幼児の大脳活動に及ぼす効果の検討」ということで、今回私どもの行った実験の内容をご説明したいと思います。まず初めに、この1年間の実験に踏み切ったきっかけです。「日・中子どもの体学術調査団」の調査から、運動不足とコミュニケーション不足が、子どもの体を蝕んでいるという結果がでました。ちょうどその99年の5月ごろ、下諏訪町の保育園の園長から「園児の情緒が不安定で落ち着きがない」と相談がありましたので、私たちの研究結果も学問的に導き出していたので、「それでは先生、運動保育援助プログラムで子どもたちをいっぱい遊ばせてみてください」とお話ししました。その先生が早速プログラムを取り入れて半年間試してみました。すると半年後、子どもたちの様子が一変し、自信や落ち着きが見られるようになったという報告を受けました。そのことに私自身が驚いてしまい、実際に研究保育なども見せてもらいました。子どもたちは元気よく、人の話も聞ける、落ち着いた子どもたちの集団になっていることに驚きました。そこで、このままにしておくのはもったいない、われわれ大学教員のレベルで検証をしてみたらいいのではないかと思い、中国へ行った寺沢先生と篠原先生と私の3人で、私の運動プログラム、篠原先生のDSM4を参考としたADHDのアンケート用紙、そして寺沢先生のGO/NO-GO実験の3本柱で、今回の調査を行いました。協力してくださったのは、長野県内の公立保育園、下諏訪町6つの保育園と軽井沢の近くにあります望月町という自然に恵まれた町の保育園4ヶ所、最後の1ヶ所はコントロール群として協力いただきました。


(図9)
 総勢835名、この運動実施群、私が2ヵ月に1回のペースで各園に出向いて、それぞれの1つの保育園で6回のプログラムを実施しました(図9)。合計で60回です。これが10園あります。しかしこれだけではだめで、研究の場合にはコントロール群というのを設ける必要があります。そこで諏訪近郊の1保育園をおかりして84名をコントロール群としました。これから説明していきますが、特にJ保育園においては、それ以外の9園は実施1年目なのに対して、その半年前から効果が上がったことを受け、引き続きプログラムを行っている、実施2年目の園が1ヶ所あります。
 図1でお見せしたときと同じような機械を使って、寺沢先生のGO/NO-GO実験を行なったのですが、2人で10分かかるため、約700名の全てに対して行うことができません。そこで最低人数である75名を抽出してこの実験を行いました。この実験は実施2年目であるJ保育園の75名と、対象群である84名のうちの75名についてデータを取りました。
このページのトップに戻る


(図10)
 まずGO/NO-GO実験です。実施2年目の園において、先ほど5種類の方法で検討すると言いましたが、子どもの場合なので、「握り間違い」と「握り忘れ」という2点から分けてみました(図10)。「握り間違い」というのはADHDの調査と比較しますと、抑制力において握ってはいけないというところで握ってしまうわけですから、抑制力があるかどうかをみるのに対比するのではないかと考えました。また、握り忘れについては握らなければいけないところで握ることができないわけですから、注意力があるかないかに対比するのではないかと考え、まとめました。
 まず、実施2年目の園において年少・年中・年長それぞれ25名の計75名の数字です。年少・年中に行っていた子どもたちが、年中・年長になっています。ですから、実施園の年少に限って初めての運動プログラムでしたが、年中・年長については実施2年目となっています。合計すると最初のスタートの段階に数が少ないのです。ただ、最初のスタートを集計してみますと、統計的に見て有意差は見られません。しかし、プログラム終了後には1%水準で有意差が見られます。スタートも少なかったのですが、終わった段階でより少なくなっています。それだけ抑制力が高まり、握り間違いの数が減少しているということになります。それぞれ、以前と以後においても統計的に有意な差が出ています。


(図11)
 これをもう少し詳しく見るために、年少グループと年中・年長を合わせたグループで比較してみました(図11)。これだと、年少は実施1年目になります。年中・年長のグループが実施2年目になります。
 図11を見ると、実施1年目の年少は、コントロールグループよりも高い回数で10回以上です。こちらが8.5回くらいです。スタートは高かったのですが1年間のプログラム終了後はどうでしょう。逆転して、これだけ減少しました。次に、実施2年目の年中・年長については、スタートからこれだけの差がありました。ただ、それがこれだけ継続することで維持されるということが今回の実験でわかりました。単発的にやるのではなく、日々継続して行うことの重要性を物語っているのではないかと思います。
このページのトップに戻る


(図12)
 今度は握り忘れの数です(図12)。25回行ったうち、忘れたのは何回かを数えました。年少については、握り忘れは、握り間違いとは異なって、トレーニングをしたグループのほうが少ない状態でスタートしました。それで、これだけ少なくなっています。体を積極的に動かしていた子どもたちには、同じ中でも最初と最後では1%水準で有意差がみられています。こちらも減少はしていますが、それほど大きい減少ではありませんでした。年中・年長については最初のスタートから差が見られています。最初のスタート時点で2回以下から始まり、極力0に近い数字で終わっています。これがGO/NO-GO握り忘れ、握り間違いの数を単純に出してみた結果です。

参考資料:ADHDアンケート用紙
▲クリックすると拡大画像が表示されます
(図13)
 このような結果から、自分の中で抑制する能力、また注意して押さなければいけないという部分が、ある程度正しい方向に導かれるのではないかと思います。次にADHDの調査の内容がパンフレットがあります(図13)。
 1〜19番までの項目がありますが、この項目は篠原先生が考案されました。その問いに対して、「いつも・しばしば・ふつう・少ない」という4段階で回答してもらいます。例えば「1.不注意な失敗が多い」という質問があり、該当する選択肢を選ぶというようになっています。これが点数化されていて、「いつも」が1点、「しばしば」が2点、「ふつう」が3点、「少ない」が4点、というように4点法で点数化しました。これを19項目全てについて行いました。そのうち1)番から9)番までが注意欠損に関する質問内容――"注意力"です。10)番から19)番までは多動性障害に関する質問内容になっています。この部分が多動、つまり抑制力に関わるのではないかと考えて、ADHDも注意力と抑制力に関して考察しました。


 まず、最初に出ているこのアンケートは、保育園の担任の先生方にお願いし、4月と2月の2回に実施しました。調査内容は、「手足をそわそわ動かすか」「もじもじするか」などについて行いました。ここでは835名全ての子どもたちのデータを取りました。これら10項目から出てきた数字を抑制力因子とします。すると、このような結果になりました(図14)。


(図14)
 これは点数が高いほうが優れていると解釈してください。先ほどは数が少ない方がよかったのですが、今度は数が多い方が優れている結果になります。まず実施群については、スタートはほぼ同じ状態、両者においては751名対84名で差はありませんでした。プログラムの終了後の担任の先生の評価からすると、これだけ向上していました。終了後には統計的に0.1%水準ではっきりと有意差が見られます。また同じ中でも実施群は有意差が見られます。逆にこちらは同じ群内での有意差は見られませんでした。
このページのトップに戻る


(図15)
 (図15)今度は注意欠損に関する9項目に関して、注意力因子を「不注意な失敗が多い」ということで、4点法で集計しました。するとこのような結果が出ました(図16)。


(図16)
 運動群は最初低い数字だったのですが、コントロール群は高い数字で、最初から統計的に5%水準で差が見られます。最初はかなり低い状態で有意差があったのですが、最後には追いついています。ここでも運動プログラムの部分が支持されたのではないかと思われます。同じ群内でもプログラム実施群は増えていますが、こちらは変化がありませんでした。
 このように、今回我々の行った研究、GO/NO-GO実験、そしてADHDの調査からも、握り間違い数とADHDの抑制力の関係について、このGO/NO-GO実験でADHDの二つの間には有意な負の相関が認められました。また握り忘れ数と注意力の間にも負の相関が統計的にも認められるという結果がでました。
 ADHDなど行動抑制の障害では、GO/NO-GO課題時のエラー数が多いことが知られています。特にADHDの不注意型ではGOエラー、すなわち、握り忘れが多いようです。また多動型ではNO-GOエラー、すなわち握り間違いが多いという報告もあります。今回の我々の研究からは、一般幼児の場合でもGOエラー数が注意力の指標となり、NO-GOエラーが抑制力の指標と考えられます。このようにADHDの主観的な評価でも、GO/NO-GO実験による客観的な評価でも今回行ったプログラムを1年間実施した効果が示されました。その効果は注意力、抑制力の向上にあると解釈できます。近年GO/NO-GO課題、ルリアのミラー課題や、カードソードテストなどによって調べられています。
 管理統制能力、注意、抑制、ワーキングメモリー、これらが他者を想定する能力、いわゆる心の理論と相関するという報告が最近の研究で増えてきています。もし管理統制能力が心理の発達と相関するならば、今回のこのプログラムの効果は、我慢、抑制力や注意力を育てるのみならず、他人を思いやる心「セオリーオブマインド」を育てる教育としても機能し得るかもしれません。このことは、体を動かすという体育的営みが、心理、心の教育としても重要だということではないでしょうか。
 今ご紹介したのが我々の実施した研究結果です。
このページのトップに戻る

「幼児教育と脳」、澤口俊之(北海道大学医学部脳科学教授)
▲クリックすると拡大画像が表示されます
(図17)
 次に「幼児教育と脳」についてです(図17)。幼児教育等が専門の私も5〜6年前から脳科学も少し勉強してきました。特に前頭葉に関してです。ひと昔前までは、知性や人間性、人格という心の発達がどこで作用しているのかがはっきりわかっていませんでした。しかし、現在では大脳の前頭葉であるということが分かってきました。その前頭葉が、地球にいる生物の中から人間をここまで進化させてきたといえるでしょう。前頭葉が機能している生物は、この地球上で人間とチンパンジーぐらいだとされています。
 人間が猿から進化してきたものだという事実は誰でもご存知だと思います。猿から人間に進化する決定的な事象が起きたのが、500万年前のアフリカ大陸だとされています。広大なサバンナへ進出したチンパンジーと、進出しなかったチンパンジーがいます。広大な原野の中でお互いに助け合い、励ましあい、道具を作ったりして工夫するプロセスを踏まえることによって、その前頭葉が大きくなって現在の人間に進化してきたと言われています。
 1920年に発見されたインドでの狼少女カマラは1929年17才で亡くなったのですが、彼女は8歳か9歳で発見されて人間社会に連れ戻されました。それから宣教師のシングという方が人間としてのいろいろな教育を何年間も行ったのですが、結果的には言葉もほとんど話せず3〜4歳児並で、4つ足歩行であったと言われています。
 人間として生まれても、人間らしい人間としての教育、小さいうちの育児や先生方の保育というものが非常に重要な部分になってくるのではないでしょうか。人として生まれて、そのまま放っておいても人として育つのであるなら、こんなに苦労のないことはありません。このようなことからも、育児や教育が非常に大事になってくると思います。
 以前の日本の環境では、子どもたちの自然な遊びの中から、大人が関与しなくても子ども同士の群れ遊びの中で知性などが自然に育ってきたと思います。しかし、我々の研究からも、子どもの積極的な遊びや群れ遊びが少なくなって、コミュニケーションも少なくなったという現在の日本の環境において、子どもたちを放っておいても特に「身体運動的知性」「社会的知性」「感情的知性」の3種類の知性が身につけられない状態になってしまうのではないかと考えています。したがって、昔はあったが、今はなくなってしまった環境の中で、子どもたちを積極的に援助することで、これらの部分が知性として子どもたちにしっかり身につけていけるのではないかと思います。極端に言えば、私の運動保育援助プログラムを、今子どもたちの遊びの中で足りない部分を積極的に取り入れて知性を育てていく一つの形として実践できればと考えています。
このページのトップに戻る

 最後に運動学からの提唱ということでお話します。
 レジュメの8ページにある「多様化と複雑さの関連」をご覧下さい。これは15年前の「体育の科学」という雑誌に掲載されたもので、調枝孝治先生が論文として発表したものです。この論文を読み、「これだ」ということで、このことを基本に私の運動学というものを考えてきました。この中に遊びの定義を2つに位置付けております。遊びとは「1.既成秩序の最適破壊、つまり失敗の文化」であり、「2.新たに獲得された定型要素のいろいろな楽しい変形体」としております。
 規制秩序というのは、鉄棒だったら逆上がりができるとか、縄跳びだったら連続して跳べるという動きです。これは大人から与えられる安定型。子どもたちは成長していく過程において、周りの動きを模倣していきます。そういう動きに対して縄跳びが連続で跳べるようになった、その跳べたことによって、跳べたものを基本に、破壊・揺らぎ・変形といった変形活動、不安定型にして楽しむわけです。既知系上の自由な試みがここで生まれてきます。これによって、この行動を「楽しむ」「行動する」「選択する」自由が非常に大きくなります。要するに子どもが全身を使ってとび回るということに展開していく最も基本的なものではないかと考えます。ですから、ある程度動ける身体でないと、積極的に身体を使って遊びこめる子どもはいなくなってしまうと思います。
 運動保育における問題点は、既成の運動パターンが子どもに身についているかどうか、いろいろな運動ができる子どもがいるかどうか、また、変形活動を試しているかどうかです。ある運動ができなければ、それを楽しむことができないわけです。運動が非常に多様化したことで、いろいろな運動の前後の文脈が未熟なレベルに停滞している場合が多くなっています。このような状況下では、既成の運動パターンの変形どころではなく、遊べない子ども、要するに身体を積極的に動かすことができない子どもが出てきます。これが、現在の日本の子どもにおきている問題の背景であると考えられます。
 したがってこの段階で、やはり小さいうちからある程度の動きができるような援助法が必要ではないでしょうか。30年前でしたら、子どもたちは、野山をかけめぐるといような遊びの中で基本的な動きを持っていました。しかし、今の子どもはどうでしょう。野山をかけめぐるようなことはしません。だいたい部屋の中で小さくじっとしているようなことが多いのです。じっとしていて身体の動きが良くなるかというと、決して良くなりません。やはり身体を動かすことによって、いろいろな機能というのが結びついていくのです。
 現在の保育の現場において多いのは、例えば鉄棒の逆上がり、縄跳びの連続跳びなどでき上がったものだけを子どもたちに提示して、それを見た子どもたちがやってみて、できる子はできるが、できない子はまるっきりできない、というような横への広がり型現象です。しかし、運動経験の多様化がいかに深化するか、複雑さにつながるか、という縦への広がりが重要です。この深化というのが私の今行っている、鉄棒の逆上がりはどうしたらできるか、という部分です。
 縄跳びを例に話します。縄跳びはどうしたら最終的に跳べるようになるのでしょうか。縄跳びの基本は、まず両足をそろえるという能力、そして足をそろえたまま上方に跳ぶという能力、また動いてくる縄を視覚で捉えてタイミングよく跳ぶという能力、最後に自分の腕で縄を回すという能力です。この4つの能力が身について初めて単縄とびの連続跳びができるようになるのです。この話を踏まえて続けます。縄跳びの場合、長縄と短縄というのがあります。どちらから子どもたちに提示していけばいいでしょう。今、現場を見ていますと、先に短縄をやらせて、それから長縄をやっているほうが多く見受けられます。今の体系から考えた場合、長縄だと、足を閉じる、閉じながらジャンプをする、次に動いてくる縄を自分の目でとらえるという3つの能力でできます。自分の腕で縄を回すという動作はいりません。ですから、運動学的に考えても短縄と長縄を見た場合、長縄からその3つの能力を身につけて、それが確実にできてから、短縄に入るというのが私の考え方です。
 その複雑さを体系的な段階で捉えたうえで、我々が子どもたちがその複雑さに取り組む際には、しっかり援助していかなければ、子どもたちはいろんなことができるようにはならないと思います。
 このように行動の量的増大を示す多様化と質的向上を示す複雑さが増す方向へ進み、運動を秩序化していること、これが基本となります。
このページのトップに戻る


(図18)
 運動行動の階層構造は、「反射運動」「基本運動」「協応運動」「熟練運動」という4段階に分かれています(図18)。掴むという部分が0〜1歳で出現してきて、次の1〜4歳の間に基本運動(手を伸ばす・つかむ・離す)がでてきます。ここまでは援助をしなくても日常生活の中で誰もができると思います。3段階目にある、つかむ・投げるという運動要素の異なる部分を協応運動と言います。人間の反射運動の大部分はトレーニング、回数を消化しなくても成熟にしたがって自然に発達します。しかし、協応運動は自然発達ではなく、トレーニングや回数を消化する刺激でありこれが非常に重要です。要するに2つ以上の筋肉を同時に使って行う運動を協応運動だと考えてください。
 このような動きを私は非日常的な動きといっています。普段立って歩いて、日常生活で使っている動き以外のものです。頭が上にあるのではなく、足が上にあって頭が下にある逆さ感覚がその一例です。非日常的な動きを幼児期の間にたくさん経験することが、それぞれの子どもたちの機能を伸ばす一番大事な部分です。逆さになった経験もない子どもの足を支えて思い切って逆上がりの援助をしてやると、逆さになったとたんに手を放して、鉄棒から落ち、先生に「なんで手を放すのか」と怒られるという小学生を見ました。その子どもにしてみれば逆さになったことがないのだから手を放すのは当然なのです。
 私のプログラムはこのように、鉄棒の場合でしたら、逆さ感覚、懸垂力、回転力、支持力、この4つが身について初めて逆上がりができるようになると考え作られております。ですから最初の入りは、"ブタさんの丸焼き"などの簡単な遊びからそれぞれの要素を序々に身につけていくような内容で形成されています。
 今話したように「反射」「基本」の運動は自然に成長していく中で、誰もが身につけることができます。しかし、協応運動――2つ以上の筋肉部分を同時に使うような動きについては、やはり遊びで身体を使って実際にやってみる。回数を何回も繰り返すことによって必要な動きが身につけられます。何もしないでいると何も身につきません。その成長はほぼ10歳で終わってしまいます。それだけ幼児期に積極的に身体を動かすことが重要なのです。
 このようなことを基本に午後の実際に実技を通して、それぞれの運動種目がどのように展開していくのかを説明したいと思います。
 どうもありがとうございました。
このページのトップに戻る




Copyright (c) 1996-, Child Research Net, All rights reserved.