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松本先生:
 午前中のフリードマン先生のお話を私も感銘深く聞きました。アメリカの学問の奥の深さを感じます。子育てや母親の心の育児感情、そういったサイエンスの領域ではなく、むしろアートに属する部門につきましては、なかなかリサーチが難しい。リサーチのデザインをきちんと作られて、そして前方視的な方法でデータを発表していただきました。evidenceがありますから本当に説得力があって、「なるほどな」と思って聞きました。
 私は小児科臨床医でありまして、内田先生のように格調高い話はできません。私どものデータにもとづいた実際面に即した話をします。

 図1は保育所に入所した時の子どもの月齢です。データは、1993年頃と少し古いものですが、組合総連合の女性局からデータをいただき、保育所に入所した時の子どもの月齢を調査したものです。入所した平均月齢が12.4ヶ月とわかります。これはフルタイム就労の母親のものです。この中で特に注意していただきたいのは、「1〜5ヵ月」の間に36.3%が入所しています。「6〜11ヵ月」以降は段々下がっています。一番下に書いてありますが、「1〜5ヵ月のグループの50%(全体の18%)は生後2ヵ月に入所」しております。いわゆる「産休明け保育」は、全国的にみれば、かなり大きな数値が出ていることがわかるかと思います。

 つぎに、非常に保育の質が高いと評価されている保育園に勤務しているアクテイブな保育士3人に「現在の保育の現状について何でもいいから教えて下さい」「0歳以上を預けている親に関して保育士さんがどのように感じているかをなんでもいいので、いい点、悪い点含めて書いて下さい」とお願いしたところ、回答してくださったご意見が表1、2です。母親に関して、また子どもに対してもネガティブな表現が非常に多く出ていました。

 このデータ(図2)は、少し古いデータですが、全国保育施設数は、数年間22,000くらいと変わりません。ところが、乳児保育実施箇所数はどんどん増えていることがわかります。現在、乳児保育は日本では母親が働くためになくてはならない社会的に必要なものだということは皆さんご存知のことと思います。これは、その事実を示したデータといえます。

 図3は、これから発表するデータの基礎資料として提示します「福岡市医師会方式」という健診システムで使用している3枚1組の健診票です。公的健診を補完する意味で、1ヶ月、7ヶ月、12ヶ月の段階において個別に乳児健診をシステムとしてずっとやっています。12年前からです。
 この健診システムの特徴は、12年前はまだ育児不安や子どもの心の問題などが今日ほど言われていない時代でしたが、その頃から母親の育児感情や子どもの心の問題、それから事故の問題や母親の喫煙の問題など全てを健診票に入れ、その全データを九州大学病院医療情報部のコンピュータに蓄積している点です。
 このように、福岡市医師会方式による乳児健診では7万例、幼児健診では4万例(幼児健診の方が開始年が遅いため数が少ない)、計11万例以上が現在までに登録されています(表3)。既に12年間になりますから、prospectiveにデータをチェックできるわけです。例えば「1か月健診」「7か月健診」の2つとも受けた人が3,000例、「1か月健診」「7か月健診」「12か月健診」の3つとも受けた人が1,100例、「1か月健診」「幼児健診」の2つとも受けた人が2,000例、このように前方視的研究に必要なマッチングできる登録数になりました。なおマッチングは生年月日と名前と電話番号で行っております。
 私どものデータは、NICHDのデータに比べますと、健診の1つの副産物としてのデータであって、保育の質について検証するという目的で最初から作ったものではないので、その点ご了承いただきたいと思います。

 7ヶ月健診と3歳児健診とでマッチングできた380件について、7ヵ月時の昼間の保育に関して、保育者別に比較した結果を今から報告します(表4)。
 7ヵ月健診における昼間の主な保育者は「母」か「保育園」です。7ヵ月の時に保育園に預けた場合、将来有害な影響を残すのではないかという考えもあり、いっぽうで保育園に預けたほうが社会性や子どもの発達などいろいろな面でもいいのではないかという考えもあるでしょう。私たちはその二者について3歳児健診のデータからいろいろな面から検討しました。

 結論から言いますと、3歳児の時点ではほとんど有意差はありませんでした。例えば、子どもの行動について、「こわがったり、おびえたりする」「乱暴がひどい」など、いろいろな項目でチェックしています(表5)。すべての項目に、「母」「保育園」の両群に有意差が認められません。

 運動及び知的発達についても、「足を交互に出して階段がのぼれる」「赤・青・緑・黄色がわかる」など、いろいろな項目でチェックしています(表6)。すべての項目に、「母」「保育園」の両群、つまり7ヵ月児の時に保育園に預けていた群と預けてなかった群に3歳児の時点では有意差は認められませんでした。

 かかりやすい病気についても、「かぜ」「ぜいぜいする」「熱を出す」など、いろいろな病気でチェックしています(表7)。やはり、すべての項目に、「母」「保育園」の両群に有意差は認められません。

 唯一優位差が認められたのは、事故に関する項目でチェックした「やけど」です(表8)。「やけど」は、「保育園」の方が「母」よりも多く有意差が認められました。

 しかし、行動や心の問題、病気のかかりやすさについては、7ヶ月のときに保育園に預けていようといなかろうと3歳児健診の結果に有意差は認められないということがこのデータからはわかりました。

 次に、前方視的方法ではなく3歳児健診のデータのみから「昼間の主な保育者」別に解析したデータをご紹介します。

 かかりやすい病気について、はっきり有意差が出ています(表9)。「かぜ」「ぜいぜいする」などは保育園の方が多かったです。唯一有意差が認められなかったのは「ひきつけ」です。つまり3歳児について、保育園に行っているほうが母親単独で養育するよりも病気にかかりやすいということがデータ上に出ています。

 もう1つ参考までに、子どもの行動についてです(表10)。「乱暴がひどい」「ききわけがない」などは有意差をもって「保育園」のほうが多いのです。逆に「偏食がひどい」は「母」のほうが多いです。有意差が認められない項目は、「落ち着きがない」「動きが乏しい」、「親や周囲の人たちに無関心」などでした。

 少し視点を変えます。お母さんの育児感情について、福岡市の公的健診の1歳6ヵ月健診をうけた37000名について調べたデータについてご紹介いたします(表11)。

 母親が育児に「非常に疲れる」という項目に対して「はい」と答えた方は12,025人、「どちらとも言えない」「いいえ」と答えた方は25,000人いました。(「どちらとも言えない」は「つまり疲れない」ととらえて「いいえ」のほうに組み入れました)どちらに答えたかについて、昼間の主な保育者別に検討した結果、有意差が出たものは、「母」と「保育所」別について、母親は保育所に預けたほうが疲れないということです。
 「育児が楽しい」などもありますが、有意差のデータからは、専業主婦よりも、保育園に預けたほうが母親の育児感情は良いとデータにはっきり出ております。これは公的健診で収集したデータです。

 今までの提示した様々なデータをどのように解釈するか、これは皆さんのお考えに従って判断して下さい。

 私自身「病児保育」をやっています。病気の子どもを私の診療所併設の保育所に預けて夕方迎えにくる母親たちを毎日見ていますと、なかにはかなり疲れている方がみられます。その時に「あなた、かなり疲れているようですが、家に帰られてすぐ家事などをするのではなくて、1時間あるいは30分位でもしっかりと子どもを抱きしめてあげて下さい。それが一番大切ですよ。将来のために、そういうことはきちんとやってあげて下さい」と申し上げます。保育の内容を見ていますと、家庭で母親がなさる場合は、例えば子どもが寝ていれば横に一緒に寝てあげて子守歌を歌ってあげるとか、スキンシップなど、いろいろなことをやってあげられます。いっぽう、0歳児保育の場合ですが、4〜5人が一緒に寝ていて保母さんがその様子をチェックしますね。0歳児の場合、基本的信頼感の獲得とかアッタチメントの形成、親との絆の形成という点、そして私自身の感覚からすると、やはり0歳児ではお母さんによってマザーリング的ケアをきちんと行った方が、お母さんも安心ですし子どもの心の発達にも良いのではないかと思います。

 4年前に日本医師会の乳幼児保健講習会で講演したことですが、この考えは現在でも変わっていません。将来豊かなこころに育つためには家庭は基本的環境であり、特に母親による乳児期の愛着行動は欠くべからざるものです。従って今後、家庭において親が十分な育児期間が取れて、経済的にも安定して、心身ともに健全な子どもを育てることができるように、少なくとも6ヵ月間、できれば12ヵ月までは育児休業を義務化する。その間は十分な出産育児手当、休暇を取得できるように国や社会に提案する必要があると申し上げたいのです。出産や子育てに関しては、特別な敬意を払って感謝するという仕組みを早く作ってあげて、父親も母親も子育てのためにはしばらく企業を離れても、我が国の将来のためには必要であるという社会的コンセンサスを作るような国民的運動をぜひとも起こさなくてはならないと思っています。やはり、赤ちゃんの将来の発育のためには、特に0歳児においてはゆったりとした気持ちで育児を楽しむ必要があります。そのためには今のままではいけない。先程皆さんの声の中にもありましたが、いわゆる国民的コンセンサスを作るような運動をやらなければいけないのではないかというのが、私の結論であります。

牧田氏:
 続いて、今井先生お願いします。今井先生は長く保育現場でのご経験もおありです。

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